3つの奇跡
ノエルの能力設定に無理がありましたので、「勇者である証明」と「不服であろうとも」に記述した《念話》の説明を変更しました。
読者の皆様、まことに申し訳ございませんでした。これからも『ロクデナシ神父のアポスタシー』をどうかよろしくお願いいたします。
「二人に紹介したい者がいます」
臨時集会の翌日、予定では国と教会の使者一行がノール村に到着する日である。
朝食を食べ終え、居間で紅茶を飲んでいると、アルシエ様がそんな事を言ってきた。
因みに今日の彼女の服装は飾り気の少ない貴族風のドレスだ。薄桃色の可愛らしいデザインである。
「紹介? 俺たちにですか? まさか……天使様?」
アルシエ様が紹介するなんて、それしか考えられない。
案の定、アルシエ様はコクリと頷いた。当然と言わんばかりの顔つきだ。
「天使……まあ、そうですね。私の部下です。例の使者たちを見張らせてましたが、その者らがもうすぐノール村に着きそうなので、先行して来てもらいました」
「何で言い淀むのですか?」
ノエルが首を傾げた。確かに俺もそこは気になった。
ギュッとアルシエ様の眉間に皺が寄る。
「……性格にいささか難があるのです。不真面目でいい加減。はたして彼が『天使』と称されるに相応しい存在なのか……。ああ、あなたたちとも縁がありましたね」
「「はい?」」
(俺たちと? 天使様が?)
「面識は無いですけどね。その辺りは本人を交えて話をしましょう。――入りなさい」
「へーい」
アルシエ様が部屋の外に声をかけると、男性の声で気怠げな返事が返ってきた。
そして、居間のドアがガチャリと開けられ、長身痩躯で猫背の若い男が入ってきた。
見るからにズボラな、全身真っ黒な男である。背中まで伸ばしたボサボサの髪も、眠たそうに半分閉じた目も、ダルンダルンの服も、全てが黒で統一されていた。顔立ちが整っている分、残念さが際立っている。
「天使……様……?」
ノエルが唖然とした顔で男を見つめる。多分、俺も同じ顔をしているだろう。
「はぁ〜、やはりこういう反応になりますよね……」
アルシエ様は頭痛を堪えるように頭を抱えている。
「カイン、ノエル、紹介します。彼の名前はラガン。天使としてはラガエルと呼ばれてます」
「御紹介にあずかりました、ラガンで〜す。カイン君、ノエルちゃん、その節はかなりお世話になったけど、まっ、主様と違って恨み言を言う気は無いんで、安心して。以後、よろしくっ」
ラガン……様は、にへらと笑って手を振ってきた。まるで威厳を感じない態度である。
「ラガン、一言多いですよ。まるで私が心の狭い女みたいではないですか」
アルシエ様がキッとラガン様を睨みつけるが、ラガン様は意にも介さず、ヘラヘラと笑い続けている。
「被害妄想ですよ〜。あんまりカリカリすると小皺が――おっと、一言多いって言われたばかりだった。シッケイシッケイ」
「あなたねぇ……ッ」
ラガン様は「すいませーん」と軽い口調で詫び、のったりとした動きで空いているイスに座った。
(俺たちが言えたことではないが)アルシエ様に対するこの態度といい、その名前といい、驚くべきことばかりである。
「あの……ラガエル様って確か、『安寧』を司る大天使様でお間違えありませんよね?」
ノエルがおずおずと手を挙げて質問する。
「うん、そうだよー。大天使ラガエル。趣味は昼寝、好きなことはゴロゴロしていること、嫌いなことは主様に面倒なご命令をされること。ほらっ、服装も見ての通り、ゆったりスタイル」
「『安寧』ってそういう意味だったのですか……」
「イメージが……」
俺もノエルも空いた口が塞がらない。
エアリス教の古い教典にも載っている、位の高い天使様がまさかこんな性格だったなんて……。
(いや、女神様がアレなのだから、推して知るべしなのかもしれない)
そんな事を考えたからだろうか、アルシエ様がこちらを訝しげに睨んでいる。
「……カイン、失礼な事を考えていませんか?」
「いえ? 何も」
「……そうですか」
