14.ドランの巣作りと穏やかな日々
「ぽんぽこぽんぽこ。あめちゃんげんきにそだってね~」
「元気に育ってね~」
「ぽんぽこぽんぽこ。いっぱいいっぱいできますように~」
「いっぱいできますように~」
ジゼルが釜をかき混ぜるすぐ横でたーちゃんは応援を、ドランは読書をしている。建築に関する本だ。時折ジゼルに見せて、どんなデザインがいいか尋ねてくれる。
これがジゼル達の日課になりつつある。
穏やかな時間を過ごしていると、お客さんが来た。女将さんに呼ばれ、火を止めてカウンターへと急ぐ。
また変な客が来たんじゃないかと心配したドランとたーちゃんも、ジゼルの後に続く。
けれどカウンターで待っていたのは、しばらくぶりのステファニー。紙を握りしめ、何やら怒っている様子。
「ステファニーさん、お久しぶりです。本日はどうされましたか?」
「こんなの始めるなんて聞いてないんだけど⁉︎」
「昨日からお知らせを出し始めまして。あれ、でも遠方から順に出してるのになんでステファニーさんが……」
「商人は情報の早さが命なの」
得意げに胸を張るステファニー。
だがその手は力を増すばかりで、置物の案内はグッシャリと丸まっていく。といっても紙はすっかり皺くちゃになっており、すでにガッツリと読み込まれたことが窺える。
「それで!」
ステファニーが再び口を開くと、それを遮るように二人目の来客の声が重なった。
「妙に騒がしいと思ったら、あんたも来てたのかい」
「あなたこそ。宿屋ギルドは忙しいんじゃなかったの?」
「うちは若いのも多いからね。ちょっと留守にするくらい平気さ。それよりジゼルさんがなんだか面白いことを始めたみたいだから、顔を見るついでに来てみたんだよ」
ヴァネッサに伝えたのはジゼルだ。案内を出す前に、このようなサービスをしても問題ないか尋ねたのだ。
販売ではなくおまけという形なら問題ないとの回答とともに、近々顔を見にいくとの返事をもらっていた。
とりあえず二人を客間に通す。といっても例の男との一件が片付いて以降、再び錬金飴置き場に逆戻りしてしまったのだが。
二人は大量の飴に囲まれても気にした様子はない。むしろ飴を見る瞳は優しいものだった。
「それで物はどこ? 私、空き瓶、持ってきたんだけど」
ステファニーは高そうな袋の中身を見せてくれる。中にはジゼルの作った瓶がギッチリと詰まっていた。いずれも綺麗なままだ。昨日の今日でここまで揃えてくるとは。さすがはお得意様である。
ちょっと待っててくださいと断ってから、ジゼルは宿用に作ったサンプルを見せる。
「これです」
「ほぉ、絵でも見たけど綺麗なもんだね」
「か、かわいい。これ、光るのよね?」
「はい。朝昼と明るいところに置いておいてもらえると光を溜め込みますので、夜中にはランプのように使えます。注意点など細かい点は案内に記載してあるのでご確認いただければと」
「なるほど。次回以降の発送の際に一緒に付けることで、定期的な購入を促す役割もあるってことか」
「お得意様向けのサービスになってくるので、自然とそうなってくるかなと。月に一度、注文があった分をまとめて作る予定です」
ヴァネッサは「なるほどね。いいと思うよ」と頷く。たーちゃんはドランの膝の上で得意げである。自分の案が採用されて褒められるのが嬉しいのだ。
「販売の予定は? 依頼に対応していなくても、花なら記念日に買う人も多いと思うわ」
「花はダメです。俺のなので」
ジゼルよりも早く否定したのはドランだ。
花という言葉に反応し、断固拒否の姿勢を示している。
「あら、あなたはドラゴン使いの……。巣作りしているのは知ってたけど、相手はジゼルさんだったのね」
「ようやくくっついたのかい」
「そういうことなら諦めるわ」
案外すんなりと引き下がるものだ。意外だと、顔に出ていたのだろう。ステファニーはやれやれと言いたげに首を横に振る。
「馬に蹴られるならまだしも、ドラゴンに踏み潰されて死ぬなんてごめんだもの」
「?」
「彼も穏やかに見えて、れっきとしたドラゴン使いってことよ」
どういう意味だろう。心も身体も距離は近づいたが、やはりドランはドランだ。ジゼルの考えを尊重してくれるし、相変わらず優しい。配達ギルドの人達とも今まで通り上手くやっている。
だが本人がいる横で突っ込んで聞くのは憚られた。
「まぁいいわ。とりあえず私の分を二個申し込んでおいてちょうだい。一個は営業に使うから」
「いつもありがとうございます」
「それから……これを預かってきたの。どうしてもジゼルに渡してほしいって」
「封蝋に見覚えがあるような……」
「西の大国の紋章よ。王弟殿下が錬金飴三種セットをひどく気に入ったみたい。研究者にとって肩こりと腰痛は永遠の敵みたい」
失礼しますと断って、早速中身を確認する。
送り主こそビッグな相手だったが、中身は普段ジゼルの元に届くものと変わらない。錬金飴の感想と錬金飴を売ってほしいと書かれている。
少し違うのは販売と運送方法だ。
「ステファニーさんを仲介して売ってほしいと書かれてます」
「検閲を早めに突破したいってところね。そうなると諸々の経費を考えて……」
ステファニーはどこからか計算機を取り出し、目にも止まらぬ早さで数字を弾いてみせる。
「一つにつき、このくらい乗せてもいいかしら?」
「あ、はい。大丈夫です」
「まぁ妥当だね」
「それから書かれた数の倍、用意してくれるかしら」
「構いませんがどうするんですか?」
「他の王族にも売り込むのよ。王族とはいえ、どれも魅力的なはずだから。残ったら私が全部買い取る。あ、必要経費を抜いた売り上げは次回の限定ボトル製作費に充てさせてもらうから安心してちょうだい」
「あんた、まだ諦めてなかったのかい」
ヴァネッサは呆れ顔だが、そんなところがステファニーらしい。
割り切っているようで全く割り切っていない。私情も含めて、ジゼルに商売を持ちかける。
錬金飴を売り出す前に会ったのがこの二人でよかった。
「当然でしょ? ブルーノもやる気よ」
「ブルーノ?」
聞き慣れない名前にドランが反応する。
「まえにねぇ、すっごいえをみせてくれたんだよ〜」
「ほら、前に話した暖炉に見えるボトルを考えてくれたデザイナーさん」
「ああ、あの時の」
「心配なら今度はあなたも来る?」
「いえ、俺はジゼルを信頼してるので」
「たーちゃんは?」
「もちろんたーちゃんのことも。ジゼルに悪意を向けるやつがいたら俺に報告してくれるって信じてる」
「たーちゃん、ちゃんとほーこくするよぉ」
ルンルンとご機嫌で踊り出すたーちゃん。
今後もたーちゃんの応援にはお世話になりそうだ。頭を撫でればえへへと表情を和らげた。
ジゼルがステファニーの言葉の意味を知るのは、もう少しだけ後のこと。
巣作りを終えたドランに手を引かれて歩く道は、ジゼルが九年間数えきれないほど歩いた道で。かつて職場があった場所には大きくて立派な巣が作られていた。
それを見たジゼルは思うのだ。
錬金ギルドから追い出された自分よりも、ドランの方が気にしていたんだなぁと。
驚きもあるが、愛おしさが勝る。
ドランとの日々は楽しい記憶を何度も何度も上塗りしていくよう。最後に残るのはきっと飴みたいにキラキラして甘い思い出なのだろう。




