二巻記念SS たーちゃん、初めてのポンタ
日が暮れだした頃。
宿屋に見慣れぬ冒険者風の男が飛び込んできた。髪をざっくりと一本に結んだ男性は、カウンターに手を突いた。その勢いで彼の長い髪と一緒にネックレスのようなものが大きく揺れる。
「たぬきの甘味を売っているという宿はここか!?」
突然のことで目を丸くするジゼルとは違い、たーちゃんは落ち着いた様子だ。
いつものペースでこてんと首を傾げる。
「れもねーどのことぉ?」
「レモネード?」
「うちの宿では宿泊客限定で『たーちゃんのレモネード』というものを提供しています」
甘味と聞くと甘いお菓子を想像してしまう。
だがこの宿で売っているたぬき関連の甘いものは『たーちゃんのレモネード』だけ。お菓子は置いていない。
すると目の前の彼の眉間にギュギュっと皺が寄っていく。
「たーちゃんとは……」
「たーちゃんです!」
元気よくお返事するたーちゃん。
ピシッと伸びた手を見て、冒険者は深いため息を吐いた。どこかで話を聞いて急いでやってきたのだろう。ヘロヘロと力が抜けていく。
「まさかたぬきが提供しているレモネードだとは……。紛らわしい」
「たーちゃんじゃだめ?」
「ああ、いや、違うんだ。君は悪くない。ただ、ようやく『ポンタ』が手に入ると思っていたからな。……また違う場所を探さねば」
「ポンタ?」
「たぬきの形をしたケーキのことだ」
彼はたーちゃんに視線を向けながら弱弱しく微笑む。そして『ポンタ』というケーキを求める理由を話してくれた。
なんでも『ポンタ』は彼が幼い頃に父親が買って来てくれたケーキらしい。少し前、突然彼の母がそのケーキが食べたいと言い出したのだとか。
三十年以上前のことで、買った本人もどこで買ったものなのか全く覚えていない。そもそも本人は買ったことすら忘れてしまっていた。
「とぼけたような可愛い顔が付いたケーキと言われて、すぐに思い出した。何かの記念日でもなかったのに、突然買ってきてなぁ。母もそれが印象的だったんだろう。何か欲しがることなんてめったにない母の願いをなんとか叶えてやりたいんだが、ポンタという名前が違うのか、あれはたぬきじゃなかったのか……。だがこうしてみると、やはりあれは狸で間違いないと思うんだが、どこに隠れているのか」
首を掻く男の顔は困った様子で、けれども当時のことを思い出す姿は嬉しそうにも見える。
初めてのお客さんだが、語られる思い出の中にタヌキがいるからだろうか。不思議と放っておけない気持ちになる。
「ジゼルぅ」
たーちゃんもジゼルを見上げ、なんとかならないかと言いたげだ。
ただジゼルも食べ物に詳しいわけではない。親父さんなら何か知っているだろうか。
「少しお時間いただけますか。たーちゃん、ここで少し待っていてくれる?」
「うん!」
キッチンに向かい、親父さんに事情を話す。
すると途中で「ああ」と頷き、カウンターまで一緒に来てくれることになった。
「ポンタを求めにきたと聞いたんだが」
「ポンタを知ってるのか!」
「知っている。といっても俺が知っているポンタと、お客さんの食べたポンタの形は違うかもしれないが……。たぬきの顔がついたチョコレートケーキでいいんだよな?」
絶望から一転、ポンタを知っている人と出会えた男性の目は輝きだす。親父さんの言葉に深く、何度も頷く。
「ああ、頭には平たいナッツが二つ刺さっていた」
「形はどんなだった? 中身はスポンジか?」
「ロールケーキのような形で、中はスポンジとパイ生地のようなものが入っていたような気がする」
「なるほど。俺が修行していた店で出していたのと同じだな。それなら作れる」
親父さんは若い頃、様々な国のいろんな店で料理人修行していたのだと聞いたことがある。その中にケーキ屋さんがあったのだろう。親父さんの作る数々のお菓子の美味しさを思い浮かべ、なるほどと頷く。
「金なら出す! だから!」
「作るのは構わないが、見ての通り、ここは宿屋だ。チョコレートは置いてない。製菓用チョコレートを仕入れる伝手がないから、材料を仕入れるとなると少し時間がかかる」
「それなら俺が買ってくる。ここに来るまで、チョコレート店はいくつも見て回った。美味い店も知っている。すぐ手に入るはずだ」
