8.『満月の湖』限定デザイン
「あなたがジゼルさんですか! お会いできて光栄です。私、ブルーノと申します」
「たーちゃんもいるよぉ」
「ああ、君が宿屋の看板タヌキ たーちゃんか。噂以上の可愛さだ」
「えへへ~」
今日はずっと前から約束していた『満月の湖』の注文分のデザインを決める日。
といっても今日の今日でピタリと決まるとは思っていない。デザイナーも含め、顔合わせの意味合いが強い。
ブルーノの第一印象は感じのよさそうな人。
髭を剃って髪は整え、ジャケットは羽織っているものの、握手を求められた際に見えた襟には皺ができている。
どこか抜けているようで、そこに親しみやすさを覚える。ジゼルも知っているお店の服と分かるところも接しやすいと感じる理由の一つだ。知らない人だと、どうしてもそこで一線引いてしまいがちだ。
なにより、相棒であるたーちゃんに好意的である点はジゼルからの印象に大きなプラスとなっている。
「今日はうちまで来てもらっちゃってごめんなさいね」
「近くですし、宿屋の客間はちょっと今使えなくて……」
ステファニーは申し訳なさそうにするが、ジゼルとしても都合がよかった。
なにせドランと出かけてきた翌日から錬金飴を大量生産し、今では客間に所狭しと飴と瓶が置かれているのだから。
ジゼルとしては一日も休みをもらってしまったから、手が空いているうちに気合いを入れて掃除をするつもりだった。
けれど女将さんから『寒くなったら絶対注文増えるから! 少なくとも宿屋ギルドは倍に増えると思った方がいいよ。瓶は後回しでいい。とにかく飴をたくさん作っておいておくれ』と熱弁されてしまった。
正直、まだまだたーちゃんハイテンション分のストックが残っているけど……とは思った。けれどストックがあるに越したことはなく、通常業務に余裕があるのも事実。
さすがに倍の注文が来なくても、瓶を作らなければそんなに場所も取らない。『満月の湖』からの注文分を考えると、消費できない量でもない。
余裕があるうちに作ることで、忙しくなったときに宿の仕事を手伝える。
その結論に達し、せっせと釜をかき混ぜていたのだ。
さすがに二倍までとはいかないが、実際、ここ数日で注文が増えている。ストックがなければこうしてゆっくりと時間を取ることも難しかったかもしれない。
客間に大量の物を置くことも許してもらい、ジゼルが留守にしている間には錬金飴のお客さんの対応までしてもらっている。本当に女将さんには感謝しかない。
そんな訳で、ステファニー達が気にすることなど一つもない。
にこりと笑ってから、奥の机に視線を向ける。すでに今日使うと思われる物が置かれている。
ジゼルの視線に気付いたステファニーは奥へと案内してくれる。
「今回来てもらったのはね、あなたにこれを見せたかったからなの」
「蝋燭、ですか?」
「ええ。実はキャンディボトルを耐熱性にしてもらうことで、飴を食べ終わった後の瓶をランプとして再活用するのはどうかと思っているの」
「ランプ、ですか?」
「本格的なものではなく、キャンドル置きとしての側面が強くなってくると思うけど、あなたの瓶は透明度と発色がいいでしょう? だから空き瓶として終わらせてしまうのはもったいないと思って!」
「なるほど。耐熱性だとややコストが……」
冒険者が使用することを想定したランプは、耐久性と耐熱性のどちらにも優れたガラスを使用していた。
作ることは慣れているので問題ないのだが、どうしても通常の瓶よりも材料費が嵩んでしまう。
特に今回は色味とデザインを重要視するということで、ガラスの配合バランスにも気を遣う必要が出てくる。
ギルドに所属していた頃のように大量に仕入れれば一個あたりにかかる材料費も抑えられるが、ジゼルは個人。結構な額で取引してくれるとはいえ、話し合いの序盤からマイナス方面に歩きだそうとすることは避けたい。
まだ些細なこととはいえ、心には留めていてもらいたい。そんな思いでちらっと口にしたのだが、ステファニーはジゼルの心配を一蹴した。
「高くなったらこちらが負担するわ。大丈夫。この仕事を受けて損したとは思わせない。あなたは最高のものを作ろうという熱意と時間の確保をしつつ、製作を頑張ってくれればいいの。次も受けたいという気持ちになってくれればベストよ」
「は、はぁ……」
ぐいぐいと来られ、ジゼルは上半身だけのけぞってしまう。評価の表れなのだろうが、今から次の話をするなんてさすがに気が早すぎる。
手紙のやりとりは何度かしているものの、こうして会うのは二度目。
ステファニーの勢いにはまだまだ慣れない。初めてのたーちゃんはぽかんと口を開けて呆けている。
だがブルーノにとってはいつものことのようで、彼女の勢いを無視して進んでいく。
「私が提案させていただくデザインとリンクした香りや色味の蝋燭を集めていただきました」
ブルーノが切り出すと、ステファニーの表情も真面目なものに切り替わる。
「ここにある以外のものも後々用意させてもらうつもりだから、イメージと違う場合は遠慮なく伝えてちょうだい」
「香りについては素人なのでお任せする形にはなってしまうのですが、火を付けた時の明るさや火の大きさ、どのくらいの時間燃えるのかを教えていただきたいです」
「そう言われると思って、事前にそれぞれのデータは集めておいたわ」
「ジゼルさんのガラスを使えばまた色味は変わってくるとは思うのですが、こちらで用意させていただいたガラスを重ねたものがこちらになりまして。まずはテーマと瓶のベースカラーから決めて行ければと思っております」
「なるほど」
前準備はほとんど整っているということか。前に進もうという勢いだけではないところはさすが『満月の湖』のギルドマスターだ。
差し出された冊子を軽く捲っただけでも、ジゼルが求めている情報以上のものが詰まっていることが窺える。




