1.ドワーフの里とシマさん
「とおちゃーく」
「足下気をつけるのだぞ」
「はぁ~い」
元気よくお返事したたーちゃんは、ドランに抱き上げられながら地上に降りる。続いてジゼルも手を貸してもらって、ドワーフの里の地を踏む。
宿屋を出発したのは早朝のこと。今はもう空が夕焼けに染まっていた。
雪解け祭りの際もかなり時間がかかったが、今回は半日がかり。想像していたよりも遠かった。
長時間の飛行に慣れないジゼルは、途中で何度か休憩を取ってもらった上、疲労回復効果のある錬金飴を食べてギリギリだった。ぴょんぴょんと飛び跳ねているたーちゃんが羨ましい。
ドラゴンさんのサイズに合わせて作られたログハウスは、上空から見た時はあまり感じなかったがドアからしてかなりの大きさだ。
外観は二階建てのログハウスだが、一般的なログハウスよりかなり大きい。四階建てくらいの高さがある。縦だけではなく横にも広い。配達ギルドよりも広いのではないだろうか。
ドアはドラゴンさんサイズ。足下から屋根付近まで伸びている。
ドアノブはなく、代わりにドアの真ん中辺りに縦長のくぼみがある。それもくぼみのところだけ金属で補強されている。
何のために使う部分なのだろうか。
じいっと見ていると、ドラゴンさんの手が後ろからスッと伸びた。
「ここに我の爪を引っかけるのだ」
話ながら実際にやってみせてくれる。
大きさと比例しているであろう、重厚なドアがギギィと大きな音をたてながら開く。
ドラゴンさんが一緒に来ること前提だからか、周りには人間用のドアはない。
そのままドラゴンさんは小屋の中に入る。歩く度、大きな尻尾が軽く左右に揺れる。
入り口付近で立ち止まっていると、ドラゴンさんが声をかけてくれる。
「慣れない長旅で疲れたであろう。荷下ろしも坊にやらせるから、娘は奥でたーちゃんと共に休んでいるといい」
「持たせてもらったポットにまだお茶が残ってたよな。今用意するからちょっと待っててくれ」
「そのくらいは私がやるよ。ドランも疲れてるでしょ。荷下ろしも手伝うから」
「俺は飛ぶのも荷下ろしも慣れてるから。それにジゼルは昨日までずっと錬金飴の準備をしてただろ。おやっさんが来たら話すこともあるだろうし、今のうちに休んでおいてくれ」
「ごめんね。じゃあ遠慮なく」
「ジゼル、こっちにそふぁあるよぉ~」
たーちゃんに手を引かれて小屋の奥に進む。
ドランはお茶を用意した後、ドラゴンさんの配達箱から荷物を取り出す。中には大量の錬金飴と色付きガラス、その他錬金道具や着替えなどが入っている。
「錬金道具は机の上に置いておくな~」
「ありがとう」
テキパキと作業するドランを見守りながら、自分の体力のなさを悔やむ。
入れてもらったお茶を啜っていると、遠くから声がした。おお~いおお~いと何度も呼びかける声が続く。
「来たみたいだな」
ドラゴンさんは開けっぱなしのドアに視線を投げる。外には大きな瓶とぬいぐるみをそれぞれ脇に抱えたクオッツが立っていた。
「遠いところよく来てくれたな。裏に飯を用意してある。よかったら食ってくれ」
「ありがとうございます」
「ご馳走になります」
「わぁいごはんだ~」
手を止め、ペコリと頭を下げる。
ガラス玉が入った袋を手に、早速裏に移動しようとする二人と一匹とは反対に、ドラゴンさんが渋い表情を浮かべている。
「脇に抱えているのが飴酒か? 飲み比べができると楽しみにしていたというのに、一つしかないではないか」
「これは比較のために用意した、さっき漬けたやつだ。飲み頃のは三つとも裏にある」
