3.いざ隣国へ
「すごい量だよね。ちょっと多めに入れておこうっと」
たーちゃんの上機嫌により、約一日でかなりの量ができた。大体五日分くらい。
たーちゃんのおやつをいつもよりも多めに確保しつつ、ドラゴンとドランへの差し入れも用意した。
飲み物と一緒にバスケットに入れ、ジゼルの準備は万端。
「これもらったらうれしくなっちゃうね」
「喜んでくれるといいね~」
「たーちゃん、こっちおいで」
「は~い」
今度はたーちゃんの準備だ。
すでに腹巻きを巻いているところに、女将さんが作ってくれたローブを被り、親父さんが編んでくれた毛糸のバッグを下げる。そこに錬金飴を一種類一つずつ入れる。
親父さんのバッグはタヌキの尻尾を意識し、腹巻きとの相性抜群。寒さが和らいでも単体で使えそうだ。
女将さんのローブはたーちゃんの好きな赤色。フリルも付いていて、たーちゃんの可愛さを引き立てている。
「ありがとお」
二人が頑張って作ってくれたお出かけローブとバッグに、たーちゃんのテンションはマックスだ。
親父さんと女将さんの元に行き、腕にぎゅーっと抱きついた。
「ここまで喜んでもらえるならよかった」
「二人とも、気をつけて行ってきなよ」
「は~い」
「行ってきます」
二人に手を振り、配達ギルドに向かう。
すでにドラン達の準備は整っており、ギルドの前まで出て待っていてくれた。普段は付けていない鞍や手綱まで装着されている。ぺこりと頭を下げ、たーちゃんに籠を渡す。宿を出る前に話し合って、たーちゃんがどうぞすると決めていたのだ。
「これ、おすそわけです」
「たーちゃん、今日が楽しみで。たくさん作ったから食べてください」
「おお、気が利くではないか」
「悪いな。気を遣わせちゃって」
「ううん。私も楽しみだったから!」
「そっか。だったらよかった」
「さぁ我の背中に乗るのだ」
「わぁ~い」
「失礼します」
「足下気をつけてな」
ドランに案内され、ドラゴンの背中に乗る。
王都に来る時に飛鳥族の背中に乗せてもらったが、ドラゴンの背中は初めてだ。鞍を付けているからか、想像以上に安定している。
たーちゃんはジゼルの腕の中にすっぽりとハマり、ドランがそのジゼルの背中を包み込む。二人と一匹で固まり、空へと飛び立つ。少し風が冷たい。たーちゃんに合わせて温かくしてきてよかった。
「たっか~い」
「すごいね」
「二人とも怖くないか?」
「うん、大丈夫」
「たーちゃんもへいきだよ」
「じゃあ行くぞ」
ドランの合図で、ドラゴンはバッサバッサと大きく羽を動かし始める。上空に飛び上がる時とは違い、びゅうびゅうと風を切る。けれど危なさはまるで感じない。
「あそこに湖が見えるだろう。あそこにはよく水を飲みに行くのだ」
「木の実がたくさんあって、休憩にちょうどいいんだよな」
「たーちゃんもいきたい」
「暖かくなってから来ような」
「いまは? ちょっとだけ、だめ?」
「今は森に住む動物たちが寒期に備えて食べ物を貯めている時期だから、邪魔しちゃ悪いだろ」
「ならがまんする」
「たーちゃん偉いね」
「うん、たーちゃんいいこ」
フンッと胸を張るたーちゃん。それがなんだかおかしくて、ドランとジゼルはもちろん、姿が見えていないはずのドラゴンまで小さく笑った。
森に降りれない代わりに、ドラゴンはたーちゃんにいろんなことを教えてくれた。
遠くに見える山は今の時期には寒くてたまらないだとか、少し暖かくなった頃に見える日の入りは最高だとか。あの辺りに見えるくぼみは元々魔物の集落があって、彼が壊滅させたのだとか。
自慢げに語るドラゴンと、それに頷いたり言葉を付け足したりするドラン。
たーちゃんとジゼルはその度に目を輝かせ、首を傾げ。そうして一刻近い時間を楽しく過ごすのだった。
「降りる時も足下気をつけてな」
「先にたーちゃんを」
「ん」
先にたーちゃんをドランに渡し、降ろしてもらう。そしてジゼルも彼の手に支えられる形でドラゴンから降りる。揃ってドラゴンにお礼を告げるのも忘れない。お礼は大事だ。
「じゃあここで待ってて。俺はこいつを龍舎に預けてくるから」
「娘、たーちゃんよ。お土産を忘れるでないぞ」
「美味しいの買ってきますね」
「うむ」
ドラゴンは満足げに頷き、ドランと共に龍舎へと入っていった。
この国を訪れたのは初めてなのだが、ドラン曰く、系列のギルドは国内外にいくつもあり、中にはここのように龍舎があって、遠出をした際に泊めてもらうこともあるのだとか。
錬金ギルドも大手だといくつも支部を持っているのだが、国内でまとまっていることがほとんどだ。配達ギルドは商会ギルドの支部配置と似ているようだ。
もっとも、必ず支部を複数持つ配達ギルドと、本部のみで活動できる商会ギルドでは詳細はまるで異なるのだが。
「系列でも客層が全然違うね」
「おようふく、みんなとぜんぜんちがう」
「待機している魔物達も大型の子ばかりで、大きな荷物メインなのかな」
先ほどチラッと魔物舎が見えたのだが、小さな飛鳥が入った籠は十にも満たないほど。
馬も少なく、ほとんどが中型以上の飛鳥族か走鳥族だった。待っている間にも頻繁に配達員達が出たり入ったりしている。荷物は大型のものばかり。
パンパンに膨らんだトラベルバッグや、布をかけられた家具が多い。
「おまたせ。どうかしたのか?」
「ここは大きな荷物の配達が多くて、服装も人によって全然違うねって話してたの」
「この辺りで大型の荷物を取り扱っているのってここくらいだから集中するんだ。交易路の中間地点だから産業も盛んで、時季外れの野菜や果物の取り扱いもしているらしい」
「そうなんだ!」
「といっても今の時期は特に大型の荷物が多いんだ。そろそろ学園入学が近づいていて、こちらに送られてくる荷物が多いのはもちろん、来たついでに色々と買っていく奴が多い。それに合わせて商人達もやって来るって具合でさ」
「ドランって物知りなのね」
自国で開催されるイベントごとは宿屋の繁忙期・閑散期に直結するため、大体把握したつもりだ。
だが他国ともなれば知らないことも多い。
宿屋の常連の多くが冒険者なので、護衛依頼や討伐依頼が発生しなさそうなものにはトンと疎い。
「仕事のことだけだ。錬金術関連はまるで分かんないし」
「たーちゃんはねぇ、おいしいものにはくわしいよ」
「そうか。じゃあ今日も美味しい情報入るといいな」
「うん!」
たーちゃんは上機嫌で「ぱんけ~き~」と歌い始める。
ジゼルの腕の中にいるために踊り出すことはないが、下に垂れた尻尾が振り子のように揺れている。