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春の章 合縁奇縁 23

気になるのは現在に突如現れた蛇と烏の式神。目的の対象はさくらなのか、三世なのか。

三世は"烏丸"の苗字にこだわっていた。どこかで143年前に繋がっているのではないかいう思いがあったからだ。

アームレストの上に置いた三世のスマホが振動する。

おっ、もう返信来た。後で見よう。

「この右手のグラウンドを過ぎたら突き当たるのでそこを左折でお願いします」

三世は無言でウィンカーを上げ左にハンドルを切る

正面には平和の滝入口の看板が立っていた。

その先にはさくらが歩いたサイクリングロードが川沿いにずっと続いている。

「すぐそこ左に曲がって一本目を右でお願いします」

車は住宅街の中に入って来る。

「あそこの黒い軽自動車のある所でとめて下さい」

三世は軽自動車の真後ろに車を付ける。

目の前には車番1437の黒い軽自動車。

「143…7」

意味わかってて希望ナンバーつけてるのか?それとも偶然か?

さくらはまだエンジンも止まっていないのに、真っ先にシートベルトを外して降りようとしていた。

「ちょっと待てよ。何でそんなにせっかちなんだよ」

気が付いた三世がさくらの肩を掴み引き留める。

「そうですか?」

三世が一旦車のエンジンを切る。

静まり返った車内。

口元が開きそうで開かない。何か言いたそうな素振りの三世。

「あ、あのさ、念のため連絡先交換しておこうか」

三世が思い切って申し出る。

「えっ!?」

「その…何かあったら困るだろうし」

「何かって?」

勇気を振り絞って言ったものの今日会ったばかりで、異性からこんな事言うのって不純な奴とか思われないだろうか?

やばっ、心臓バクバクしてる。

「えっと…家の中でつまずいて立てなくなったとか、外に出た途端、子育て中の烏に威嚇されたり攻撃されたりとか」

流石に無理があったか…。

「──いいですよ」

まっ、連絡先位ならいいか。

家の中は険しい山道じゃあるまいし、そんな事は100%ないと思いますけど。烏?この辺に大きな木はないから巣なんてないと思うけど。

三世は早速スマホを手に取り、LINEのQRコードを表示する。

「これ」

さくらが読み込み、友だち追加完了。

【三世】と表示される。

変わった名前…何て読むんだろう?

「えっと…さん?み?さん?」

音読み?訓読み?どっちが正解?独り言のように口にする。

「さんぜ。さんぜって読む」

「あっ、すいません」

さくらが自分の連絡先を教える。

三世のスマホには【烏丸さくら】と表示される。

「さくら…」

懐かしそうに名前を呟く。

「どうかしましたか?」

そう言えば昔の彼女と名前が似ているとか。そんなに思い入れがあった人だったのかな。

気持ちはわかるけど、重ね合わせられてもね…。私は全くの別人なんだから。

「いや、何でもない。そうだ一応名刺も渡しておくよ」

アームレスト下の収納BOXから名刺入れを出し、

中から一枚だけ親指と人差し指で箔押しのように指圧して、さくらに渡す。

「はい」

さくらは丁寧に両手で受け取る。

『GO animal clinic 王生いくるみ 三世さんぜ

名前にフリガナがついてる。

「いくるみ さんぜ…。さんぜさんってお名前の方だったんですね。何か変わった読み方で読めなくて…」

「確かに余り聞かない苗字だし、珍しい名前かも。その…俺も紹介遅れてごめん」

「いいえ。お名刺ありがとうございます」

何気に裏返して見ると住所と地図が載っていた。

案外近所に住んでいたんだ。それよりも目を惹くのは名刺の隅に印刷されていた犬のイラスト。

「このイラストもしかしてクリスさんですか?」

「あぁ」

めっちゃ上手。クリスさんって白毛だから描くの難しいのにモノクロで毛並みを繊細に表現してる。

彼が描いたのかな?うーん聞きづらい。今はやめておこう。

「あ、あの私も名刺お渡しします」

リュックの中から名刺入れを取り出し中を開けると、中には最後の一枚。

しまった!休みだから油断した…。

「改めまして。烏丸からすまさくらと申します」

さくらは名刺を名刺入れの上に置き、両手で渡す。

三世は右手で名刺を受け取り目を凝らして見る。

「“からすまる”とは読まないんだ」

「はい、からすまです」

理由は知らないけど、確か曾祖父母の代から戸籍上“からすま“に変更したって父から聞いたような気がする。家系図のフリガナもそうなってたはず。

「あのさ、烏丸さんって北海道の人?」

何でいきなり出生地を聞く?

