旅立ち
俺は一度教会に戻って身だしなみを整えた後、旅立つテッド君を見送るため、再度村へと向かった。
ノエルは朝の鐘を鳴らさなければならないので、教会にてお留守番だ。きっと今頃は、部屋から出てきたアルシエ様とお喋りをしているのだろう。
なお、スモーク司教様と見習いの少年は、他のメンバーと合流するために俺より先に出発している。もちろん既に二人とも朝食を終えている。
朝食にはパンにハムとチーズ、そして簡単なスープとスクランブルエッグという普段より品数を増やしたメニューを用意したが、全て平らげたのは司教様のみだ。少年はスープとスクランブルエッグだけを口にし、それ以外は袋にしまっていた。
まだまだ少年の二日酔いは酷いらしい。果たして馬車の旅に耐えられるのだろうか?
閑話休題。
村の入り口には、勇者様であるテッド君と御領主様方の見送りをするために大勢の村民が集まっていた。
ノール村のほぼ全員が顔を出しているだろう。小さな村とはいえ、1箇所に集まればそれなりの人数に思える。
村のみんなは、貴族様の御前であるので、両膝をついて地面に伏せ、咳き一つ立てず静粛にしている。おかげで、と言うのも悪いが、視界が開けていて、テッド君を見つけるのも容易かった。そしてそれは向こうも同じだ。
「あっ、兄貴だ! お〜い!」
こちらに気付いたテッド君が笑顔で手を振ってきた。馬車に乗り込む前に家族と最後のお別れをしている最中だったようだ。
朝の鐘が鳴ったら出発と聞いていたので大丈夫だとは思っていたが、間に合ってホッとした。
ノエルはともかく、俺はノール村の教会代表という立場上、後方に引っ込んでるわけにはいかない。最低でも村長や勇者の父親と肩を並べて勇者を見送らないと、後で司教様から嫌味を言われるかもしれないのだ。
(教会の威信かぁ……。バカバカしいが、これで食い扶持を稼いでいる以上、疎かにはできないしな)
そういった事情もあり、俺は最前列に居なければならない。
そのためには目の前の群集を通り抜けなければならない訳だが、このままだと足の踏み場も無いので、村のみんなには道を空けてもらおう。
「皆さん、すみません。ちょっと通りますので失礼します」
そう一声を掛けたら、村人たちが俺の通る場所を作るためにモゾモゾと動き出してくれた。
「へえ、ちょっとお待ちを」
「おい、そっち詰めてくれ。神父様が通る」
「あいよ」
村人たちは大声を出すのを憚っているのかヒソヒソ声だ。
「これぐらいで通れますか?」
「はい。皆さん、ありがとうございます」
人ひとり通る分くらいは道が空いたので、俺は地面にひれ伏す村人たちの隙間をぬって最前列へと向かった。
「身体に気をつけるんだよ。アタシより先に死ぬなんて絶対に許さないからね!」
「テッド、こまめに手紙を書きなさい! 忘れたら承知しないわよ!」
「何回おんなじ事を言うんだよ! もう分かったから、そろそろ離してくれよ!」
馬車の手前では、テッド君が涙ぐむバネッサさんとサリィちゃんに思いっきり抱きしめられていた。
テッド君の言う通り、昨日から何度も言われているのだろう、彼はひどくうんざりした顔をしていた。
アルトさんの怒号が響いた。
