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春の章 磑風春雨 4

剣はさくらの実家に魔除けと思われる置物や彫刻があることに気が付く。

現在の烏丸家にはどんな秘密があるのだろうか。


登場人物紹介


王生 剣  


王生家の中心人物。現在に目覚めた不動明王。普段は天然で抜けているふりをしているが、先見の明を持っており何事も卒なくこなす正に聖人君子。

職業は仏像学芸員。

一応、三世の父親ということになっている。



王生 三世さんぜ


降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。

星の痣は代々降三世明王の宿主である目印である。

降三世明王が意識を支配しているときは星の痣が消えている。

職業は獣医師。



千世せんぜ



143年前に降三世明王が体を借りていた人物。烏丸桜という女性とは恋人同士だったと思われる。

翡翠色の瞳を持った陰陽師。





烏丸からすま さくら


MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。



 身まもりのお守り……。

さくらは手の中にある桜色のお守りをじっと見つめていた。

これからは肌身離さず持っていよう。

お父さん。ありがとうございます。


 心乱れて思考停止寸前の三世は目を閉じ禅定ぜんじょうに入る。

眉上がピクピクしてる。運転で目が疲れたか?それとも精神的な疲労?

先ずは心落ち着け、心静まれ……心乱さず…動揺せず…。

「ん?」

この家から?いや、さくらから?何か肌を掠めるような不思議な気を感じるんだが…。

()()の体には影響なそうな感じだけど。

剣さんは気が付いているのか?

いかん、いかん。集中、集中。

心落ち着け、心静まれ……心乱さず…動揺せず…。

暫しの沈黙が三世の落ち着きを取り戻す。

静かに目を開け一度大きく深呼吸をする。

普通に、普通に会話を始めよう。

「さくら、一人で大丈夫か?母さん旅行でいないんだろ?」

会話の入り方は問題なさそうだ。

「だ、大丈夫です…多分…」

あれ?母の旅行のこと、彼に話したっけ?

また心の中の声が聞こえてた?

それに気になる事はもう一つ。

彼、会ったばかりで親しい間柄でもないのに、さっきから私のこと迷いなく名前で呼んでる。

昔の彼女と似た名前だから?




 剣が玄関のドアを開け、靴を脱ごうと靴箱に手を置く。

前に屈んだ姿勢の目先に奇妙な形をした石の置物が置いてあった。

「さっきは慌てて駆け込んだから気がつかなかった。それにしても随分黒光りしている石だな。魚?鯛?」

首を数回傾げて不思議そうに見入る。

「絶対こっち見てる」

骨董品のようなその置物は黒く光沢のある石で、そのままの形を活かして何かの魚のお頭が彫られており、目の部分には真っ赤な石が埋め込まれていた。

置物からそっと目をそらしてリビングに入る。

「烏らしきものはいなかったぞ。多分逃げ延びたんだろう」

「剣さん。すまない」

取り敢えず三世の話に合わす。

「とは言え車の方がね…」

「大耶に事故処理でもしてもらう?」

「相手がいないし厳しいかなぁ…」

「ですよね」

二人とも肩を落とし、ため息が漏れる。

会話を聞いていた さくらが申し訳なそうに声をかける。

「あの…ご心配かけてすいません。本当に大丈夫ですから」

とは言うものの、実際はかなりのショックを受けている。

車直るのかな…。お金いくらかかるんだろう…。それとも新しい車買った方がいいのかな…。

自然と俯き加減になり髪が顔に掛かる。

さくらは鬱陶しいとも思わなかった。

触らずそのままにして、この先どうすればいいのか唯々考えていた。

「さくら、大丈夫か?」

三世は俯いて髪で隠れたさくらの顔を心配そうに見つめながら右手でそっと掛かっている髪の毛を除ける。

「!?」

もしかして、気の正体はこれか?

三世は除けた髪の間から見えた黒いピアスから目に見えない僅かな波動を感じた。

珍しいな普段から黒いピアスつけるなんて。綺麗な縞が入ってる…これって瑪瑙?まさかとは思うが魔除け?

