1.ジゼル、ソワソワする
「ジゼル、そのくらいでいいんじゃないか?」
「そうかな。あ、じゃあ受付の掃除を!」
「あさやってたよ?」
「なら階段! 階段は昨日やったきりだった気がする!」
朝から箒を片手にソワソワとするジゼルに、ドランとたーちゃんは少し呆れたような視線を向ける。
なにせ日が昇る前から掃除を開始し、そろそろ昼になろうかという時間。ずっと宿中を掃除していたのだ。どこを見てもホコリ一つなくピカピカだった。
箒から雑巾に切り替えようとするジゼルだったが、宿に戻るとカウンター前で女将さんが腕を組んで待ち構えていた。
「ジゼルの部屋に飲み物とおやつを運んでおいたからそろそろ休憩しな。掃除道具は片付けといてあげるから」
女将さんは言うと同時に、ジゼルの手から強引に箒と塵取りを奪い取った。
両手が空いたジゼルはドランによって自然な流れで奥の部屋に誘導される。
「おやつ食べてるうちにオーレルさん来るから」
「で、でも……」
「来たら呼んであげるから」
「わぁい、おやつだ〜。おっやっつぅ~」
「女将さん、すみません……」
ペコペコと頭を下げながら奥に移動する。
今朝からジゼルが念入りに宿の掃除をしているのは、オーレルがやってくるからだ。
ドランも久しぶりに会いたいと、仕事と巣作りをお休みしてくれている。
彼がいなかったらきっとジゼルはずっとソワソワしていたことだろう。
女将さんから「オーレルさんが来るよ」と聞かされた時は驚いた。なんでも国に召集されたらしい
今回の目的は主に三つ。
一つ目はクトーの罪を明らかにするため。
クトーが『精霊の釜』のギルドマスターに在籍した期間は非常に短いが、任命時に起きたことや証言の確認をする必要があるのだとか。
ギルドマスターが代わる際、前任者が後任を指名する形を取るのが一般的。
だが今回はオーレルの持病の悪化を理由に、複数の錬金ギルドから推薦されたクトーがギルドマスターに就任している。この流れを詳しく聞きたいようだ。
二つ目は王宮錬金術師の特別顧問就任について。
先日開催された王宮錬金術師採用試験は、王宮内に新たな空気を取り込むという目的の下で行われたらしい。総合力ではなく、評価ポイントを複数設けた上で錬金術師としての適性を見ていたのだと。
オーレルの孫・ビビアンも参加しており、合格まではいかなかったものの、かなりいい線まで進んだようだ。
選考基準を大幅に変更した結果、今までの採用試験ではまず最終選考に残ることがなかったメンバーが多く採用された。全員間違いなく錬金術師としては超一流。その一方でほぼ全員が様々な問題点を抱えていた。
王宮側としては問題点も含めて採用したのだが、想定の数倍厄介だった。
そこで多くの天才をまとめ上げていたオーレルに特別顧問として白羽の矢が立った——と。
簡単に言えば、『精霊の釜』が活動休止になったことで、オーレルの手腕と才能を見る目が再評価されたということだ。
三つ目は自慢の孫・ビビアンをジゼルに会わせるため。
どうやらこれが最重要らしい。ビビアンはオーレルが持ち帰ったジゼルの錬金ランプをとても気に入っているようだ。
王宮錬金術師採用試験に来た際、女将さんからお土産としてもらったジゼルの錬金飴とキャンディボトルも刺激になり、以前にも増して錬金術に励んでいるのだとか。
先輩錬金術師として嬉しい話である。
「ところでオーレルさんって体調は大丈夫なのか? 確かギルドマスターを辞めたのって持病の悪化が理由だよな?」
「持病は少し前からだいぶ落ち着いてたみたい。本当はお孫さんが王宮錬金術師採用試験を受ける時に同行する予定だったけど、風邪の時に腰を痛めたみたいで……」
「腰痛か。まだ治ってないならジゼルの錬金飴が効きそうだよな」
「それからね、オーレルさん、錬金飴を買ってくれてたみたい! ずっと独り占めしてたのが娘さんにバレてすごく怒られたから三種類とも多めに買いたいって」
「だから数日前からずっと大瓶がいっぱいだったのか」
ドランはジゼルの部屋に置かれた錬金飴ストック用の大瓶を思い出し、納得したように頷く。さすがのジゼルも作りすぎかと思ったが、買われなかった分はいつも通り瓶に詰めて売ればいいだけだ。足りなくなるよりはずっといい。
ジゼルが錬金ギルドをクビになった際、女将さんがすぐにオーレルに連絡を取ってくれたのだという。彼は前ギルドマスターとして新しいギルドマスターに抗議する気だったが、ジゼルがささっと次に切り替えたことにより、見守ることにしてくれた。
オーレルが来ると聞かされた時、ジゼルはこのことを初めて知った。
その後も女将さんは定期的に彼と連絡を取り合っており、錬金飴の販売についてのやりとりも文通と一緒に行っていたことも。
オーレルからも注文を受けていたと知った時は驚くと同時に恥ずかしくもあった。
ジゼルにとってオーレルは元ギルドマスターであると同時に錬金術師になるきっかけを与えてくれた人である。錬金術の基礎を教えてくれたのも彼。いわば恩師のような存在だ。
今まで何度も錬金アイテムを見せてきたが、売買となると話は別だ。オーレルに認めてもらえたようで、ジゼルは少しだけ誇らしくなった。
錬金飴作りにも気合いが入るというものだ。