「なら早く移動せねばな!」
途端に上機嫌になるドラゴンさん。
色付きガラスを手に、みんなで大きな建物の外観を見学するようにぐるっと回って裏に移動する。
ガーデンパーティー会場かと思うほど、多くの料理とデザートが並んでいる。ジゼルとドランは目を丸くする。サプライズが成功したクオッツは自慢げに胸を張る。
「ジゼルがうちの里に来るってんで色々用意したんだ。料理はうちの母ちゃんが、食器は料理に合わせて俺と弟子達が作ったんだ。手紙を出してからすぐに錬金飴を送ってくれただろう? 本当に助かった」
「すぐに届けられたのは我のおかげでもあるがな!」
「もちろんお前さんにも感謝してる。肉も酒もたんまりと用意した。三日もいるなら存分に飲めるだろ」
「先程から抱えたままのそれも今から捌くのか? まだ生きているようだが」
ドラゴンさんはクオッツが脇に抱えた毛玉を指す。
ぬいぐるみだと思っていたが、生き物だったらしい。
クオッツは飴酒が入った瓶をテーブルに置く。
そしてピクリとも動かないその獣を両手で持ち直し、デデンと掲げた。
タヌキのような、猫のような、不思議な見た目をしている。
「こいつがシマさんだ」
「キュキュウウウウウウウウウウ」
クオッツの紹介と共に、シマさんの鳴き声が響く。
まるで敵に遭遇した動物が群れの仲間を呼ぶかのよう。あまりの大きさにジゼルは思わず耳を覆ってしまう。
「シマさん、落ち着け。ここにいるのは俺達ドワーフと友好を築いてきた、いいドラゴンだ。シマさんのことを食ったりしないから、な?」
「そうだよぉ~。おじちゃん、ぐるめだからしまさんのことたべないよ」
たーちゃんもクオッツに加勢するが、涙目のシマさんの耳には届かない。プルプルと震えていて、なんだか可哀想だ。
怖がられているドラゴンさんも不憫に思えたようだ。
眉を下げ、提案する。
「離してやれ」
「可哀想だが、ここで手を離したら一生恨むって言われてるから無理だ。それに、シマさんが今日のために特訓してたのはよく知ってるしな」
「とっくん?」
「ジゼルが来ると聞いた日から、この小屋の近くで生活してドラゴンの匂いに慣れる訓練をしてたんだ。初めは失神していたが、今はこうして叫ぶのみに進歩した。この短期間でよくここまで我慢できるようになったもんだ……。本当にすげぇんだよ、シマさんは」
「そこまでしてジゼルに会いたかったのか……」
「飴酒はそれほど美味いのか。かなり期待できそうだな!」
「がんばりやさんなんだねぇ~」
ドラン、ドラゴンさん、たーちゃんは各々の感想を呟く。
ジゼルもジゼルで、ドラゴンさんを前に怯える姿が初めて出会った日のたーちゃんに似ているなぁと考えていた。
見た目もどことなく似ている。
だからだろうか、自然とシマさんの頭に手が伸びていた。よしよしと撫でると、シマさんの絶叫がピタリと止まる。
「キュ……」
「初めまして。私はジゼル=スターウィン。怖いのに、頑張って会いに来てくれてありがとう」
「キュ! キュキュキュキュ!」
「こちらこそスターウィンにお会いできて光栄です、と言っておる」
「すたーうぃんじゃなくてジゼルだよぉ」
「いや、ジゼルはスターウィンで合ってるぞ」
「そうだけどぉ~ジゼルはジゼルだもん……」
家名呼びが気に入らなかったようだ。たーちゃんは頬をぷくっと膨らませている。
だがドランの言う通り、どちらもジゼルを指す名前だ。クオッツも気にせず続けていく。
「ひとまずシマさんが落ち着いたようで何よりだ。落ち着いてくれなきゃ、ろくに話もできないからな」




