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春の章 磑風春雨 2

三世は剣を迎えに空港に来ていた。

久々にあった二人だが、早速 剣の鋭い勘が働く。

三世でもない降三世明王でもない別の意識が表に出ているのではないかと疑う。

さくらは帰宅後、アラーム音にも気付かずにソファーで寝ていた。

そのあと目が覚めるような出来事が起こる。


登場人物


王生いくるみ けん 

王生家の中心人物。現在に目覚めた不動明王。普段は天然で抜けているふりをしているが、先見の明を持っており何事も卒なくこなす正に聖人君子。

職業は仏像学芸員。



王生 三世さんぜ

降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。

現在は獣医師をしており、生命に関わる仕事に携わっている。



千世せんぜ

降三世明王が143年前に体を借りていた珍しい翡翠色の瞳をした人物。



王生 あい

剣の現在の奥さん。

職業は舞台女優。仕事の関係で北海道の自宅にはいない。



烏丸からすま さくら

MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。




新千歳空港 到着ロビー


 三世は電話で告げられた到着口4と書かれた柱にもたれかかりラインのトーク画面を見ていた。

さっき宝へ送ったラインが既読になっている。

おっ写真見たんだ。感想は…。

「は?」

【なんて素敵なシチュエーション♡♡♡ありがとね♡ 丁度よかった。薬草園の管理人の三世にお願いがありまして、今年はサツマイモじゃなくて菊芋を栽培したいので種芋買っておいてね♡♡♡】