「そんな事を言うな! 母ちゃんも、サリィも、お前が心配なんだぞ! ……俺だってそうだ。お前が無事に帰ってこれるかも分からないんだぞ……! 愛する息子がそんな危険な旅に出るなんて、辛くて苦しくて胸が張り裂けそうなんだ……。だから、そんなバカな事を……言うんじゃねえよ……!」
アルトさんは目から止めどなく涙を流しながらテッド君を睨んで、いや、目に焼き付けていた。
怒鳴られたテッド君は、ハッとした表情となり、悔恨を滲ませ、ポツリと一言だけ謝った。
「……ゴメン、父ちゃん……」
テッド君は、後はもう家族にされるがまま抱きしめられていた。しきりに掛けられる言葉に、「うん、うん」と返事をし、精一杯の力を込めて家族を抱きしめ返していた。
やがて、啜り泣く声のみが聞こえるようになった。
その後、テッド君はメルド村長やダン君、友人たちと別れの挨拶をしていった。
ダン君には、「サリィのことは任せてくれ。絶対に幸せにする」と言われ、嬉しそうな顔をしていた。
テッド君は、ダン君のことも「兄貴」と呼んでいる。二人の間にどのような絆があるのか俺は知らないが、幼い頃からダン君のことを信頼しているのであろう。ダンの兄貴なら大丈夫、そう顔に書いてあった。
そして、いよいよ俺の番になった。歴史書にも記されるであろう一場面である。俺はキリッと顔を引き締め、自分なりに威厳を込めた声でテッド君に語りかける。
「勇者様、貴方様が歩まれる旅路は苦難に満ちたものになるでしょうが、必ずや女神様の御加護が――」
「カインの兄貴、頼むから普段通りに喋ってくれよ。仕事モードだと寂しいぜ」
そう言ってテッド君は困ったように笑った。彼につられて、思わず俺も苦笑いをしてしまう。せっかく取り繕った厳粛なムードが霧散してしまった。
「……一応これは、旅立つ勇者様へ、聖別の儀を執り行った神父が伝える決まり文句なんだよ。歴代の勇者様も慣例的に言われている、由緒正しい祝福の言葉なんだけどね……。でも、私とテッド君には相応しくなかったみたいだ」
俺はテッド君の両肩に手を置き、彼の瞳を真っ直ぐ見つめた。
「テッド君、必ず夢を叶えてこの村に帰ってくるんだ。俺は、俺たちはテッド君の帰りをいつまでも待っている。……死ぬなよ」
テッド君は自信満々に自分の胸を叩き、ニカっと歯を見せて笑った。
「おう、必ず戻ってくるぜ! ビックになった俺の姿を兄貴たちに見せないといけないしな!」
ラガン様曰く、奇跡的な確率により勇者となったテッド君。彼は歴史上唯一の、女神様に選ばれていない勇者だ。だが、彼は本当に世界を救える、そう期待をしてしまうような眩しい笑顔だった。
「うん、楽しみにしているよ。……武運を」
「へへっ、任せとけって!」
最後に、互いの拳を打ち合わせて俺たちは別れの挨拶を終えた。
「勇者様、そろそろお時間です。馬車にお乗りください」
ひととおり別れを済ませると、赤のイヤリングを身につけた壮年騎士様が声を掛けてきた。確かバーニングカイザーナックル様だ。
鍛え上げられた、厳しい髭面の大男であらせられるが、現役であると思えば、不思議と微笑ましく見えてきた。
「えっ、もう!?」
「はい、そろそろ朝の鐘が鳴る時刻かと。お名残惜しいでしょうが、お願いいたします」
「う、うん……」
折目正しく頭を下げる騎士様に、テッド君は不承不承頷いた。
「ありがとうございます。では、どうぞ」
テッド君が馬車に乗り込むと、ちょうど教会の鐘が鳴り始めた。
カラーン……! カラーン……!