たいていの男性は"さくら"だから5月生まれ?とか聞いてくるんだけど。でも誕生日は3月27日。語呂合わせで3×9=27さくらの日に生まれたかららしい。父さんよく考えたわ。

とりあえず素直に答えておこう。

「先祖は東京にいたらしいんですけど、私は北海道、札幌の出身です」

「ふぅん」

それだけ?まぁ別に我が家のルーツなんてどうでもいいと思うんだけど。

三世が徐に指で名刺の文字をなぞる。

"MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(M.C.H.) 学芸員 烏丸からすまさくら"

「烏丸さんって美術館に勤めてるんだ。絵画とか好きなの?」

「小さい頃から絵を描くのが好きで、夢は美術とか芸術関係のお仕事に就くことだったんです。大学でも芸術を専攻してやっとこの職業に就けたんです」

「そうなんだ」

それだけ?私また一気に喋り過ぎた?

「俺、絵とかあんまり好きじゃないし」

クリスさんのイラスト、あなたが描いたんですかって聞かなくて正解だった。絵に興味なしか。

「あ、でも美術館って絵ばかりじゃないんですよ。今度は国宝の仏像や曼荼羅を展示するんです。あっ曼荼羅ってわかります?」

「そういうの興味ないかも」

こちらも興味なしか…。

それにしてもそっけない返事。超、超、超不愛想。だから表情の緩急にもどう接したらいいのか悩まされる。

さっき一瞬でも優しさを感じた私が馬鹿だった。

さくらが心の中で愚痴っている一方で三世は相次ぐ式神の出現で胸中穏やかではなかった。

さっきの蛇といい、この烏の式神の目的は何だ?明らかにどちらかを追っている。だけど彼女は普通の女性だ。それとも何か秘密でもあるのか?まさかとは思うが降三世明王オレの方をつけてるのか?