♡必要ないだろう…。それに、いつ管理人になったんだ?菊芋?そんなの聞いたことないぞ。一体どこで手に入れるんだよ。

検索しようと画面を開いた時、背後から三世を呼ぶ声がした。

「おっ、三世ー!こっち、こっち!」

剣が手を大きく振って呼んでいる。

「恥ずかしいからやめてくれ」

人目を気にして俯きながら、剣の元へ駆けつける。

「おつかれ」

「やっぱり北海道こっちはまだコートが必要だな」

「どこ行ってたんですか?」

「東京。はいこれ、壊れやすいお土産」

三世に“月光最中”の文字が印刷されている紙袋を手渡す。

「壊れやすいお土産だろ?」

「さすが剣さん。返す言葉もないです」

「最中好きだろ?粒あんだし。さっ早く帰ろう。疲れたし、お腹減ってるんだよ」

「駐車場結構埋まってて、車までちょっと歩くけどいい?」

「荷物これだけだから大丈夫」

そこには長期滞在を匂わせる比較的大きめのキャリーケースがひとつ。

三世はキャリーケースの持ち手を握り、少し離れた駐車場に駐めている自分の車まで話ながら案内する。

「東京ってことは奥さんに会いに行ったの?」

「他人行儀だな…愛さんで」

「言いづらい」

「まぁいいけど。今回は仕事だよ仕事。愛さんは今大阪で公演中」

「すれ違いばかりで寂しくないんですか?」

「全然。心と心が繋がってますから。愛です愛」

「愛ね……それオヤジギャグ?」




会話をしている間に駐めてある三世の車に辿り着いた。

「乗って」

スマートキーで開錠する。

剣が助手席のドアを開けると車内から揚げたての蒲鉾の美味しい匂いが漂ってきた。

「おっ蒲鉾買って来たの?」

「ちょっと早く着いたから買って来た」

「今食べたいんだけど」

「味噌南蛮とひら天とパンロールあるけどどれがいい?」

「じゃあ、ひら天で」

「やっぱ親子だなぁ」

「何か言ったか?」

「別に」

三世がスライドドアを開けキャリーケースを丁寧に積み込む。

剣は身長があるのでエコノミークラス症候群の症状が出やすいらしく、

助手席に座ると直ぐに足首をゆっくり回したり、かかとの上下運動を繰り返していた。

三世も車に乗り、まだ温かい蒲鉾を1枚取り分けて剣に渡す。

「はいどうぞ」

「いただきます」

剣が揚げたての蒲鉾を頬張る。

「美味い。最高」

「ドリンクホルダーにお茶あるから」

「気が利くなぁ三世」

「宝ケチだから俺の好きな味噌南蛮1枚しか買って来ないんだぜ。信じられない」

「お前たちは相変わらずだな…」

「そうかな?」

剣はあっという間に蒲鉾を食べ終える。

「ご馳走様でした」

手を合わせる。

「どういたしまして」

キャップを開けお茶を一口、二口。閉めることなく、また一口、二口。

剣は何か言いたそうだが、ためらっている様子だった。

二人の会話に少し間が開く。

「なぁ三世」

「何?」

「ウエットティッシュある?」

アームレスト下のボックスから取り出す。

「はい」

剣は手を拭きながら正面を見据えて改まって話かける。

「どうしても飛行機の中で気になってしまってな。ちょっとだけ先に話を聞いてもいいかな?」

「やっぱそう来ると思った」

ヘッドレストに頭を軽く打って観念する。

「予期せぬ事って何があったんだ?」

難しい顔をして直ぐに返事ができない三世。

「偶然の悪戯なのか…たまたま目の前に現れたというか…」

回りくどい言い回しに剣が単刀直入に聞く。

「誰に会ったんだ?」

「実は今日、懐かしい名前の女性に出会った」

下を向き言いづらそうな三世だったが、素直に事実を話す。

剣は黙って三世の話を聞く。

「彼女の名前は烏丸からすまさくら。聞き覚えのある名前だろ?苗字の漢字は同じだけど読み方が違うんだ。名前のさくらは平仮名だった。

143年前に恋した女性、烏丸からすまるさくらさんを思い出しちゃって…。それだけだよ」

何おかしな話をしているんだ。何故143年前の彼女のことを?

あの時恋をしていたのは降三世明王が体を借りていた青年、千世の方ではなかったのか?まさか違ったというのか?

しかも今、千世が恋したとは言わなかった。

千世の体はもうこの世にはない。143年前の記憶があるのは降三世明王だ。

一先ず冷静になろう。

「そ、それはすごい偶然だな。これも何かの縁かもって思うよな」

ちょっとわざとらしい喋りだったか?

「そうだな…」

剣はハンドルに手を掛けた三世の手をチラッと見る。

三世は慌てて右手を下にして両肘をハンドルの上にのせる。

──三世の奴、意図的に右手を隠したな。

「で、どんな感じの女性だったんだ?」

剣がそれとなく聞いてみる。

三世はハンドルに両肘をのせたままうずくまって話す。

「顔は似てない気がするけど、一瞬だけこう…なんていうか懐かしい面影を感じる瞬間が合ってさ、だからその…彼女と上手く話せなくて。そういえば桜と同じで絵を描くのが好きだって言ってた」

「私に恋のお悩み相談?」

「そ、そういうわけじゃないけど」

「まぁ私の立場から言わせてもらうとだな、彼女に昔の桜さんを重ね合わせるのはいいが、この時代に彼女が生きていないのは理解して欲しい。別の人間だ」

「わかってるよ」

わかってる。でも今の俺の中に間違いなく千世の意識がある。さっき見たあの翡翠色の瞳は間違いなく千世だ。それに星の痣もさっきから出たり消えたりしている。

千世のさくらへの思いは今でも俺の中に!?