「そうか。ならチョコレートの手配は任せる。あとは見た目だが……」
親父さんは男性と一緒に奥のテーブルに移る。
紙に絵を描き、ここがこうだと話し合う二人はなんだか楽しそうだ。
店番を交代に来た女将さんはそちらを一瞥すると、優しい顔で微笑んだ。
男性がチョコレートを持ってきたのは翌日の昼のことだった。
親父さんと話し終えた直後、相棒の魔鳥と共にチョコレート屋さんに向かったのだという。ドランと同じ配達ギルドに所属していると聞いて驚いたものだ。在籍している支部は異なるが、この国の城下町にも仕事で度々訪れていたらしかった。
錬金飴作りが一段落ついたと部屋から出た時には、男性と親父さんが固い握手を交わしていた。
「この恩はいつか必ず返す」
「お代は十分なくらいもらっているから気にしないでくれ。それより早くご両親のもとに持って帰ってやれ。今も楽しみに待ってるんだろう?」
「ああ、ああ。本当にありがとう」
男性の目元にはじんわりと涙が浮かんでいた。
親父さんがケーキと一緒に幸せを作り出したのである。ここから続く幸せを想像すると、たーちゃんを抱く腕には自然と力がこもる。
「あのおじちゃん、たーちゃんとあってもぜんぜんうれしそうじゃなかったのに、ぽんたとあえてうれしそう」
「やっぱり親父さんは凄いや」
「たーちゃんもぉ~にこにこになってほしいなぁ~」
「たーちゃんもいつもお客さんのこと、ニコニコにしてるよ?」
「そうかなぁ」
「そうだよ。みんな、たーちゃんのこと大好きだもの」
「そっかぁ。えへへ~」
ニコニコ顔になったたーちゃんの頭を撫でる。
すると男性を見送り終えた親父さんがこちらへとやってきた。
「ジゼルとたーちゃんの分もあるぞ。今、食べるか?」
「実は昨日から気になってたんです」
「たーちゃんもぽんたとあう~」
「お茶も淹れてやるからちょっと待っててな」
そう言って親父さんがお茶と一緒に用意してくれたのは、初めて見るケーキだった。
昨日チラッと聞いた通り、ロールケーキのような形をしており、上にはたぬきの顔が付いている。丸い耳までバッチリだ。
「もしかしてポンタってタヌキの名前、なのかな」
「はじめまして、たーちゃんだよぉ~」
たーちゃんはケーキのたぬきに向かって手を振る。
顔が付いた食べ物は食べづらいと感じる人もいるが、たーちゃんは大丈夫だろうか。
ほんの少しだけ心配になったジゼルだが、たーちゃんはいつものようにパクパクと食べ始めた。
「ぽんたおいしいねぇ~」
先程まで挨拶していたとは思えないほどの切り替えの早さである。たーちゃんは完全に割り切れる派だったようだ。ほっと胸を撫でおろす。そしてジゼルも見た目を楽しんでから、ケーキの端っこをフォークで切りながら食べていく。
「スポンジのふんわり感とパイ生地のザクザク感、それにチョコレートのパリッと感まで楽しめるなんて、ポンタってすごいケーキなんだね。すごく美味しいし」
「たーちゃん、ぽんたすきぃ~」
ジゼルとたーちゃんはフォーク片手に満面の笑みである。
親父さんが作り出した幸せのケーキは食べ進める度、胸を温かくしてくれた。
その日の夜、常連冒険者達にもポンタが提供された。
ロールケーキと似たような作り方をされたポンタは一回でいくつも出来たのである。いつも泊ってくれる彼らへのサービスのつもりだったのだが、彼らの反応はジゼルとたーちゃんとはまるで違った。
ポンタを見るなり、顔を歪めたのだ。見た目が悪いというわけではない。
むしろたぬきの可愛さは十分伝わっており、それこそ彼らが強く否定する理由だった。
「顔つきは止めてくれ」
「こんな可愛いなんて……」
「美味いのに、たーちゃんが頭によぎる」
「すごく悪いことをしている気分になる」
日々、魔物や動物を狩っている冒険者とは思えぬセリフである。
だが彼らからすればタヌキ=たーちゃん。宿泊の度にたーちゃんを可愛がってくれる彼らにとって、たぬきの形をした食べ物を食すハードルは高かったらしい。
「おいひいのにねぇ~」
当のたーちゃんがジゼルと共に本日二個目のポンタを食していることは、ここだけの秘密である。