「さ、触らないで…下さい」

さくらは力いっぱい目を閉じた。

私の声聞こえてる?お願いだから触らないで。これは父から貰った大切なものなの。

三世はピアスを興味深く指先で触り、そして愛しい人を思い出したかのように手で包み込むように頬を優しく撫でる。

「三世、彼女が困ってる」

剣が三世の肩をたたき冷ややかな口調で止める。

慌ててさくらの頬から手を離す三世。

「ご、ごめん」

三世、いや三世の体を借りた降三世明王は我を失ったような自分の挙動に戸惑っていた。

おかしい。今、この体の中にある意識は我一人のはず。

間違いなく三世の意識は十年前のあの日に消えている。

なのにどうして、星の痣が見え隠れするんだ?

最近夢で見る真っ赤な火の海。あれが143年前の山火事だとしたら…。

やはり三世ではなく千世?

どうやら千世の意識が俺の中に存在しているようだ。

流石、陰陽道を継承した人物。未来までも予測し図々しくも俺の意識の中に潜んでいたとはね。

気づかれないように右手を背に隠す。

「三世、どうかしたのか?」

剣は三世の挙動を見逃していなかった。

「何ともない」

「……」

この時、剣は三世の右手に現れた星の痣に気が付いていた。

間違いなく星の痣。しかし妙だな。星が二重に見えた。まさか老眼か!?



「驚かせてごめん」

弱弱しい三世の声にさくらが案じる。

彼、私を見ているようで見ていない。

「あ、あの」

「あ、あの」

2人同時に話し出す。

「あっ、先にどうぞ」

三世がさくらに譲る。

聞きたかったことはまるで恋人を思い出すかのようにピアスを触り頬を撫でた真意。

でも、今の彼は心の奥で触れてほしくないと言っているような気がして、さくらは思いとどまった。

普通に疑問に思った事を聞いてみる。

「あ、あの何でここにあなたがいるんですか?私、転倒してないし、呼んでもいない。インターホンが鳴った記憶もないんですけど」

「あ、あの、それはその…」

まさか後をつけていた式神の烏が気になって…いや、そんな話到底信じてもらえるわけないし。

かと言って、たった一度しか会ったことないのにケガが心配になって会いに来ました。駄目だ、絶対怪しいやつだと思われる。下手したらストーカー?

納得させる理由が思い浮かばない。

再び思考停止寸前だ。

剣も三世を横目に見ながら、この場をどう切り抜けようか考えていた。

三世の奴、次から次へと私まで巻き込んで……。

私だってここにいる理由はわからないぞ。

何も言わず、さっさとおいとまするのも手だが、いくら何でも失礼だよな。

肝心なのは彼女に疑念を抱かせないようにすること。

家の中じゃ雨も降らせないしな…。記憶を消すことは無理か。

ここは上手く話題を変えて早々に立ち去るのが最善だな。

何か…何でもいいから何か話題になるものはないか?

剣が立ちあがり家の中を見回す。

「ん?」

ダイニングテーブルの上には三世の名刺と重そうな袋が一つ。気になって袋の中を覗く。

「これ新蕗じゃないか。透き通った緑、おいしそうだね」

剣さん。今、蕗はどうでもいいから。

助けてくれるんじゃなかったのかよ!

「さっきご近所さんからいただきました。あの、彼はご存じかもしれませんが、猟友会の澤田さんから」

「へぇー澤田さんから」

そっか、熊追い早く切り上げたから、帰りに採って来たんだ。

「母がいたら煮つけでも作ってもらおうと思っていたんですけど、留守で居なくて」

忘れてた。後で冷蔵庫に入れておかないと。

「そうそう蒲鉾いっぱい買ったから、ほら…その…何だ、怪我してるから一人で夕飯作るのも大変だと思って持ってきたんだ。そしたら家の中から悲鳴が聞こえてびっくりしてさ…」

滅茶苦茶な発想だけど、信じてもらえそうかな?