三世はシートベルトを締めて車のエンジンを掛ける。

「あっ、ちょっと待って」

剣も慌ててシートベルトを締める。



世の中に干渉することは許されないと三世だってわかっているはずだ。

史実が変わり、また一人の女性を悲しませてしまう。

まさか降三世明王は信じているのか?桜さんが現在に転生している可能性を…。

いや、転生しているのはもしかして……。


三世達は帰路についた。



 さくらがソファーに横になってから大分時間が経った。

アラームをセットした時間は16時だったが、時代を感じさせるリビングの壁掛け時計の針は17時55分を指していた。

「ん…今何時?」

さくらがゆっくりと目を開ける。

「あっ!」

アラームが聞こえるように耳元に置いていたスマホが床に落ちる。

思わず見慣れた壁掛け時計に目が行く。

「わっ!嘘っ!完全寝過ごした!」

慌てて起きようとして反射的に右足を床についてしまう。

「痛っ!」

捻挫してたの忘れてた…。

「我慢我慢我慢我慢我慢…」

無意味に繰り返す。

そんな時、三世と交わした会話を思い出す。

「あのさ、念のため連絡先交換しておこうか」

「えっ!?」

「その…何かあったら困るだろうし」

「何かって?」

「あー、つまずいて立てなくなったとか…」

やばい現実になりそう…。

カタッ。

玄関の方から何やら音がした。

「もしかして澤田さんが蕗持って来てくれたのかな?」

さくらは左足を先について慎重に立ち上がり、壁を伝って歩く。

「狭い家なのに玄関が遠い…」

やっとの思いで玄関にたどり着きドアを開ける。

外のドアノブには澤田さんが届けてくれた蕗が買い物袋にずっしりと入れられ掛けてあった。

「わっ、こんなにいっぱい。ありがとう」

蕗を取り込んでドアを閉めようとした時だった。何処からか自分が見られているような視線を感じた。

「ん?」

さくらは直ぐに視線の主に気が付いた。

それは電線にとまっている一羽の烏。

「何だ烏か…早くねぐらに帰りなよ。もう六時だよ」

そういえば家庭菜園で作ったトマトをよく食べられてたっけ。

防護ネット張ってもネットの下から入ってくるし、本当に頭いいよね。

かなり衝撃的だったのはM.C.H.の前庭でスズメの卵や雛を食べてるの目の当たりにした時。

やっぱ好きになれないな。

「外に出た途端、子育て中の烏に威嚇されたり攻撃されたりとか」

再び会話の続きが思い浮かぶ。

「まさかね…」

蕗を持ってドアを静かに閉めて家に入る。

袋をダイニングテーブルの上に置いて中を覗くと、新蕗は茹でて皮を剥かれた状態で水の入った保存袋に入っていた。

「ちゃんと処理してあるから日持ちしそう」

やっぱり母が作った蕗の煮つけ食べたかったな…。

あの味付けは本当に真似できないんだよね。黄金比率教えてもらって挑戦したけど、ほど遠かった…。

多分私は料理のセンスゼロ。今度来る時に作ってもらおうっと。

でもズボラな母が毎日水取り替えてくれるかな…この前は花瓶の水が腐ってたし…。

蕗って冷凍保存できるんだっけ?

検索、検索。


──カポッ、カポッ、カポッ。

外から変わった鳥の鳴き声が聞こえてきた。

「何?この変な鳴き声」

──カポッ、カポッ、カポッ、カポッ。

段々と鳴き声が大きくなってくる。

「うるさいな…さっきの烏かな?まだ帰ってなかったの?」

──カポッ、カポッ、カポッ、カ…。

暫く鳴いていた烏の声が止んだ。

その直後、外から何かが勢いよく叩きつけられたような衝撃音がした。

「えっ?何?」

足の痛みをこらえ急いでリビングに戻り窓の外を見てみると、一羽の大きな烏がさくらの車の上に落ちていた。

車の屋根がクレーターのように凹んでいる。

「嘘…私の車が」

あまりのショックでバランスを崩し後ろに倒れそうなさくらを そこにいるはずのない三世がしっかりと両腕で支える。

誰かにに支えられた感触はあったが、

さくらは三世の腕の中に倒れこんでそのまま気を失ってしまう。

三世が直ぐに窓の外を見るが、落下したはずの烏は既に車の上から消滅していた。

言葉を発せずさくらを見つめる三世。

さくらの瞼は閉じたままだった。

三世は目を閉じ意識を集中し思念を飛ばす。

支えている三世の右手にはくっきりと五芒星が現れていた。




読んでいただきありがとうございました。

剣は一応50歳くらいの設定なのでオヤジギャグのひとつやふたつ言うかもしれませんね。

なかなか私の方が思いつかないです。


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