使者の到着
ラガン様が部屋を出て行ってから程なくすると、教会の玄関からドンドンドンと大きなノック音が聞こえてきた。
ノエルがそちらの方向へ顔を向ける。
「誰か来ましたね」
ノエルが喋っている間もノックは続いている。
何やら焦っているのか、かなり乱暴な叩き方だ。
「おそらく村の人だろう。例の使者御一行様が到着したんじゃないか? ちょっと出てくる」
俺は小走りで玄関に向かった。
「お待たせしました! 今、開けます!」
大きな声で外に呼び掛け、玄関のドアを開ける。
案の定、そこにいたのはノール村の子供であった。
「ああ、カイン神父様! よかった、いらっしゃった! すみません、大変なんです、村に来てくださいっ」
「落ち着いて、セイ君。そんなに慌てて、一体どうしたのっ!?」
村人はセイという名前の少年である。歳は15、濃い茶髪を短く刈り上げた、大工見習いだ。やや慌てん坊だが、善良な少年である。
村からここまで全力で走ってきたのだろう、彼の額からは滝のような汗が流れ、肌着がグッショリと濡れていた。
「ほらっ、深呼吸をして。そうそう、ゆっくりとね。――落ち着いた? さあ、話してごらん?」
「はい、神父様」
セイ君は上半身を捻って後ろを向き、村の方を指差した。
「村に偉そうな人がいっぱい来たんです。それで村長が、『急いでカイン神父様をお呼びしろ』って。……あの、王都からお役人様やお坊様がテッドを迎えに来たんでしょうか?」
「う〜ん、それはまだ分からないな。ともかく、すぐに村に行くよ。ただ、ちょっと準備があるから待ってて」
「分かりました!」
セイ君を玄関に待たせ、一度居間に戻ることにした。
「どうでしたか、兄さん?」
「やっぱりそうだった。セイ君が知らせに来てくれたよ」
「セイ君だったんですか」
「ここまで走ってきたみたいだ。汗びっしょりだったから紅茶でも飲ませてやろう。ノエル、頼む」
ノエルは「はい」と返事をして、紅茶を入れるコップを取りに台所に向かった。
「アルシエ様、そういうわけなので俺たちは村に行ってきます」
カチャリと音を立て、アルシエ様のティーカップがソーサーに置かれた。
「ええ、わかりました。問題は起きないでしょうが、あの勇者です、どんなトラブルを起こすか分かりません。十分に気を配りなさい」
「はい」
後から聞いた話だが、今回の魔王討伐に関してアルシエ様は予知をしないと決めたらしい。「どうなるかは人間次第です。頑張りなさい」との事だ。
……今更だが、テッド君に任せて本当に大丈夫だろうか? 一月経ったら真っ先に「テッド君が魔王討伐できるか」を《予知》しないとな。不安でしょうがない。
……ダメだったら、魔王相手にどうやって介入しよう……?
閑話休題
「カイン、私は今回、ここから成り行きを観ていることにします。なにせ勇者の旅立ちですからね。少しは気になります」
「ここからですか? どうやって……でもできますね、アルシエ様なら」
ティーポットからコップに紅茶を注いでいるノエルが呆れたように言った。
「何か聞きたいことがあったら《念話》をしてください。ですが、物事の判断は全てあなたたちがするのですよ」
「それで構いませんが……多分、俺たちが意見できる事なんて無いですよ。相手は陛下や猊下の御使者様なわけですし、普通なら口を利くことさえ許されませんよ」
向こうに着いたら、おそらく村長たちは地べたにひれ伏しているだろう。そして、使者様に聞かれたことだけを答えているに違いない。使者様のお人柄にもよるが、それ以外は口を開くことも許されないはずだ。
「それならそれで結構です。あなたたちが最も優先すべきはテッドがトラブルを起こした時の対処です。何も、国や教会を動かせなんて言いません。やれる範囲で頑張ってください」
「それなら……まぁ……」
アルシエ様から激励? を受けている間に出発準備(と言っても最低限の身嗜みを整えただけだが)はできた。あんまり村のみんなを待たせられないし、とっとと行こう。
「ノエル、準備はできたか?」
「はい、兄さん」
「よしっ。――それではアルシエ様、いってきます」
「はい、いってらっしゃい」
アルシエ様に手を振って見送られながら俺たちは居間を出た。
セイ君が待つ玄関に戻ってきた。
「すまない、待たせたね」
「いえ、大丈夫です。あっ、シスター・ノエルも一緒に行くんですか?」
こちらに気づいたセイ君は居住まいを正した。
「ええ、私も参ります。ですがその前に――セイ君、喉が渇いていますよね? はいッ、これを飲んでください」
見惚れるような営業スマイルを浮かべたノエルがセイ君に紅茶入りのコップを手渡す。
笑顔の美少女と手が触れ合い、純なセイ君は顔が真っ赤だ。分かりやすくドギマギしている。
(……同じ男として気持ちは理解できるが、俺のだからな? 勘違いするなよ?)
