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春の章 磑風春雨 3

剣は思わぬ展開で烏丸さくらと対面する。

そして烏丸家の家系図を見て…。


登場人物紹介



王生 剣  

王生家の中心人物。現在に目覚めた不動明王。普段は天然で抜けているふりをしているが、先見の明を持っており何事も卒なくこなす正に聖人君子。

職業は仏像学芸員。



王生 三世さんぜ

降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。

星の痣は代々降三世明王の宿主である目印である。

降三世明王が意識を支配しているときは星の痣が消えている。

職業は獣医師。



千世せんぜ

降三世明王が143年前に体を借りていた珍しい翡翠色の瞳をした人物。

当時、烏丸桜という女性とは恋人同士だったと思われる。


烏丸からすま さくら

MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。



倉橋 清隆きよたか

現在に目覚めた制多迦せいたか童子。陰陽師、安倍晴明の血筋。それ故に式神を操れる。

宝と同じ病院に小児科医として勤務している。折り紙が得意。


 三世と剣は自宅まであと5分位の所まで来ていた。

家まであと少しなのに目がショボショボする……。久々に運転時間が3時間超えたからか?ナビも休憩しろって言ってたし…。

その時、目が覚めるような刺激が三世の脳に走る。

「!?」

この思念は使役した式神からか?

「剣さんちょっと寄りたい所があるんだけど」

「あぁ構わないよ」

右手に見えるグラウンドを過ぎると、突き当たりを左、そして左、すぐに右。

着いた先はさくらの自宅だった。

さくらの車の真後ろに車をぴたりと着ける。

ハイエースの運転席からは一目でさくらの車の屋根が凹んでいるのがわかった。

「は?凹んでる?」

三世は慌てて車から降り、暮れかかった空全体を見回す。

「烏がいない。なのに、この場に滞留している妙な気配は何だ?これは山中で遭遇した式神と同じもの…間違いない」

急いで玄関へと向かいドアノブに手を掛ける

「開いてる…」

慌てて壁に手をつき靴を脱ぎ捨て家に上がろうとすると、視覚の隅に何か黒い物体が入ってきた。

「うわっ!」

黒い物体の正体は玄関の白い壁に掛かっていた漆黒のヒグマの頭部の木彫りだった。

「めちゃリアル。防犯対策か何かか?」

三世はそれ以上関心を持つこともなく一目散に家の中へ駆け込みながら胸の前で印を結ぶ。

「ウン」

さくらを支えていた三世の姿が細かい結晶になり昇華する。

終には一枚の紙に戻りダイニングテーブルの上にひらりと落ちる。

「ご苦労さん」

それはさっき三世が渡した名刺だった。

入れ替わりに本物の三世がさくらを支え、しっかりと抱きしめる。

「直接烏が襲ってきたらと思い式神を忍ばせておいたんだが…まぁ役に立って良かった」

「三世!」

剣も追って家に入ってくる。

「うわっ!」

剣もまたヒグマの頭部の木彫りに一瞬驚く。

「決して怪しい者ではありませんので」

すぐさま何事もなかったかのように冷静な表情で靴を脱ぎ家に上がる。

「お邪魔します」

リビングでは気を失ったさくらが三世に抱えられていた。

そしてダイニングテーブルの上にはまだ余韻が残っている一枚の名刺と蕗の入った袋があった。

「三世の名刺?」

剣は触れるまでもなく一目で名刺が三世が使役した式神だとわかった。

「三世、何があったんだ!」

三世は剣が声をかけてるのにも気付かず腕の中のさくらを心配そうに見つめていた。

剣は全く事態が呑み込めていなかった。

三世に抱かれている女性は誰なんだ?

ま、まさか彼女が予期せぬ出会いの……。

考える間も無く直感だった。

それにしても三世は何でこの家に寄ったんだ?