「そうだったんですか」

さくらは疑いつつも無表情で納得した返事をした。

「そ、そうなんだよ」

絶対怪しいと思っているよな。

さくらはそんな三世をよそ目にダイニングテーブルの横に立っている剣を見る。

そういえば三世さん以外にもう一人いるけど、誰なんだろう。助けてもらったお礼を声に出して言わないと。

「あの…」

剣は手のひらをさくらに向け、そこにとどまるように伝達する。剣の方から傍に寄り目線までしゃがむ。

「突然お訪ねして、驚かせてしまいすいません。王生いくるみけんと申します」

剣が笑みを添えて答える。

「一応三世の父です」

「す、すいません。何かその…突然倒れちゃって…自分でもこんなこと初めてで、どうしていいかわからなくて…助けていただきありがとうございます」

「目の前の命を救う。当然のことをしたまです」

えっ?一応?そういえば、お父さんのこと名前にさん”付けして呼んでたよね。何か家庭的事情があるのかな…さっきも病院でお姉さんの事“一応”ってつけてたし。

「そうだ!剣さん、買って来た蒲鉾と蕗を使って何か一品作ってあげてよ。ほら彼女 右足捻挫してるし、立ち仕事大変そうだからさ」

「で、でもお父さんに料理してもらうなんて」

口が悪いのは承知していたけどお父さんにため口で喋るってどうなの?しかも自分じゃなくお父さんに頼むの?

「お怪我もされてたんですね」

右足捻挫?何で三世が知っているんだ?そもそもこの家に寄ったのも三世が言い出したからだし。

一体どういう出会いだったんだ?

