1.たーちゃんの腹巻き
「ふああああっ」
「たーちゃん、お腹出して寝てると冷えるよ」
たーちゃんは大きくお口を開いてあくびをする。
それを合図に、ジゼルは引き出しに常備してあるたーちゃんの腹巻きを取り出した。
たーちゃんもハッとした様子で、ジゼルの手元までとことことやってくる。
「そうだった! おなかまきまき」
「はい、ばんざーい」
たーちゃんに両手をあげてもらい、腹巻きを巻く。
親父さんのお手製で、右側には中くらいのボタンが縦に三つ並んでいる。たーちゃん一人でも着脱できるところが親父さんのこだわりポイント。
とはいえ面倒くさいのか、たーちゃんが自分で着けようとしないことは内緒である。
「これで大丈夫っと」
初めこそ籠の中で丸まって寝ていたたーちゃん。
だが慣れたからなのか、今では宿屋のカウンター上で大の字で寝ることも。お客さんが来たら起きることがほとんどだが、常連さんやドランなど、慣れた相手が来た時には安心して眠り続ける。
たーちゃんがタヌキの姿とはいえ、相手はお客さん。
怠惰な姿をあまり見せるのも……と思い、お客さんからは見えない位置に台を置き、そこに籠を持ってきたこともある。
だがたーちゃんを心配する声が多く寄せられたことで、たーちゃんは堂々とお昼寝することに決まった。
今では『たーちゃんのへそ天爆睡姿』はレア姿の一つとして、お客さん達をほっこりとさせている。
基本的には好きにさせるという方向で決まった。
だがこの腹巻きは別だ。
そろそろ寒期に入るため、温かくなるまでは腹巻きをして寝る約束が結ばれている。
「おやつなくなるところだったねぇ」
お腹の模様と同じ柄の腹巻きを撫でながら「せーふ」と長い息を吐いている。
ちなみに腹巻きを忘れて寝たらおやつ抜き。
たーちゃんに腹巻き着用の習慣を付けさせるためのルールなのだが、約束を破った際に一番大きなダメージを受けるのは親父さんである。
おやつが載ったお皿を持ち帰るその背中は悲哀に満ちていた。
ジゼルとしても親父さんにあんな悲しい思いをさせたくないので、腹巻きなしですやっとし始めたたーちゃんを起こして腹巻きを着けるようにはしている。
「今日のおやつはおいもとかぼちゃのクッキーだって」
「たーちゃんのすきなおやつ!」
「そうだよ。ステファニーさんがくれたお茶も用意して食べようか」
「たのしみ~」
「楽しみだね」
のほほんとした穏やかな空気の中、ジゼルはメッセージカードにスタンプを押していく。
初回の手紙には案内を付けるようにしていたのだが、最近は知り合いに配るためにいくつか余分に欲しいという声ももらうようになった。
一つ一つは少しでも、人数が多ければその分、作成にかかる時間は増えていく。
錬金術で作ってしまうのも手だが、文面が変わる可能性がある。
そこで錬金術を使って、スタンプを作ることにしたのだ。
スタンプは二つ。
一つは値段や配送方法などを書いた、販売に関する案内のスタンプ。
そしてもう一つは錬金飴自体の説明と注意事項のスタンプ。
分けることで普通のお客さんだけではなく、今後納品予定の『満月の湖』用にも利用できるというわけだ。
サインやお手紙の返事は今まで通り手書きとはいえ、これだけでグッと時間の短縮ができる。
ちなみに今作っているのは、二つ目のスタンプを押してサインしただけのもので、宿屋に置いておく用。
購入してくれたお客さんから欲しいという声があがったので、作ってみたのだ。
錬金飴を買ってくれたお客さんが知り合いに渡すと持っていくことが多く、大体一日に十枚くらいなくなる。
なので案内文同様に、こうして暇な時に量産することにしている。
出来上がったカードを箱に入れ、案内文も作ろうかと便せんに手を伸ばす。
すると人の足音が聞こえてきた。お客さんだ。一旦手を止め、顔をあげる。
「ジゼル、いるか?」
「いらっしゃい、ドラン。錬金飴ならできてるよ。ちょっと待っててね」
「ああ」
立ち上がり、隣の部屋から大きな瓶を持ってくる。
この瓶は瓶詰めする前のストック用でもある。それを三つ。行ったり来たりして、カウンターへと運ぶ。
「腰痛用のを多めに入れておくね」
「助かる」
ドラゴンさんのお気に入りは腰痛用の飴。
といっても彼には腰痛も肩こりもなく、純粋に味を楽しんでいるだけのようだが。
「あとこれはドラン用」
籠をいっぱいにしてから、その上に載せたのは販売用とは少し違う形の瓶。ドラン用なので、間違えないように違う瓶に入れておいたのだ。
普段はジャムのお裾分けの際に使っているものなので、一瞬だけ固まっていた。
目をぱちくりとさせ、すぐに復活する。
「俺なら籠から取るからいいのに……」
「この前それで喧嘩になったって言ってたでしょ」
「あれくらいいつものことだって」
「いいの。持ってって。ちゃんと疲労回復の飴を多めに入れておいたから」
「ありがとう。あ、これ今回のお代」
「いつもご利用ありがとうございます」
ずっしりとした革袋を受け取り、ぺこりと頭を下げる。
前回受け取った革袋を返却する。ドランは少し迷ったように視線を彷徨わせてから「あのさ」と切り出した。
「今度一緒に出かけないか? 隣国なんだけど、美味しいパンケーキを出す店があるらしくて。ジゼルと一緒に食べに行きたいんだ」
「興味はあるけど、さすがに何日も空けるのは……」
「行きも帰りもドラゴンに乗っていくからその日のうちに帰ってこられるぞ」
「嬉しいけど、いいの?」
ドランが休みの日にドラゴンと共に出かけているのは知っているが、同時にドラゴン便が高いのも知っているのだ。
パンケーキを食べに行くくらいで乗せてもらうのは少々気が引けてしまう。
けれど付き合いの長いドランはジゼルの前向きな気持ちをしっかりと受け取ったようだ。爛々と目を輝かせる。




