【閑話】その頃、姫と王子は
「こんな状況で留学なんて無理! 延ばしてよ!」
「我が儘を言うな。交換留学は我が国とかの国の間で数百年続く慣例。今さら延期なんてできるはずがないだろう」
「お兄様もお姉様もやらなかったのに、なんで私の時だけ!」
「同じ年の王子もしくは姫がいる時、って約束なんだから仕方ないだろう」
「お母様があと数ヶ月先に産んでくれれば……!」
「無理を言うなよ」
ジゼルがドワーフのグラスを受け取る少し前。
王城では第二王子のサミュエルと第二姫のメリーナが揉めていた。
正確には、メリーナが一方的に騒いでいる。ジゼルの元を訪れた日からずっとそうだ。
ランプの製作を断られると思ってもいなかったメリーナは苛立ち、今までにも増して不機嫌になっている。
一緒に宿を訪れたサミュエルの部屋に度々訪れてはこうして愚痴を吐く日々。
寝不足の頭にメリーナの甲高い声はよく響く。響きすぎて頭が痛い。
なんとか追い返したいのだが、メリーナの機嫌を逆撫でするようなことはしたくない。
今は延期してほしいと言ってはいるが、延期が中止に変わっては困るのだ。すでに相手の国ではメリーナの留学受け入れ態勢が整っている。
国王である父からもなんとか言いくるめるように言われており、ジゼルの元へと向かう許可が降りたのはメリーナの一件があったからだった。
「ジゼルもジゼルよ。私が依頼しているっていうのに断るなんて!」
「生産職のギルドに所属していない錬金術師は仕事を選ぶことが多い。それにあそこで無理強いすれば今度こそ上級精霊の怒りを買うぞ。獣の姿をした上級精霊が人間と契約することは稀だということは、メリーナも習っただろう」
「それは……」
「なにより、あのランプ。大きさといい、ジゼルのガラスを再現する精巧さといい、あの精霊がかなりの魔力を蓄えていると見てまず間違いない」
「あんのバカが余計なことさえしなければ……」
メリーナは舌打ちをしながら爪を噛む。メイドが飛んできて、すぐに手入れを始めた。
最近見かけなくなった癖が再発するくらいには、メリーナの限界も近づいているということだろう。
我が儘なメリーナは望んだもの全てを手に入れてきた。
何でも手に入ってしまう。それ故に飽き性でもあった。針子にドレスを頼んでいる途中に他のデザインに変えてほしいと言い出すことも。
そんなメリーナが手元に置き続けるものは五つもない。
そのうちの一つがジゼルのランプだった。メリーナが依頼するランプは毎年デザインはガラリと変わるが、ジゼル以外の職人が作ったランプには見向きもしない。
メリーナの我が儘には家族も頭を抱えることが多いが、ジゼルのランプだけは同じ気持ちだった。もちろんサミュエルも。彼女のランプは他とはまるで違うのだ。
「メリーナのランプはまだ使えるんだからいいだろ。俺なんてろくに寝れてないんだぞ」
サミュエルの目の下にはクマが出来ている。城の外へ出る際はメイクで隠してはいるものの、日々はっきりとしたものに変わっていることは周りも気付いている。
安眠アイテムとして活用していたジゼルのランプが使えなくなってしまったことで、しばらくろくに眠れていないのだ。
メリーナは色つきのガラスや様々な機能を搭載しているのに対し、サミュエルのランプは光源そのものが他と異なる。使えなくなるのが他の王族よりもウンと早かった。
といってもいつも通り、一年で次のランプに切り替えていれば何の問題もなかったのだが。
光源にどんな素材を使っているのか。それは王宮錬金術師でも解体してみないと分からないという。だがジゼルのランプを解体することは憚られた。今もサミュエルのベッドサイドでインテリアとして飾られている。
「まだ使えるってだけで、いつまで使えるか分からないじゃない!」
メリーナが焦っている理由の一つがサミュエルの現状。
慣れない土地でジゼルの作り出す光を失うかもしれないと焦っているのだ。
