9.試作品
「今回はステファニーさんからいただいたテーマを元に、『空』『草木』『住居』『動物』の全四つのテーマをご用意させていただきました」
「空と草木、動物はなんとなく分かるのですが、住居とは一体……」
ジゼルが質問した途端にブルーノの鼻息が荒くなる。
スイッチを押してしまったらしい。ぐいぐいと来る。
「『住居』は私が追加させていただいたものでして! ジゼルさんのランプを見せていただいた時、胸の温かくなるような優しさを感じました。これからやってくる本格的な寒さで身も心も寂しくなってきた時、あの優しい光に包まれたのならどんなに幸せか!!」
そう言いながら、封筒からいくつかの用紙を取り出した。
いずれも『住居』をイメージしたデザインのようだ。
基礎となるパターンだけでも十以上ある。ここからさらに色味や細かい柄で変化していくようだ。軽く見ただけでもブルーノの思い入れの深さが伝わってくる。
「あ、これ可愛い」
「たーちゃんもすき~」
そんな中でも、ジゼルとたーちゃんの目を引いたのはシンプルなレンガのデザインだった。
今作っている瓶より高さを少しだけ低くし、その分横幅を広げる。蓋の部分は多めに確保。飴を食べ終わったら横にして蓋を取る。そうすることで暖炉に見えるようにするのだ。
入れるのは高さの低い蝋燭。芯を太くすることで、赤茶色のレンガの部分の明るさが優しく広がるのだ。
使用想定として、ベッドサイドにランプを置いて読書をする老人のイラストが描かれている。メガネをかけた老人が少しだけ祖母に似ていた。
自分の作ったものがこんな風に使ってもらえたら……と思い描きやすい。
「実はそれ、私も一番気に入っているデザインなんです」
「本当ですか!?」
「シンプルですが……いえ、シンプルだからこそ、ジゼルさんの持ち味が伝わるデザインだなと」
錬金術師であるジゼルがデザイナーという職業の人に接する機会は少ない。
だがランプ作りの度に受け取っていた姫様のお気に入りデザイナーも、目の前の彼も、真っ直ぐにジゼルのランプの魅力を語って、寄り添ってくれようとする。
「私もいいとは思う。けれどこのデザインにするなら、来月には配り始めないといけなくなる。……納期がかなり厳しくなるわ。」
「それは、そう、なのですが……」
ステファニーの言葉は商人としてもっともである。
ブルーノもこのデザインを通すことはジゼルから作業日の余裕を奪うことだと理解しているからこそ、徐々に元気がなくなっていく。
「一日でも早く配りたいとは思っているけれど、同時に中途半端なものや時期はずれなものは出したくない。納得して使ってほしいの」
「来月までに作ればいいんですよね?」
「ええ。でもかなり難しいと」
「できると思います」
「え?」
「この色味なら作ったことありますし、瓶の形自体も大きく変わるものでもないので。一旦宿に戻って、作ってみてもいいですか?」
「無理しなくてもいいのよ?」
「一度作ってみて、気に入らないようでしたら他のデザインで検討していければと思うのですが、いかがでしょうか」
幸いにも錬金飴には余裕がある。
デザインが今日決まってしまえばあとは製作するだけ。
食べ物以外を錬金する際に使う釜もそろそろ追加で欲しいと思っていたところだ。釜が増えればその分、製作効率は上がる。納品できる見込みはある。
なにより、ジゼルのランプを見て優しく笑ってくれた彼のお気に入りを他の人にも見て、気に入ってもらいたいと思うのだ。
「私はそれで構わないわ」
「ジゼルさんのお手間にならなければ是非、このランプを見せてください!」
「本来の目的はキャンディボトルなんですけどね」
ジゼルは少しだけ困ったように笑ってみせる。
けれどすぐにデザイン画を受け取り、たーちゃんと共に自室へと戻る。
「この色のガラスを作って、形を作って、柄を付ける感じかな」
デザインがしっかりと書き込まれているとはいえ、初回は何段階かに分けて作っていく。
ジゼル自身が完成イメージをはっきりと思い描けるようにするためだ。
完成形さえ分かれば、現在販売している錬金飴の瓶と同じように一回でポンッと作れるようになる。
今回は普段のガラス作りよりも材料が多い。染料が必要となるからだ。
染料は飴の包み紙を作成する際に使用しているものの他に、キッチンからもらってきたタマネギとリンゴを使う。といってもどちらも使うのは皮だけ。これらを入れることにより、色味が柔らかなものになるのだ。
二種類の皮は魔法で乾かし、他の材料と共に粉末状にする。それをガラスの材料と共に釜に入れ、木の棒でかき混ぜる。
この際、釜の縁をなぞるように手早く混ぜるのがポイントだ。
少しすると釜の真ん中に、錬金飴よりも少し小さな球が発生する。これがガラスの核となる。核を中心にガラスができてくるので、あとは放置するだけでいい。
少し時間がかかるので、錬金飴を包みながら待つ。
縁ギリギリまで育ったら一度引き上げ、冷めるまで待機。手で触っても大丈夫になったらもう一度釜に入れ、瓶の形を思い描きながら溶かしていく。
この辺りは普段の瓶作りと同じだ。完成したら引き上げて、また冷ます。
柄付けに必要な染料を作り、冷めた瓶と共に再び釜に入れる。
「完成~。我ながら上手くできたんじゃない?」
引き上げたキャンディボトルを眺めながら、自画自賛する。納得いく色と柄が一発でできることはなかなかないのだ。
もちろん『満月の湖』で待機している二人にも認めてもらわなくては採用にはならないのだが、ジゼルだけではなく、たーちゃんも気に入っていた。もらってきたデザインと完成したばかりの瓶を見比べながら、ほおおおっと声をあげている。
「えといっしょだ~」
「高さがちょっと高くなっちゃったから要調整ってところかな。冷めたら飴を入れて持っていこう」
「たーちゃんおなかすいた」
「今日はおやつは断っちゃったけど、皮をもらう時に剥いたりんごがあるからそれ食べよっか」
「うん!」
あとで食べると告げておいたりんごをしゃくしゃくと食べる。以前、ドランと隣国に行った時に買ってきたりんごだ。
ほとんどはデザートやジャムにしてしまっており、すでに残りわずかとなっている。
「この色味で決まったらりんごを大量に買ってこないと」
「またあっぷるぱいたべたい」
「マフィンも美味しいよね」
「まふぃん!」
「乾燥りんごにするっていうのもいいかも」
「りんごはいろんなおいしいのになるね。どらんにおすそわけ?」
「うん。お裾分け持っていこう」
りんごを食べ終わる頃には瓶は冷めており、手を洗ってから飴を詰める。
少し多めの十三個。量と種類は話し合って決めることにしよう。
そう決めて『満月の湖』へと戻る。
キャンディボトルを見せると、二人とも静かに涙を流した。
「想像通り、いやそれ以上です」
「ジゼルの新作が見れるなんて……」
想像と違う反応だが、二人も納得してくれる出来になっていたことにホッと胸をなで下ろす。
デザインはこれで確定。大きさもこれでいいそう。錬金飴の個数だけは中途半端なので、十二個にして各種四個ずつ入れることに決まった。
納品予定日も決め、ジゼルとたーちゃんはギルドを後にしようと席を立つ。
けれど二人は試作品をじいっと見つめるばかり。
「はぁ……いい」
「デザイナー仲間に自慢しよ」
「えっと、帰りますね~」
「はーい」
「お疲れ様です」
視線すら上げることはない。
気に入ってもらえて何よりである。