【閑話】『精霊の釜』のその後(後編)
「これはなんですの」
「光を出す魔法道具、かな」
「とても王宮に飾るような品とは思えませんわ」
「なぜ、こんな品を持ってきた」
やっとの思いで納品したランプに向けられるのは、ガラクタを見るような目だった。
それらを持ち込んだクトーにも当然侮蔑の意味が篭もった視線が向けられている。
冷や汗を通り越し、脂汗が毛穴という毛穴から吹き出る。
徹夜続きもあり、クトーの体力も精神力もすでに限界を迎えようとしていた。
けれど気を失うことは許されていない。カラッカラになった口でなんとか言葉を紡ぐ。
「ご注文通りの品かと思いますが……」
「あなたの目は節穴か?」
「去年までのランプとは色がまるで違いますわ」
「台座のデザインも粗すぎる」
「ああ、やっぱり! 作者が違うわ」
末の姫がランプをひっくり返し、刻まれた名前を指さす。
すると他の王族達もそれぞれ自分のランプを手に、記載されている作成者の名前の確認を始めた。
一人、また一人と確認する度にわなわなと震え出す。
「『ジゼル』じゃないだと?」
「なぜ『ジゼル』に作らせない」
「やはり『ジゼル』のランプでないと」
「夜の読書にも、朝の目覚めにも必要なんだ」
「光の優しさがまるで違うのよね」
「また眠れない日が続くのか……」
「今年も綺麗な歌が聞けると期待していたのに」
「『ジゼル』に一から作らせてちょうだい」
「私、今回のランプのデザインお気に入りなのよね。半年後の留学に持っていく時計も同じデザインでお願いするわ」
ジゼル、ジゼル、ジゼル、ジゼル。
彼らの口から飛び出るのはクビにしたばかりの錬金術師の名前だった。
まさかランプ作りに特化した錬金術師だったとは……。
誰もそんなことは言っていなかった。自分はただお荷物を処理しただけ。
浮いた金で新人を雇い、今まで通りのサイクルに乗せていけば今以上にギルドは発展する。
クトーは自分の考えを疑ってなどいなかった。
なのになぜ自分は窮地に立たされているのだろうか。視線を彷徨わせ、この場から逃げる方法を考える。
「ジゼルは、一身上の都合で先日辞めたばかりでして」
「なぜ引き留めなかった」
「え?」
「なぜあれほどの錬金術師をおめおめと手放したのかと聞いているのだ」
「お言葉ですが、陛下は過信しすぎかと。彼女は初級アイテムしか作れない、新人のようなもので……」
「そうか」
「はい! ですから」
急に辞めた彼女のせいにしてしまえばいい。辞めた理由だって適当にでっちあげればいい。
ああ、これで逃げられる。
一筋の光が射し込んだ。
そう思ったのも束の間。下されたのはあまりにも非情な決定だった。
「だから言ったでしょ。ジゼルを早く城に迎えないとダメだって」
「……お主をギルドマスターに推薦した者全てに監査を入れよう。もちろん『精霊の釜』にも」
「それは一体どういう……」
「お主にはギルドマスターに相応しいだけの実力がないと言っているのだ。得意なことは個で伸ばし、苦手を全員で補っていくーーそんな考えが気に入っていたのだがな。適材適所を極めた結果が他者を『お荷物』と呼び、切り捨てることに繋がるとは、なんと皮肉なことよ」
クトーも己の歩いてきた道がいかに暗いものだったか理解している。関わった者達だって似たような道を歩んで、現在の椅子に座っているものばかりだ。
王家に調べられればボロが出るに決まっている。
逃れられる者もいるだろうが、末端にいるクトーはダメだ。
ランプを持ち込んだ時点で長年思い描いてきた理想の自分が崩れ去ることが確定したのだ。
たかがランプ。錬金術を使わずとも作り出せる家具だ。
専門とする職人だっている。魔法道具ではない、通常のランプなら手入れ次第で数十年は使用できる。
便利な反面、劣化が激しい魔法道具のように毎年買い換える必要なんてないのだ。
けれど王家は毎年大金を払って錬金術師に依頼する。
その意味を深く考えなかったことが敗因だった。
「ジゼル、か」
クトーはその場にへたり込み、天を仰ぐ。
頭に浮かぶのはお荷物と呼ばれていた少女のこと。
前任のギルドマスターのお気に入りだったという彼女は一体どんなランプを作るのだろうか。
せめてあと数十日判断を遅らせていれば、失脚どころか今以上の昇進だって見込めたかもしれない。
けれどクトーには錬金術師の才能を見抜く目はなかった。
利害だけを見てきたから。もうとっくに目が濁って、抜け出せない所まで進んでいたのだった。
ランプの納品から半月後。
大手錬金ギルド『精霊の釜』が活動休止となったニュースが王都を騒がせた。
最近就任したギルドマスターの汚職が原因であった。
王家直々の休止命令であることや、次のギルドマスター選定から就任までかなりの時間がかかることから、錬金術師は次々にギルドを去って行った。
再開したところで、以前のような盛り上がりを取り戻すことはできないだろう。精霊の怒りをかったのだ。
どの新聞にも同じような言葉が記載されていた。
だが暗いニュースだけではない。
近々、大規模な王宮錬金術師採用試験が行われることが発表されたのだ。
『精霊の釜』を去った優秀な錬金術師達を採用するため、というのがもっぱらの噂だが、国中の錬金術師がこの機会を逃す訳にはいかないと色めきだっている。
もちろん優秀な錬金術師を迎え入れたいという気持ちもあるが、王家の真の狙いは美しいランプを作る錬金術師・ジゼルを探し出すこと。
『精霊の釜』の活動休止と合わせて発表すれば、どこにいても彼女の目に止まるはずだと信じて疑っていなかった。
一章はこれにて終了です。
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