8.グラス
後日。
ドワーフから感謝の手紙が届いた。
ガラス玉が届いた日に早速作った試作品は仲間の間でも好評のようだ。
また、手紙と一緒にジゼルとたーちゃんの分のグラスを送ってくれた。底にはドワーフの名前と共に、ジゼルが作った判子が押されている。
「たーちゃんこんどからこれつかう」
「私もこれにしてもらおうっと」
細工はかなり凝っており、ガラス中に散った花びら一枚一枚がまるで本物のよう。口元を薄くするなどの工夫もされている。
ここまでの品は錬金術では作り出すことができない。
一つ一つ手作業で行う、職人だからこそ作り出せる品だ。
自分の作ったガラスがこんなにも美しく変わるなんて……。
これほど嬉しいプレゼントはなかなかない。大事に使わせてもらおう。
持っていったガラス玉は全て使うとのことだったので、金貨五百七十枚分の注文をしようとメモに手を伸ばす。
たーちゃんもジゼルと一緒にわくわくしていたので、今から選ぶのかと目を輝かせた。
一旦こちらの手紙はしまっておこうと、便せんを封筒に入れようとした時だった。
「あれ、まだもう一枚入ってる」
手紙ではなくメモだ。
一番上には『価格表 その二』と書かれている。急ぎでメモを書いてくれたため、価格に間違いがあったのだろうか。
前にもらったメモを取り出し、揃えて見てみる。
一枚目と二枚目では書かれている商品に差はなかった。けれど値段と書き方に変更があった。
「安くなってる……」
ほとんどの商品が一枚目よりも安くなっているのだ。代わりに値段の横にガラス玉の個数が記載されている。
値引率がガラス玉の金額よりも高いのは、どのドワーフもガラス玉を求めているからだろう。しっかりと用途まで記載されている。
一番下には『ガラスを使用する際には、どこかに必ずジゼルの判子を押す旨の確約を得ている』と書かれていた。職人ならではの気遣いだ。ジゼルとしても先に宣言してもらえるのはありがたい。
ちなみに支払いは一枚目でも二枚目でも構わないそうだ。
注文の際、商品名の横にどちらの価格を適用するか書いてほしいとのこと。
「釜が安くなるのはありがたいなぁ。これなら二個目も……」
中でも釜の割引率はかなりのものだ。
ガラス玉は十七個と多めではあるものの、金貨二百枚以上安くなっている。
ちなみに釜を作ってくれるドワーフが作りたいのは花瓶。特大サイズの花瓶を里の集会場に置きたいのだそう。『以降ガラス玉一個につき金貨十枚値引き。ガラス玉は多ければ多いほどいい』とも書かれている。
色々見ていると、たーちゃんがとある文字の上に手を置いた。
「たーちゃんこれほしい」
「カトラリーセット? 全員分揃えるのもいいかも」
「おそろい。どらんも?」
「ドランも一緒がいいの?」
「うん」
「じゃあ五人分頼もうか。一つは子供用にしてもらって……」
考えながら頼むものと金額、必要なガラス玉の数を記していく。
ちなみに親父さんと女将さんに贈るプレゼントはガラス玉の納品の際に注文済みだ。
贈り物だと伝えたところ、記念日の数日前までに送ってくれるとの返事をもらえた。ありがたい話である。
ご機嫌でペンを走らせ、一通り欲しいものを書き出し終わると、たーちゃんが「あ!」と声をあげた。
「じぜる。けさきたの」
「あー、忘れてた」
「すてる?」
「できれば見たくないけど、捨てちゃダメだよ。目を通すだけ目を通さないと」
実は今朝、ジゼル宛に一通の手紙が届いた。
てっきり錬金飴のお客さんかと思ったのだが、そうではなかった。
以前やってきた新聞社の関係者と思わしき二人組からの謝罪の手紙だった。
初めの部分だけ読んでそのことに気づき、ひとまず目を逸らすことにした。今も服のポケットの中にぐちゃっと仕舞われている。
だが目をそらし続ける訳にもいかない。
返事が必要だった場合、面倒くさいことになる。面倒なものほど後回しにするとろくなことがないのだ。
「絶対普通の平民じゃないのに、その辺で売ってそうな封蝋を使っているところが怖いんだよね……」
「いや~なかんじぃ」
「なんか身分を隠そうとしている匂いがプンプンとする。新聞社の人じゃないのかな」
大きなため息を一つ溢して、封筒から便せんを取り出す。
先ほど読んだところを飛ばし、続きに目を走らせる。
まずは前回の謝罪。
いきなり来てしまったことと、大きな馬車で行ってしまったこと、ジゼルを困らせたこととたーちゃんを怒らせたことなど事細かに記されていた。
次に彼らについて記されていたが、こちらは完全に嘘だろう。
とても大商会の子どもには見えなかった。商会の名前を隠そうとしているところも怪しい。
高位の貴族が親に内緒でランプを依頼しようとしているといったところか。
だが妹の方はともかく、兄の方はそこそこの年齢に見えた。多分ジゼルよりも年上で、勢いに任せて動くようなタイプには見えなかった。
余計に怪しさが募っていく。
最後にランプを欲する理由と共に、ジゼルの予定を伺う文が並んでいる。
「謝罪文が長いわりに次の予定に前のめりになってる。今は眠れない日が続いてるけど、私のランプを使えば眠れるみたい? 安眠効果があるランプなんて作ったことないけど、効果と使い方は人それぞれで......うーん、本当と嘘が入り交じっててややこしい!」
幸いなことがあるとすれば、次回来るのは兄の方だけ。妹は家に置いてくると書かれている。ランプを断るだけでも大変なのに、時計もと同時に迫られる事態はとりあえず回避できる。
「すてる?」
「ううん。一応来てもらう。来てもらった上でもう一度お断りをする」
「じぜるまたこまるよ?」
「ちゃんと納得してもらわないと手紙が増えるだけだと思うから。いきなり来られて、女将さんに対応させることになったら申し訳ないし。客間の使用許可も取って……はぁ」
厄介なのは目に見えているので、女将さん達には隠しておきたかった。
だが客間の使用について話せば、おのずと彼のことも伝えなければならない。
以前、何か気にしている様子だったので心配をかけたくないのだが、そういう訳にもいかない。
早めに対処しなければ。
かなりの量の錬金飴を置いているので、移動させるのも大変だ。
ある程度移動させてから目隠しの布をかけてしまうのが一番手っ取り早い。それでも移動先を考えなければいけない。
頭が痛いことには変わりない。大きなため息が溢れた。
たーちゃんはそんなジゼルの顔を心配そうに覗き込む。眉を下げて困ったように首を傾げる。
「どらんよぶ?」
たーちゃんの中ではいつの間にか『困り事があったらドランに頼る』という構図が確立されたようだ。
本当に困ったら話を聞いてもらうかもしれないが、すぐに頼って心配をかけたくない。ゆっくりと首を横に振る。
「ううん。頑張る」
「じゃあなにかあったらぁ、またたーちゃんががんばるねぇ」
「よろしくね、たーちゃん」
「まかされたっ!」
たーちゃんはフンッと胸を張る。
その姿が今日はいつもよりも頼もしく見えた。