7.交換条件
宿屋に帰って帰りの挨拶を済ませると、早々にお土産の袋を差し出した。
その際、親父さんにフルーツサンドと桃パフェのおねだりをする。
「そのフルーツサンドが本当に美味しくて、この桃で作ってもらえたらな~と思って」
「パフェもお願いします!」
「たーちゃんもぱふぇたべたい」
お願いしますと手を合わせるジゼル。
勢いよく頭を下げるドラン。
親父さんの足にしがみつきながらぴょんぴょんと跳ねるたーちゃん。
二人と一匹の様子に女将さんも親父さんも目を丸くする。
「そんなに美味しかったのかい?」
「それはもう!」
「あんた、作ってやりなよ」
「作るのは構わないんだが、俺からもドランに頼みたいことがある」
「俺にできることなら!」
食い気味で返事をするドランの目には、親父さんが作った桃パフェが見えているのだろう。たーちゃんもすでに食べることが確定した気で小躍りを始めた。
一方で、ジゼルは唾を飲み込んでいた。
パフェとフルーツサンドが食べたいのはもちろんだが、どんな頼み事がされるのか。自分は手伝うことができるのかが心配になったのだ。
親父さんのことだから難しいことは言わないのだろうが、魔物討伐の頼み事ならジゼルは何の役にも立たない。そわそわと親父さんの言葉を待つ。
別の意味で力が入る二人だったが、親父さんから告げられた頼み事は意外なものだった。
「今度行われる雪解け祭りに行って、ホットパウダーを買ってきてほしいんだ」
「ホットパウダー?」
「確か親父さんがずっと使ってみたいって言ってた、雪解け祭り限定の調味料ですよね?」
ホットパウダーとは、身体の芯から温まるように複数のスパイスが調合された調味料である。
毎年専門の調合師が一から調合をするため、使用されるスパイスや味が変わるのだという。
売りに出されるのは雪解け祭りの期間中のみ。
ホットパウダー欲しさに各国から料理人と商人が集まる。ただし一組につき買えるのは一つまで。
商人の大量買いを防ぐため、購入の際はその人の所属が分かるようなものを提示しなければならないという徹底ぶり。
その取り組みが功を奏して、市場にはまず出回らない。買い付けに来る商人も貴族の家の料理人に頼まれた人ばかりなのだとか。
寒くなると毎年親父さんが話してくれるため、よく覚えていた。
「ああ。一度使ってみたいとは思っていたんだが、うちからじゃ遠いし、何日も宿を空ける訳にはいかない」
「おまけに夜は吹雪になる可能性もあるから、余計に時間がかかりますね」
「馬車なら一月以上かかるが、ドラゴンなら翌日には帰ってこられるだろう? ドランの都合のいい日で構わないし、ドラゴン便のお金も出すから。お使いをしてきてくれると嬉しい」
ドラゴン便は非常に高い。親父さんはいつかの日のためにコツコツと資金を貯めていたそうだ。そのへそくりを出す覚悟だと胸を張った。
だがドランはふるふると首を振った。
「これは個人的な頼み事、というかパフェとフルーツサンドを作ってもらう交換条件みたいなものなのでお金はいりません」
「だがドランは配達を商売にしてるだろう? それをタダでっていうのは道理が通らない」
「それは親父さんにも言えることですよね?」
「単価が違う。やはりお金は払うべきだ。払えるか心配なら今から配達ギルドに予約しにいって……」
「俺の食欲を安く見ないでください。栗を使ったデザートだって作ってくれないかな……って下心もあるくらいなんですから」
ドランはジゼルに接する時よりも丁寧な言葉を使いつつ、食欲という名の大きな欲望をストレートにぶつける。
ジゼルが思っている以上に渋栗のパンケーキも気に入っていたようだ。
なんとも可愛らしくも彼らしい下心に、親父さんは目を大きく開き、そしてフッと笑った。
「悪かった。ドランはジゼルと同じくらい食べ物が好きだもんな。栗の方もちゃんと考えておく。ドラゴンもフルーツサンド、食べるんだよな?」
「あいつは美味いものならなんでも食べます。それに俺も一度行ってみたかったんで。ジゼルも行きたいって言ってたよな?」
「確かに行ってみたいとは思ってたけど……もしかして連れて行ってくれるの!?」
以前そんな話をチラッとしたことがある。
だが親父さん同様、日数がかかることを理由に諦めていた。
旅費と宿代が高いというのもある。親父さんみたいにいつかの日の為にお金を貯めることもしておらず、本当に『行ってみたい』と思うだけに留まっていた。
そんななんてことない会話を覚えていてくれたなんて……。
恥ずかしいような嬉しいような。けれどやはり嬉しさが圧倒的に勝った。
「せっかく行くのに調味料一つだけで帰ってくるのはつまらないだろ? あいつだってジゼルとたーちゃんなら喜んで背中に乗せるはずだ。といっても泊まりにはなるから、無理にとは言わないが」
「じゃあドランの分のホテル代は私が出すね!」
「いや、俺は配達ギルドに泊まるから。ジゼルとたーちゃんの分だけ予約してくる。今からだと宿は選べないけど、まだ空いている日はあるはずだ。適当に入れてきちゃっていいか?」
「うん。分かったら教えて」
「ああ。それで、親父さん」
「桃のパフェとフルーツサンド、それから栗のデザートだろ? できたら配達ギルドに持って行ってやるから安心しろ」
親父さんの言葉にドランは満足げに頷く。そして軽い足取りで配達ギルドへと戻っていった。
日が分かったら、その日をめがけて二日分のストックを作っておかないと。
泊まりがけのお出かけなんて初めてだ。
ジゼルは今まで村か王都で過ごしてきた。王都なら大抵のものは揃うし、美味しいものだっていっぱいある。王都の外の話を聞くことも多かったし、楽しそうだとも思ったことはある。
けれど行動に起こすことはなかった。
それより錬金釜の手入れをしたかったし、宿の手伝いがしたかった。王都の中だけで完結する生活に不満を持ったこともない。
多分この先もそれは変わらない。その気持ちは本物で、けれど胸を弾ませるこの気持ちもまた本物なのだ。