すごく気になるところだが、まぁ今は詮索せず家に帰ったら詳しく話してもらうとするか。

とにかく、この場を切り抜けて帰宅するのが最優先だ。

「剣さん、お願いします」

「だから、何で私が?お前が料理してやれよ」

「俺焼肉とか単純に焼く料理以外無理だよ。蕗焼く?」

「焼かないな…」

「朝食はいつも温めるだけだし、昼はコンビニ、夕飯は大耶が作ってくれるからさ」

「仕方ないな。すぐできるから蒲鉾と蕗の金平でも作るか」

しぶしぶ剣が料理を引き受ける。

「そんな、お父さん申し訳ないです」

さくらを押し切るように剣が喋る。

「ここは遠慮せずに受け入れてください。突然お邪魔した上に三世の失礼な振る舞いのお詫びもかねてますから」

「はぁ…それでは遠慮なく」

何か断りにくい空気……。

早速剣が料理に取りかかろうとする。

「すいません、台所に立ってもいいですか?あと、調味料は酒、みりん、砂糖、できれば“めんみ”があるといいんですけど」

「は、はい」

ゆっくりと三世から離れ立ち上がろうとする。

「さくらはソファーに座ってろよ。言ってくれれば俺が取るから」

「あ、ありがとう」

三世は肩を貸しゆっくりとさくらをソファーに座らせる。

剣はコートを脱ぎながら三世とさくらをまじろかずに見ていた。

「ここにコートおいてもいいかな」

「あっ、はいどうぞ」

1人掛けのソファーの上にコートを置き、ジャケットを脱ぎ颯爽とシャツを腕まくりして台所で調理を始める。

「そこのキッチンラックに調味料が全部揃ってます」

「ありがとう」

「俺、車から蒲鉾取ってくるよ」




着々と料理が進む。

「蕗はちゃんと下処理してあるから切るだけでよさそうだな」

「蒲鉾持って来たよ」

三世が気になって後ろから覗き込む。

「剣さん案外料理上手なんだ」

まな板の上には均等に斜め切りされた新蕗が載っていた。

「まぁ一時シングルファーザーだったからね」

「へぇー」

見事な包丁捌きで蒲鉾も5mmの均等な厚さに切る。

次はフライパンにサッと油を敷き、蕗と蒲鉾を入れる。

「三世、料理酒取って。多分緑のキャップ」

「これ?」

剣は惜しげもなくフライパンに料理酒を注ぐ。

「わっ!剣さん、入れすぎじゃないの?」

「平気、平気。アルコール飛ぶから」

やっぱりちょっと複雑そうな家庭みたい。さくらが2人の会話を聞いて思った。

「すいません。めんみはどれかな?」

「めんみはその白い蓋の小瓶です」

「ありがとう。因みに、いりごまなんてあったりします?」

「確か棚の引き出しにあったと思います」

母のことだから賞味期限切れてるかも知れないけど…。

「俺、探してみる」

三世が食器棚の引き出しを開けてごまの袋を探す。

「剣さん、いりごまって白?黒?どっち?」

「白」

でも仲の良さそうな親子ね。

思わずさくらがほほ笑む。

剣は最後にいりごまを振って手際よくささっと10分ほどで金平を完成させる。

「はい、できあがり。お皿お皿と…」

盛り付け用のお皿を食器棚から探す。

「このお皿使っていいかな」

「はい、どれでも使って下さい」

少し屈んで棚からお皿を取る。

母は小柄なのでよく使う食器類は棚の中段に収納しているんだよね。

お父さん身長があるからお皿とりずらそう。絶対180以上はあるよね。

剣は盛り付けをして金平をダイニングテーブルに置く。

リビングに漂う新蕗とごまのいい香り。蒲鉾もふわっとしていて美味しそう。

お父さん料理が上手。何か羨ましいな。

「ご飯と一緒に食べてくださいね」

「ありがとうございます」

剣はずっと気になっていたダイニングテーブルの上にある三世の名刺を見て何かを確信した。

見覚えのあるこの絵の繊細な筆遣い…。

三世の疑わしい態度も気になるし、念のため私も対策を講じておこう。

「そうだ私も名刺渡しておこうかな」

ソファーに置いたジャケットの内ポケットから名刺入れを出して1枚取り出す。

その時に気づかれぬよう素早く一つ所作をいれる。

さくらはビジネスマナー通りに軽く会釈して両手で受け取る。

そういえば私の名刺…さっき彼に渡したのが最後の一枚だった。

「すいません。名刺を切らしていて」

「お気になさらず。今日はお休みなんでしょ?」

「は、はい」

お父さん。いい人すぎる。身長あるし、よく見るとかっこいい。外見も内面も完璧。

さくらが手元の名刺を確認する。

【仏像学芸員 王生 剣】

私と同じ学芸員なんだ。しかも仏像専門。確か専門分野でもあまりいないって聞いたことがある。

もしかして今回の特別展にも関係しているのかな。後で関係者名簿見てみよう。

「名刺入れに忘れずに入れておいてくださいね」

「はい」

忘れずに?ビジネスマナーってことだよね?

「ほら剣さんさっさと帰るよ、今日はお風呂の争奪戦になるんだから」

「えっ?そうなの?」

今日は王生家5人が久々に揃う日だ。

一人ずつ順番に入浴したら一番最後はかなり遅くなる。しかも宝は最低1時間は風呂から上がってこない。

「さくら、何かあったらちゃんと連絡しろよ」

三世はちらっとさくらを見て軽く礼をして玄関へ向かう。

「突然失礼しました、足お大事にして下さい。あっ、それと残った蕗は毎日水を取り替えてくださいね。硬めに茹でてあったからキッチンペーパーで水分を取ってから冷凍しても大丈夫だと思います」

剣がコートとジャケットを急いで手に取り足早に玄関へ向かう。

「あ、あの…痛っ」

さくらは二人を玄関まで見送ることができなかった。

剣は玄関で黒い魚の置物を再び目にする。

それは別の角度から見ると、鯛ではなく別の魚に見えた。

「これは…鰯のお頭?」

「剣さん早く!」

剣はジャケットとコートを着る余裕もなく三世に引っ張られて慌ただしく家を後にした。

──何故玄関に魔除けがあるんだ?

謎が残った。



二人が帰り、静かになった家の中。

一体何だったんだろうこの怒涛の展開は…。

お父さん、最後に主婦の知恵を伝授して帰って行ったけど。

「どうしよう。お父さんにちゃんと名乗れなった…」

それより出来立ての金平のいい香り。

一口つまんでみる。

「滅茶苦茶美味しい。お父さんありがとうございます」

金平の皿の横には裏返しになっている三世の名刺があった。

あれ?名刺が裏になってる。ビジネスマナーはきちっとしてたと思ってたのに。

「あっ……」

空腹でお腹が鳴る。

「ジェラートだけじゃお腹空いた…冷凍庫のごはんをチンして暖かいうちにいただこうっと…あっ!先に名刺仕舞わないと。それから保険屋さんにも電話して…でも、何て説明しよう…」


禅定……瞑想


読んでいただきありがとうございました。

北海道あるある

めんみは北海道限定の濃縮つゆで、5種類のお出汁の絶妙なバランスで配合されている、あらゆる料理に使える万能つゆです。

北海道のご家庭ならおいている所が多いと思います。

今日は家庭菜園のピーマンを千切りにしてレンチンして鰹節とあえて一品作りました。滅茶苦茶便利。

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