3.シマさんの名前の由来
「シマさんもはいえるふからおなまえもらったの?」
「シマさんはまだ精霊見習いだから契約はできないんだ。代わりに精霊に進化した際には、ハイエルフの長から名前をもらうことになっているらしいぞ。すぐに進化するだろうって話だったから、とりあえずうちの里で呼ぶためのあだ名を付けておこうってんで、覚えやすいように縞々尻尾からシマさんって付けたんだ。ただ全然魔力を使うようなことをしないせいか、未だに進化する気配がなくってなぁ……」
「キュキュッ……」
クオッツの言葉にシマさんはしょんぼりと肩を落とす。
見かねたドラゴンさんが助け舟を出した。
「本人が今の生活に満足してるならそれでいいのではないか?」
「ん? ああ、悪ぃ悪ぃ。別に早く進化しろってんじゃねぇんだ。精霊だろうが精霊見習いだろうが、シマさんはシマさんだ。真面目でよく働くし、里にいてくれて助かってる。ハイエルフもそう思ってるから進化を急かすようなことはないんじゃねぇか?」
「キュキュ?」
「本当だって。そうそう、そこの肉料理に使ってるのは、シマさんの畑で取れた野菜と今朝狩ってきてくれた鹿なんだぞ」
「にんじんおいしいねぇ~」
「鹿も狩れるなんて見事なものだな」
「キュキュウウウ」
褒められたシマさんは身体の前でもじもじと手を弄る。恥ずかしさ半分嬉しさ半分といったところか。
すっかりドラゴンさんへの恐怖はなくなったようだ。
自ら他の料理をドラゴンさんの元に運んでいった。
「そうだ、シマさんに会ったら聞こうと思っていたことがあるのだ。なぜペレンナの実と錬金飴を酒に浸けた?」
「あ、それに関しては、ジゼル達にも分かるようにってガーネットがメモに書いてくれたんだ。ちょっと待っててくれ」
クオッツはそう言いながら大きなメモを開く。切り取られた箇所やノリで繋がれた箇所が目立つ。
メモと呼ぶにはいささか大きすぎるそれは、シマさんの特訓同様に何日もかけて作られたのだろう。
「えっと、飴酒を造った理由は……あったあった。『ハイエルフ好みの酒ができると思ったから』だそうだ。実際、献上しに行くところは俺も見ているから間違いない」
「つまり膨らんだのは偶然だったと?」
「キュッ!」
元気よく右手を挙げ、返事するシマさん。そんな姿もたーちゃんと重なる。
飴酒を取られ、寝床に引きこもってしまっていたくらいだ。純粋にお酒が好きなのだろう。
「まだ続きがあってな、ええっと、今後はドワーフの自家醸造酒以外にも特製ウイスキーなど、いろんな酒に浸けて試す予定。美味しいのができたらまたお裾分けする――ってこの話、俺も初耳なんだが!?」
「キューキュキュ?」
「ガーネットから話は聞いていないのか、だそうだ」
「聞いてねぇ! そういや、やけに色付きガラスの対価に酒樽ポンポン用意してくるな~とは思ってたんだ。あいつ、これを隠すためだったか」
クオッツはわなわなと震える。
彼の手から渡されたメモに震えが伝わり、端は左右ともクシャッと曲がる。
「俺相手に酒を隠そうなんざ、千年早い! 帰ってきたら問い詰めて、他の酒も搾り取ってやる」
早くも新たな酒を飲むため、決意を燃やす。
だがそんなクオッツに冷静なシマさんの手が伸びる。足元をペシペシと叩き、先を促す。
「ああ、すまんすまん。錬金酒以外にも、先日送ってもらった錬金飴の一部をハイエルフに献上した。そのお礼に里を案内したいそうだ。そういや、祝福を受けに行くのは明日の夜でいいんだよな?」
「長旅の後ですから。今日はゆっくり休んで、明日の夜に行こうかなと」
「なら昼間はシマさんに付き合ってくれないか? 坊主達が留守にしている間に、ドラゴンの採寸済ませとくから」
「あ、そうだ。これ、素材分とお礼分のガラスです」
ジゼルは色付きガラスが入った袋を差し出す。
たーちゃんの分のガラスはすぐに作り終えたのだが、ドラゴンさんの瞳と頼まれていた青いガラスはなかなか時間がかかった。
大変だったのではない。
一度作り始めると楽しくて、色々と凝ってしまったのである。
『満月の湖』専用ボトルを作った際も、ボトルに合わせた色作りをしたジゼルだったが、同じ色で少しずつ変化を付けていくのは久しぶりのことだった。
錬金ギルド所属時、依頼者から頼まれて色味サンプルを作った時ぶりか。
依頼分とはいえ、とても楽しませてもらった。
「おお、青いのは色々作ってきてくれたんだな。ありがてぇ。明日にはガーネットも帰ってくると思うから、その時に紹介させてくれや」
クオッツは袋から色付きガラスを取り出す。
満足げに頷く彼を見て、ジゼルはホッと胸を撫で下ろす。
自分が納得できる品を作れたとしても、受け取り手が満足してくれて初めて安心できるのだ。