「あ、ありがとう! ……えっ、これって紅茶ですか!? こんな高級品、俺なんかが飲んでも……?」
コップの中身を覗き込んだセイ君がギョッとした顔つきになる。
紅茶は中流階級以上の人間が好む飲み物だ。ド田舎の大工見習いであるセイ君には縁がない物だろう。
「知人からの貰い物なんだ。役得だと思ってグイッと飲んでくれ」
「はいっ、ゴチになります!」
俺が言った通り、セイ君はグイッと勢いよく紅茶を飲み干した。
「……俺、こんな美味い飲み物初めてです」
呆けているセイ君からコップを受け取り、その辺に置いておく。
「ははっ、喜んでくれて良かった。急がせて悪いね。今度はゆっくりと紅茶を淹れてあげるよ」
「いえいえ!? 何度もご馳走になったら嫉妬した母ちゃんと姉ちゃんにシバかれちまいます! それより早く行きましょう。村長たちが待ってます」
「ああ、そうだね。行こうか」
俺たちはセイ君にせっつかれながら外に出た。
ノエルが玄関の鍵を閉めたのを確認し、一路村長宅へ向かうのであった。
村に到着すると、予想した通り村中が大混乱していた。
村民という村民が往来に出て、お役人様がどうしたこうした、テッド君がなんだかんだと騒いでいる。
人口の少ないノール村とはいえ、これは中々の密度だ。
「あっ、カイン神父様! シスター・ノエルも!」
誰かが俺たちに気がついたようだ。視線が一斉にこちらを向いた。
そのままワッと詰め寄ろうとする村人たちをセイ君が大声で止めた。
「待った待った、神父様たちをお役人様方がお待ちなんだ! 急いでいるんだよぅ!」
ピタッと村人たちの足が止まる。
ちょうど俺たちの周りに半円状の人垣ができた形になった。
「すみませんが、そういう訳なんです。お通し願えますか?」
「ごめんなさい、急いでいるんです!」
俺とノエルに言われ、村の人たちは道を開けようとしたが、一度密集してしまったので少しゴタついている。
「お、おぅ、そうだな。邪魔しちゃいけねぇや」
「ノエルちゃん、あとで話を聞かせてちょうだいね」
「きゃっ、気をつけなさいよ。足を踏んでるわっ」
「ごめんなさい、すぐに退きます!」
「下がれ下がれ! 道開けろ!」
俺たちは人と人の隙間を謝罪しながら通り抜けた。
その後、真っ直ぐ村を進んで村長宅に到着後する。村長宅は集会所のすぐ近く、木造2階建てのそこそこ大きな家だ。
村長宅の玄関先には2頭立ての立派な馬車が2台停車していた。その脇には従僕だろうか、見慣れない男性が馬の面倒を見ている。
他にも、村長宅の馬小屋に目を向けると、この村ではお目にかかれないような駿馬が数頭繋がれていた。おそらく使者様の護衛か何かの馬だろう。
(馬車には、それぞれ王家と教会の紋章がデザインされているな。どうやら本物みたいだ。……まあ、この2つを敵に回す詐欺師はそうそういないだろうけどな)
俺は横目で馬車を確認した後、村長宅のドアをノックした。