剣は窓の外にあるさくらの車を凝視する。

「空から何かが落ちてきたのか?」

しかし、落下物は見当たらない。家の窓ガラスも割れてないところをみると、重量があるものが落ちたのではなそうだな。

失礼とは思いつつ、家の中を見回し詮索する。

リビング隣の和室には小さな仏壇。飾ってあるのは男性のカラー写真と戦禍によるものなのか少し焦げたモノクロの女性の写真。

「ん?」

それは剣にとってはどこか懐かしい面影を感じさせる女性の写真だった。

「おっと」

上枠にぶつかりそうになり頭を下げて和室に入る。

丁度視線の先にはふすまの上に掛かっている家系図があった。

結構遡っているな…明治初期、江戸時代位までか…。

剣が思わず目を丸くする。

そこには見覚えのある名前が記されていた。

「烏丸……桜⁉配偶者は……」

この家はもしかして…。

振り向き二人を見つめる。

三世はまださくらを抱いたままだった。

「143年前も二人はこんな感じだったのだろうか」

私が過去の二人と重ね合わせてどうする。

現在も過去も一応父親だから致し方無いか…。

剣は家系図が気になりつつも気を失ったままの彼女が心配で和室を出る。

「三世、彼女は大丈夫なのか?」

自分に話かけられていることに気が付くのが少し遅れる。

「あ、ああ。気を失っているだけだよ」

三世は少し冷静さを取り戻し、さくらの身になにが起こったのか考察をめぐらす。

恐らく落ちたのは式神の烏だ。

運悪く縄張りに入って本物の烏に攻撃されて落ちたんだろうか。

それとも烏たちはそろそろ繁殖期だし一羽だけ違うカラスがいたから威嚇されたのだろうか。

卒倒するなんて車の凹み相当ショックだったんだろうな…。

──ピーヒョロロロ。

「この鳴き声は鳶…」

──ピーヒョロロロ。

なるほど。犯人は清隆の式神で決まりだな。きっと偵察がばれたんだ。

──ピーヒョロロロ。

剣も滑空している鳶に気が付く。

「清隆の奴、もう少し考えて飛ばせよ…」

「鳶はほとんど羽ばたかないから気づかれないはずなんだけど」

「昔から下手くそなんだよ」

「キジでもよくね?飛ぶの下手だし」

「余計目立つと思うんだが」





さくらの瞼が微かに動く。

「ん…」

私どうしたの?倒れたの?何で?

さっきから誰かの声がする…男の人?まさか救急隊?

「さくら、しっかりしろ」

えっ!?今、さくらって呼んだ?誰?

男の人に名前で呼ばれた事なんて最近無いんだけど…。

少しずつさくらの意識が戻り、瞼が震えながら少しづつ開く。

「さくら、大丈夫か?」

目が完全に開いた瞬間、一番先に見たものは心配そうな顔をした三世だった。

一瞬で顔が紅潮する。

どうして彼がここにいるの?しかも自分は彼の腕に抱かれている。

さくらは何が起きたか全く分からないかった。

「あ、あの…私一体…」

一度は意識が戻ったさくらだが、

突然息があらくなり、手足、唇が痺れて喋ることができなくなる。

眼だけを動かして部屋の中を見回す。

彼はどうやって入ったの?

鍵は?もらった蕗を入れて締めわすれた?

頭の中で順番に思い出そうとしても混乱していて事の始まりに辿り着けない。

「あ、あ…の……」

震える手で三世にしがみつこうとするが硬直して手が動かない。

「さくら?おい、さくら」

意識が朦朧としているさくらは三世の呼びかけに目を閉じたり開いたりを繰り返すだけだった。

「剣さん、こ、これって過呼吸?ど、どうすればいい?」

剣はさくらに寄り添い、目を見て優しい口調で語り掛ける。

「ゆっくり息を吸って、ゆっくりと吐こうか。そう、ゆっくりと」

さくらは必死に剣の声に反応して呼吸する。

「その調子、ゆっくり吸って、吐いて、もう少し繰り返そうか」

三世は息を飲み不安そうにさくらを見つめる。

「体の力を抜いて、そう、ゆっくり大きく呼吸してゆっくり息を吐こうか」

しばらく繰り返すうちに さくらの息が落ち着いてきた。

三世はさくらの指先が微かに動くのに気が付く。

「あっ、動いた」

さくらは数回瞬きをし、目をぱっちりと開ける。

徐々に三世の顔が鮮明に見えてきた。

その横にもう一人いる…誰?この人が助けてくれたの?

『あ、ありがとう…ございます』

あれ?声が出ない。微かに唇は動いているみたいだけど声が出てない!?

不安になったさくらは三世の腕を懸命に掴む。

三世はそれに答え、さくらを一層強く抱きしめる。

「さくら…もう大丈夫だ。少し気分が落ち着けば声も出てくるから」

三世の目が潤んでいた。

剣はただならぬ関係にありそうな2人を心配そうに見ていた。

「!?」

また三世の右手首に一瞬星のようなものが見えたような……。

気のせいか…。

そうそう人間の意識が表に出てくることはないはずだ。

星の痣が見えた時は感情のある本体の三世が降三世明王の意識を凌駕していることになる。

でも妙だ…。彼女さくらに桜さんを重ねるなんて。

意識の均衡が崩れ始めている兆候か?