本当に厄介なタイミングでジゼルを辞めさせたものだ。大きなため息が溢れた。
さてどうしたものかと考え込んでいると、メリーナ付きの使用人がやってきた。
なにやらメリーナに耳打ちをしている。子飼いの情報屋から何か情報を仕入れたのだろう。
妹の気を逸らせるような情報だといいのだが……。
ぼんやりと眺めていると、次第に彼女の顔色が変わっていった。そしてカッと目を見開く。
よくない話であることは一目瞭然であった。
「なんですって!?」
「どうした?」
「ジゼルが錬金飴以外の依頼を受けた」
「……相手は?」
「ドワーフよ。ガラス玉を大量に作成し、ドラゴン便で運んでいったみたい」
「ジゼルのガラスを素材として目をつけたってことか。それにしてもドラゴンを使うとはよほどのことが……」
一体何が起こっているのか。
ジゼルがガラス玉の生産を了承したのもそうだが、運搬方法としてドラゴン便を選んだのはなぜか。それだけでも莫大な額が動く。
普通のガラスではないというのか。いや、ジゼルが作るガラスは普通のガラスとは大きく異なるのだが……。
サミュエルは息を深く吸い込み、思考モードに入る。
けれどすぐに現実に引き戻された。
「使い道なんてどうでもいいわ! 私の依頼を断っておいて、後から来たドワーフの依頼を受けるなんて! ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい」
「メリーナ、落ち着け」
頭がぐわんぐわんする。これでは考え事なんてできやしない。
それどころか今晩はメリーナの声が頭の中で再生され、眠れなくなりそうだ。
「はぁ……」
サミュエルはため息を吐きながらポケットに手を突っ込む。取り出したのは葉の模様が書かれた飴だった。
ジゼルが売っているという、この疲労回復の錬金飴を食べるとほんの少しだけ気が楽になり、身体が軽くなる。
ジゼルのランプがない今、錬金飴はサミュエルの日常に欠かせないものとなっていた。
「またその飴食べるの? 昨日の夜も食べてなかった?」
「夜に食べれば少しは眠れるからな。そういえば今晩の分がもうないんだった。買いに行かせないと」
「私も食べたから知っているけれど……食べすぎるのはよくないんでしょ?」
「一日一個までって話だが、二個くらい平気だろ。ランプが手に入るまでの辛抱だ」
睡眠障害についてはサミュエルも根本的な解決をしなければとは思っている。
医師曰く、原因は緊張状態が続いていることらしい。だが思い当たる節がまるでない。
ランプさえあれば……と思い、王宮錬金術師採用試験が行われる前に、王宮錬金術師にランプを作らせてみた。
だが彼女のランプと同等のものを作る錬金術師はいなかった。明るさが微妙に違うのだ。
どのランプもサミュエルを眠りに誘うことはなかった。
すぐに目を覚ましてしまい、その度にジゼルのランプは優しくほどよい明るさだったと思い出すのである。
目を覚ます瞬間が一番辛い。辛くて辛くて、その度に強くジゼルのランプを求めるのである。
また泥のように眠りたい。
いっそ王家の権力を振りかざして……。
そんな考えが脳裏に過った。けれどすぐに勢いよく首を振る。
ジゼルは被害者なのだ。彼女に過失がなかったことは、クトーの取り調べではっきりとしている。
無理強いはしたくない。……が諦められないのも事実だった。
「ねぇ今からまたジゼルのところに行きましょうよ。精霊だって話せばきっと分かってくれるはずで」
「……今度は俺一人で行く」
「なっ!」
「ジゼルに会えばまた興奮するだろ」
「それは……」
「俺が説得するから。メリーナは留学の準備を続けるんだ」
メリーナの両肩をがっしりと掴み、「いいな?」と言い聞かせる。
サミュエルの瞳には「眠りたい」との強い思いが宿っていた。
手紙を書こう。
ランプの依頼よりも先にジゼルへ謝罪をしなければ。そして次回の約束を取り付けるのである。
全ては安眠を取り戻すために。