念のため帽子被っておくか。

三世は顔を隠すように帽子を深く被って車を降り助手席に回る。

さくらは気持ちが凹んで三世の名刺を持ったまま下を向いていた。

三世はそんなさくらを窓越しから目じりを緩ませ偲ぶような視線で見つめる。

「えっ!?嘘…」

三世はガラスに映った自分の顔を見て心臓が縮み上がる。

自分の虹彩が微かに緑色に見えたからだ。

目を閉じると耳の奥まで心音が聞こえてくる。これは俺のじゃない。

心の揺れを静めろ、自分を見つめろ。

心を一つに集中しろ。現在ここにいるのは王生三世という人間の意識を制圧している降三世明王だ。

深呼吸して恐る恐るサイドミラーで顔を確認する。

「戻ってる…帽子被ってて良かった…」

念のため目を隠すように鍔を少し下げる。

三世が助手席のドアを開けて、素早くさくらのシートベルトを外す。

「手」

さくらの目の前に三世が右手を差し伸べる。

「え!?」

い、いきなり何?反射的に手なんて出ないわよ。

「降りるの大変だろ?掴まれよ」

「えっ?あの…大丈夫です」

「いいから掴まれ」

降りるくらいなら手を借りるまでもないし…。

「あ、あの本当に大丈夫です。一人で降りれますから」

さくらは差し伸べた手を避けて降りようと腰を上げた時だった。

三世が左手で無理やりさくらの手を引っ張り、右手に掴まらせる。

「え!?ちょっと!」

「ちょっと高いから降りる時気を付けて」

「は、はい」

──優しい声。何故か声に敏感に反応してる。

王生さん。心の声聞こえていたら、さっきまで心の中で愚痴ってた事謝ります。気を遣ってくれてありがとう。

さくらが三世と触れている接点、掴まった手元を見る。

すると三世の右手に花にも星にも見えるような形のものがうっすらと浮かび上がってくるのに気が付いた。

消えかかった落書き?痣?窓を叩いた時は無かったような気がするんだけど…。

私が気にすることでもないか。

ゆっくりと足を庇いながら痛みを感じることなく降車する。

「歩けるか?なんならまた背負ってやるけど」

「大丈夫です」

思わず笑みがこぼれる。

「そっか」

──ピーヒョロロロ。

三世が空を見上げるとの電線にとまっている烏の頭上にトンビが旋回していた。

きっと清隆だな。察しがいいな。

「あの…リュックを」

「あぁごめん」

三世がリュックを持ち出す。

さくらは手を掴んだまま、足を少し引きずりながら玄関までたどり着く。

「王生さんが処置してくれたおかげで軽い捻挫で済みました。痛みどめも湿布も処方してもらいましたし、今はホッとしています」

「良かった」

「今日はありがとうございました。もうここで大丈夫です」

「あぁ」

「じゃあ…」

別れを惜しむさくら。顔に寂しさが出ている。察するかのように三世がまたの再開をちらつかせる。

「何かあったら俺に直ぐ連絡するように。それと、ちゃんと薬飲めよ」

「ここから王生さんのお家も近いみたいなので、何かあったらちゃんと連絡します」

何かって?何だろう…あんまり不吉なこと口にしないでほしんだけど。

「じゃぁ、ここで」

「あ、あのさ、俺、愛想がないかな?」

「え!?」

三世はそう言って帽子を取り、さくらに笑顔を見せ車に乗り込んで去って行った。

どうしよう…本人も気にしてたのかな。

最後の最後に気分悪くさせちゃった。

さくらは見てくれているかどうかはわからないが、小さく手を振ってサヨナラをした。

「さてと」

疲れたし、ソファーで少し横になろう。

薬飲んで湿布貼り替えて、明日は何が何でも出勤する。特別展の準備も追い込みだから迷惑かけれないし。

──それよりも心配なのは主査の安否。

ニュースでは重傷者がいるって言ってから、多分その中にいるとは思うけど。

主査がどうか無事でありますように。

手を合わせると、さくらはまだ貰った名刺を手にしていた。

「三世?最近どこかで聞いたような響き…」

三世の車が右折して見えなくなると、すれ違いに軽自動車が斜め向かいの家にとまった。

車から降りて来たのは迷彩柄の服を着た男性。三世たちと熊追いをしていた澤田さんだ。

「おじさんこんにちは」

「おーさくらちゃん久し振り。帰って来てたんだ」

「はい。今日お休みだったんで」

「あれ?今すれ違ったの三ちゃんの車だよね。さくらちゃんと知り合いなの?」

「え?三ちゃん?」

「ごめんごめん、仲間の間ではみんな三ちゃんって呼んでるからさ」

三ちゃんだって…何かギャップありすぎ。

そっか、澤田さんも猟友会のメンバーだった。今日一緒に山に入ってたんだ。

「さくらちゃん足どうしたの?包帯グルグル巻きだけど、ケガしたのかい?」

グルグル巻き?言われて自分の右足を見てみる。

王生さんの方が上手だったかも…。

「ちょっと転んじゃって」

「もしかして三ちゃんの言ってた負傷者ってさくらちゃん?」

「すいません。お仕事のご迷惑かけて」

「大丈夫だよ今日はみんな早く下りたから。ほら時間あったから蕗取って来ちゃったよ」

トランクを開けて美味しそうな新蕗を見せる。

「うわぁー美味しそう」