「時刻である! 出発だ!」
隊列の先頭を率いる騎士様が号令を掛けると、テッド君たちを乗せた二台の馬車がゆっくりと動き出した。
その周りには、何頭もの馬が護衛を乗せて並走している。護衛は全員が腕利きっぽい雰囲気だ。さすがの陣容である。
「勇者様をお見送りするぞ! みんな立て!」
メルド村長が平伏している村人たちを立たせた。そして、そのまま渋い声で号令を掛ける。
「勇者様バンザイ! 勇者様の旅路に女神シュール・エアラ様の祝福あれ!」
「「「勇者様バンザイ! 勇者様の旅路に女神シュール・エアラ様の祝福あれ!」」」
村長と同じセリフを唱和しながら、動きを合わせて天高く腕を振り上げて馬車を見送る。
教会の鐘の音がいつまでも鳴り響いていた。
「世界に平和を! レルト王国に栄光を!」
「「「世界に平和を! レルト王国に栄光を!」」」
アルトさん、バネッサさん、サリィちゃんの3人はボロボロに涙を流している。
村人の中にも、テッド君と仲が良い人たちは同様に泣いている者がいた。
バンッと馬車の窓が開き、テッド君が顔を出す。
「みんな、俺、世界を救ってくるぜ! 必ず帰ってくるからな!」
テッド君は必死に、こちらに向かって手を振っていた。
俺たちの声も益々大きなものとなる。
「勇者テッド様バンザーイ、バンザーイ、バンザーーーイ!」
「「「勇者テッド様バンザーイ、バンザーイ、バンザーーーイ!」」」
テッド君を讃える唱和は、馬車が見えなくなっても続いた。
こうしてテッド君はノール村を旅立ったのである。
【おまけ】
・その時、教会の二人は
「遠くの景色が目の前に! しかも声まで聞こえるなんて! アルシエ様、これ凄く便利な奇跡ですね!」
ノエルのはしゃいだ声が響いた。
現在、教会の居間には、アルシエの力によって、テッドが家族と抱き合っている場面が空中に投影されていた。
まるで彼らが実際に目の前にいるかのような不思議な臨場感。読者諸兄にはテレビを見ているかのような、と言った方が分かりが良いであろうか。
ともかく、ノエルは初めての、文字通り奇跡の体験に興奮していた。
「せっかくの“勇者の旅立ち”という歴史的な出来事です。旅立ちの鐘を鳴らすという重大な役目があるとはいえ、ノエルも見逃したくはないでしょう?」
アルシエは、今後この国の歴史書に記されるであろうノール村の大イベントをノエルが見られないのは可哀想だと思い、この上映会を開いたのだ。
「う〜ん、まあ、そうですかね? 確かに見逃したら勿体ない……と思うかも?」
しかし、肝心のノエルの反応は芳しくない。
彼女はちょっと申し訳なさげな顔で首を傾げていた。
「あんまり興味がないのですか?」
「興味がない……と言いますか、主役がテッド君だし、見れないなら別に……みたいな? です」
「……なんとなく気持ちは分かる気がします」
全てはテッドの日頃の行いによるものであろう。女性陣からのテッドに対する評価は、それほどまでに地に落ちていた。
「それに、サリィちゃんたちの涙は見ていて辛いものが……。本当なら私もあそこに居たんですよね?」
「……そうですね。予定では、カインとサリィが旅立ち、ノエルはグシャグシャに泣いていたはずでした」
「……それは、嫌、です……」
「知っています。だから、神に逆らったのでしょう?」
「……はい」
「なら、せめて彼女たちの涙を覚えておきなさい。あなたの分も流した涙です」
「はい……!」
「まあ、サリィを勇者に選んだ私が言うセリフではありませんが」
「それは……そうですね!」
映像では、テッドが友人や知人と別れの挨拶をしていた。画面後方にはカインやメルド村長の姿も映っている。
「アルシエ様っ、この奇跡は素晴らしいですね! 普段はなかなか正面から見れない兄さんの仕事姿! いや〜、最高ですね。もっと兄さんを拡大できたりしませんか?」
「……できますが、テッドが見切れますよ」
「構いません! お願いします!」
「……」
アルシエが無言で手を叩くと、投影されている映像は、カインを中心として大きくズームされた。アルシエが言った通りテッドは見切れ、彼の声だけが流されている。
「おおっ!」
ノエルはヨダレを垂らさんばかりのはしたない表情で映像のカインに詰め寄った。
彼女はまじまじと映像を見つめ、上から下へとニヤニヤ笑いながら視線を動かしている。
アルシエは処置なしと言わんばかりの諦め顔だ。
「実物の兄さんが一番とはいえ、これはこれで中々良いですね。触れられないのは残念ですが、凛々しいお顔をこんな間近で見られるなんて! ……キスしてみましょうか?」
「……ノエル、あなた、私が居ることを忘れていませんか?」
結局、鐘を鳴らす時間になるまで、ノエルは映像にへばりついてカインを眺めていたのであった。




