14.精霊との契約
暴走気味のドラゴンを見かねて、ドランが助け船を出してくれた。
「契約っていうのは『精霊が人間の手伝いをし、対価をもらう約束』のことで、タヌキとジゼルの場合は錬金飴作りを手伝い、錬金飴をもらう約束をするって感じ」
「おてつだいするよ~」
「なるほどな。ちゃんといい子にできるならいいと思うぞ」
「いいこ! いいこにするよ!」
前向きな返事がもらえたことで、タヌキはぱああっと表情を輝かせる。
籠の中でぴょんぴょんと跳ねられ、ドランは少し迷惑そうだ。
それでも両手で持ち直し、落っこちないようにしてくれている。優しいのだ。そんな姿にほっこりしてしまう。
「でも契約ってどうするの?」
「ぼくもしらない」
今まで精霊と契約する機会などなかった。
出会うことすら難しい存在とされていたのだ。
契約できることは知っていても、詳しい方法は知らない。
それはタヌキも同じだったようで、こてんと首を傾げる。
普通ならここで行き詰まるところだが、幸いにもこの場には博識なドラゴンがいる。
ジゼルとタヌキが期待の眼差しを向けると、任せておけとばかりに胸を張った。
「名前を付け、互いに対価を用意するのが一般的だ。場合によっては魔道用紙で契約書を作ることもある。だが今回はすでに役割が明確化されているからな、今のところは名前だけ付けておけば十分だろう。何かあれば我を頼るといい。もちろん、手土産は必要だがな。我は常に美味なるものを欲している」
気軽に来ていいとは、懐の広いドラゴンだ。
ドラゴンとは気高き生き物である。人間なんて軽く吹き飛ばせるような存在の発する言葉に耳を傾けることは滅多にない。だからこそドラゴン使いの数は非常に少ない。
だがそこはやはりドランとの仲が大きなプラスとなっているのだろう。
ドランにも後で個人的にお礼をしなければ、と頭のメモに書き込んでおく。
だが今は名付けが先だ。
タヌキは爛々とした目でジゼルを見上げている。
「名前か……。うーん、たーちゃんってどうかな?」
「覚えやすくていいな」
「安直すぎないか?」
ハハハと笑う親父さんと少し呆れたような目を向けるドラン。
ジゼルもやや安直だとは思うが、ネーミングセンスのなさは自覚している。
凝って変な名前を付けるよりは、単純で呼びやすい名前がいいだろうと思ったのだ。
「たーちゃん! ぼく、たーちゃん!」
当のタヌキ、もといたーちゃんは名前が気に入ったようで、再び籠の中でジャンプを始める。
「本人が気に入っているのだからいいのではないか? おい、たーちゃんよ。我のおかげで契約できたことを忘れるでないぞ」
「おすそわけ?」
「そうだ」
「そうだ、じゃない。ジゼル、ちゃんとお金払うから、俺にも売ってくれないか?」
「え、でも元々は女将さんと親父さんにプレゼントしていたものだし……」
「おばさん達とこいつとじゃ消費量がまるで違う」
「うむ。ドラゴンたる我に一日一個など生ぬるい制限は不要だ」
「好意に甘えてたら確実にジゼルが破産する。お願いだから払わせてくれ」
「でもあんまり安くなくて……」
言いづらいが、そこそこの値段がする。
一日一個ならまだ高めの嗜好品として割り切れなくもないと思うが、何個も食べればその分お値段は嵩んでいくわけで……。
欲しがっているとはいえ、仲のいい相手に無理をさせるようなことはしたくない。
だからといって初めから安い額を告げれば、ドランはひっそりと傷つく。
付き合いが長いからこその難しさがある。
眉を下げ、どうしたものかと悩む。するとドランが短くため息を吐いた。
「いつも言ってるけど、俺はジゼルが思っている以上に稼いでるからな! 冒険者登録もしてるから臨時収入もあるし、今からジゼルが子どもを五人くらい連れてきて養えって言ってきても余裕だから! 家だって買うし!」
後半になるに連れて勢いと熱意が増し、グッと拳を固めるドラン。
一緒に出かける度に似たようなことを言われてはいるものの、さすがに盛りすぎではないだろうか。
ジゼルだって今回頼ってしまったものの、そこまで迷惑をかけるつもりはない。
「でも……」
「それで、いくらなんだ?」
「……瓶に十個入って銀貨五枚」
「なんだ、そんなものか。坊よ、次の休暇は狩りに行くぞ。賞金の高いものを見繕っておけ。娘を安心させ、我に大量のあめを寄越すのだ」
「ジゼルが困らないほどに、な。あと瓶はいいや。もらいに行く時に大きめの籠を持っていくから、それに入れてくれ」
「分かった。じゃあその分、安くしておくね」
「それは助かる」
ドランがこのくらいと示したのは、たーちゃんが入っている籠よりも少し大きいくらい。ジゼルの想像よりも大きかった。瓶まで用意するとかなりの個数になりそうだ。
瓶なしにしてもらって、その分値引きするくらいが互いにとってもちょうどいい落としどころなのかもしれない。