「後で処理したら持っていくよ」

「ありがとうございます。でも母は旅行でいないし、私は疲れて寝てるかも」

「じゃあ玄関のドアにかけておくよ、起きたら忘れずに入れとくんだぞ」

「ありがとうございます」

何で今日に限って旅行なのかな。蕗の煮つけ食べそびれた。今日の夕飯はやっぱりレンチンか。

鍵を開けようやく帰宅。

さくらは泥で汚れたトレッキングシューズを脱ぎ、揃えることなく家に上がる。

「ただいまぁ」

一番先に迎えてくれるのは昔から玄関の壁に飾ってあるヒグマの頭部の彫刻。

さくらは見向きもせずリビングのドアを開け、何の気なしに三世の名刺をダイニングテーブルの上に置き、

無気力にふらっとソファーに倒れこむ。

「はぁ~疲れた」

体力的にもなぜか精神的にも。

目が覚めれば少しは快方しているかもという期待を持ちつつ、仮眠しよう。

「とりあえず16時にアラームをセットしてと。あっ薬。ちゃんと飲んでから寝ないと」

私の中では明日から出社する気満々だし。でも、私この足で運転できるのかな?絶対無理だよね…全治2週間って病院で言われたし。

「ひとまず寝よう」

さくらはスマホを耳元に置くと秒で寝てしまった。


一羽の大きな烏は電線から動かずに、さくらが寝ているリビングの窓を見つめていた。

その行動はさくらを見張っているようにも見守っているようにも捉えられる。

まだ真実はわからない。

その真実を確かめるため一羽のトンビが空高く気流に乗って羽音を立てずに旋回しながら烏の動きを観察していた。




三世はさくらを送り届けてようやく帰宅した。

「車で3分。案外近かったな。そうだ孔明からの返信見ないと」

スマホを見ようとアームレストに手を伸ばすと、紙袋がポツンと載っていた。

()()()、クロワッサン忘れてる」

おっと返信、返信。

【日本最大のカラス、ワタリガラスだよ。冬になると知床に渡って来る。鳴き声も特徴的でコホッコホッとかカポッカポッと聞こえる】

ワタリガラス?へぇー知床に飛来する烏なんだ。しかし烏なのに変な鳴き声だな。実際に聞いてみたくなった。

読み終わり車庫入れしようとシフトレバーをRに入れた時、スマホが振動する。

「病院に居たからずっとマナーモードのままだった」

シフトレバーをPの位置に戻す。

「あっ剣さんからだ。もしもし」

「あっ三世?急で悪い。空港まで迎えに来て欲しいんだけど」

三世、思わずスマホを耳から遠ざけて面倒くさそうな顔になる。

また俺?今日は朝から色々あって疲れてるんだけど…。

「三世、聞こえてるか?」

「快速列車があるじゃないですか」

「お土産が壊れやすいんで帰宅ラッシュと重なるの嫌なんだよ」

暫し間をおいて、大きなため息をついて考える。

また、燃料代と高速代と時間を費やすのか…親子揃って人をタクシーみたいに使うなよ。

だけど、剣さんは王生家の筆頭だし俺を家族として迎えてくれた人物。やはりここは恩に報いるべきなのか…。

断りにくいよな…まぁそれを知っていて電話してくるんだろうけど。

「到着時間は何時ですか?」

「16時30分に到着予定で、4番口かな」

「わかりました」

俺って弱っ…。

「そうだ三世、最近身の回りで何か変わった事はなかったか?」

剣さんが回りくどい言い方するのは昔からだ。絶対何かあったってバレバレなのに。なら直に言えよって毎回思う。

「あー変わった事はなかったけど、予期せぬ事はあった」

「予期せぬ事?それは興味深いな。早速帰ったら一番に話を聞かせてもらおうか」

「あぁ」

三世、通話を切る。

今帰宅したばかりなのに、今日も休む暇なしかよ。

まだ時間に余裕あるし、下っ走りで行くか。

渡しそびれたクロワッサンでも食べながら、途中コンビニで眠気覚ましのコーヒー買って。

三世は一度車を降り、両手を上げ背筋を伸ばす。

「うっ」

座ってる時間が多かったから肩甲骨の辺りが固まってる…。ストレッチしないとヤバいかも。

右腕を空に向かって何回も突き出す。今度は左。自然と目線は空に行く。

烏は桜の木にも家の屋根にも電線にもいない。空にも飛んでいない。

追っているのは俺じゃなくさくらの方だったということか。

一体彼女は何者なんだ?そういう俺も人の事言えないが…。

烏丸さくら…この出会いは偶然の悪戯なんだろうか。

「ん?あれは本物のアオダイショウ。やっぱ色艶が違うんだよな」

桜の木の下には一匹のエゾブルーのアオダイショウがとぐろを巻いていた。

思わず写真を撮り宝に送信。

次に満開の桜をメインに撮る。

「宝、感謝してるよ」


読んでいただきありがとうございました。

北海道あるある 熊の木彫り。

昭和のご自宅?になら意外とあったのでは…。私の実家にも鮭をくわえたヒグマの木彫りがありました。

彫刻刀でリアルに毛並みを表現していましたよ。

エピソードの中で勤務先が勤務先だけにさくらはビジネスマナーをある程度守っているように書いています。一方、三世は対称的に書いています。


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