取り敢えず普通に接しよう。

「もしかして彼女がさっき車の中で話してた烏丸さくらさん?」

三世に問う。

「えっ、あ、彼女?そう」

三世が瞬きをして滲み出た涙を隠そうと誤魔化す。

「彼女が烏丸…さくらさん…ね」

剣はさくらを興味深げにじっと見つめる。

──確かに顔は似てないな。

「そうだ!」

剣が思い出したようにコートのポケットの中から小さな袋を出す。

「これをどうぞ」

剣は袋の中から桜色のお守りを取り出して何かのおまじないを呟きながらさくらの手のひらに直接授ける。

「気の持ちようかもしれませんが持っていてください。身まもりのお守りです。何かあったらこのお守りが自身にふりかかる厄災の身代わりになってくれます」

それは剣が今日訪れた堅国寺で授かったお守りだった。

さくらはお守りを握りしめた。

「剣さん。ありがとう」

三世が代わりに礼を言う。

「今日訪れたお寺で偶然手のひらに桜の花びらが舞い降りたんだ。それで同じ色のお守りを…。これも何かの縁だよ」

さくらの呼吸が穏やかになり唇が微かに動く。

「か、か、から…す」

「無理して喋るな」

三世は潤んだ目で思い人を懐かしむようにさくらを見つめる。

その目を見て、何故かさくらも目に涙が浮かび始めていた。

何で涙が出てくるの?

顎を上げて涙が出てくるのを何とか抑えようとする。

そうだ。彼に伝えたいことが…。

唇に神経を集中させて一つ一つ言葉を口に出す

「か、烏が…鳴いて…いて、車の…上に、お、落ちて…きて」

三世がさくらの頭を撫でる

「わかった…」

堪えてた涙がゆっくりと頬を伝う。

式神の烏が落ちたのは間違いない。…でも車の周りには姿、残骸もなかった。あったのは蛇と同じ妙な気配。

さくらは涙を見られないよう三世の懐に顔をうずめる。

三世の服に涙が滲む。

彼からほのかに漂う懐かしい木の香り…。不思議と心が穏やかになるのは何故?




だいぶ心身が落ち着いてきたのか、さくらがゆっくりと顔を上に向ける。

その後の様子が気がかりで徐に窓の外を見る。

見た光景に一瞬で違和感を覚える。

「烏……いない。落ちた…のに…」

──ピーヒョロロロ、ピーヒョロロロ。

その時、見計らったこのようにトンビが大きく鳴いた。

三世は右上に視線を逸らして話す。

「あのさ、聞こえる?鳶が飛んでるだろ?鳶と烏は同じ雑食性なんだ。きっと餌の取り合いでもして車に落っこちたんだよ。そして最後の力を振り絞って必死で逃げたんだ。俺、獣医師だし生態にも詳しいからわかるんだ」

駄目だ。彼女を目の前にすると上手く話せない。

俺、何かしどろもどろになってなかったか?テキトーなことは言ってないんだけど。でも、実際見たわけじゃないし…。

今の話、信じてくれたかな?

さくらからの返事はなかった。

やべっ、思考停止寸前だ。

「ちょっと外の様子を見てくるよ」

剣が見かねて一声かける。

「あぁ、ありがと」

助かった…。

どうしたんだろう俺。いつもの自分じゃない。心落ち着け。意識集中。

その時、三世の右手に消えていた五芒星が再び薄っすらと現れた。



剣が家の外に出て車の周囲を確認する。

烏なんて見当たらないぞ。清隆が式神を放っているという事は落ちた烏も式神か?なのに羽根の1本いや紙すらも見渡す限り落ちてなさそうだ。

──ピーヒョロロロ。

「清隆の奴、偵察がバレて蹴落としたんだろう。もう消えていいぞ」

剣が右手で空に何かを書いて上空の鳶に合図を送る。すると鳶は拝承し姿を彼方に消した。

既に清隆が式神を放っていたとはな…。いつから緊急事態だったんだ?何故私に連絡しなかったんだ?

三世は三世で平静さを失って咄嗟に薀蓄たれるし。

そもそも三世が人型の式神を使役できるなんて知らんかったぞ。

私が知る限りそんなことができるのは143年前に降三世明王の宿主だった千世と清隆くらいだ。

帰ったらとことん追求せねば。

一番気になったのは、三世が会ったばかりの彼女のことをすんなり「さくら」って呼んでいたことだ。

やはり彼女と桜さんを重ねているからか?

千世の意識が現在の三世の中にあると推測すべきなのか…、それとも…。

「ん?」

庭の植え込みを探っていると窓際の木の枝に挟まっている1枚の紙きれを見つけ手に取る。

「これが元々の紙か?どこかで見たような…」

それは【ART HOKKAIDO(M.C.H.)】と書かれた部分と仏像の一部だった。

これは今度の特別展のチラシじゃないか。そして降三世明王像の右足と踏まれている掌。右…烏摩妃か?

剣はスラックスのポケットに見つけた紙きれをしまいこんで家に戻る。













読んでいただきありがとうございます。

リアルに目の前で烏が喧嘩してました。人目も気にせず。

昨日は鳩が道路でウロウロ。どいてくれなくて車はノロノロ運転。

カササギは会社の向こう岸で営巣。空には鳶。会社の木には毎年アカゲラが…。見てると面白いです。

キジ、札幌市内の実家の庭にひょこっと歩いて遊びに来ます。

自然豊かな場所ですね…。

ヒグマが来ない事を祈ります。

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