アルシエ様は「はぁ」とため息一つして、諦めたような顔で話を続けた。
「……まあ、ともかく、二人とも誤解しないでください。彼のような残念な部下は……他にもいないことはないですが、大多数は真っ当な者たちです」
「主様、ひでぇー。俺だって、マジメに働きますよ〜。例えば、世界最後の日とかだったら本気出します。ただ、それまではちょーっとだけ、気ままに生きたいだけなんです」
ラガン様はいかにも「心外だ」と言わんばかりの表情だ。ただ、言っている事は酷い。
アルシエ様はますます頭が痛そうだ。
「アルシエ様、先程言っていた俺たちとラガン様の“縁”とは何でしょう? ラガン様も、『お世話になった』とおっしゃっておられましたが……」
先程から気になっていたことを尋ねてみる。
正直、心当たりはある。俺たちが天使様と関わり合いになったのは、あの時しかない。
アルシエ様は淡々と答えた。
「先日、サリィを勇者にするために魔物を山に放したでしょう? あれの実行役がラガンなのです」
「うっ、やっぱり……」
「勘づいてましたか。――そう、私はラガンに『サリィを勇者にするように』と命令して、魔物を預けたのです。……知っての通り、あなたたちのせいで結果は散々でしたが……」
「「……」」
(気まずい……)
「兄さん……」
「ああ……」
ノエルと頷き合い、二人でラガン様に向かって頭を下げる。
「「すいませんでした……ッ」」
「まあまあ、二人とも。俺は気にしてないからさ、頭を上げてよ」
頭上からラガン様の気さくな声が聞こえた。
どうやら本当に怒っていないようだが、そんな彼をアルシエ様がピシャリと嗜める。
「少しは気にしなさい! 第一、あなたが魔物を放った後に居眠りなんてしていなかったら、テッドなんかが勇者になったりなどしませんでした! ちゃんと最後まで見届けなさい!」
アルシエ様に怒鳴られてもラガン様は平然と言い返した。
「仕方ないじゃないですか、あの日はポカポカ暖かい絶好のお昼寝日和だったんですよ。寝るに決まってるじゃないですか。それに、本当だったら俺が寝ててもサリィちゃんが勇者になったはずでしょ? 誰もカイン君たちが“奇跡”を起こすなんて思いませんて」
「むぅ……っ」
アルシエ様が押し黙った。なんだか複雑そうな顔をしている。
「奇跡……ですか、俺たちが?」
ノエルがポンと手を叩いた。
「……もしかして、アルシエ様の計画を狂わせた事でしょうか?」
その答えを聞いて、ラガン様が楽しそうにパチパチと拍手をした。
「正解! そう、カイン君とノエルちゃんは主様の計画をメチャクチャにした。それはまさしく奇跡と呼ぶべき偉業だったんだよ! 人の身で奇跡を起こす、それも3つも! いや〜尊敬しちゃうな〜。主様が二人を気に入るのも分かるよ」
「ラガンッ!」
アルシエ様が顔を真っ赤にして叫んだ。
ラガン様はますます楽しそうだ。
「アッハッハ、主様の照れ顔! これは珍しいものを見れた! みんなに自慢しないと!」
「ぐぬぬ……っ」
アルシエ様は憎々しげに唸っている。今にもラガン様に殴りかかりそうだ。
「アルシエ様、落ち着いて!」
「ラガン様も煽らないでください!」
教会で女神様と天使様が揉めるなんてシャレにもならない。俺たちは二人がかりでアルシエ様を宥めるのだった。
「それで、“3つの奇跡”って何ですか?」
俺が尋ねると、アルシエ様はブスッとしながらも答えてくれた。
「……カイン、あなたが《予知》を使えるように、私も未来を予知できます」
彼女は息をするように奇跡を起こせる方だ。そのくらいできて当たり前だろう。
「私は理想の世界を創り上げることを計画してます。その計画において勇者はその重要なファクター。当然、最善の結果になるように事前に何度も予知をして検証しました。あなたたちが想像もつかない程の回数を、ですよ。カインと違って私の予知に回数制限はありませんからね」
「アルシエ様の理想の世界ですか?」
どのような世界だろう? 争いの無い平和な世界だろうか?
「……まだまだ何千年も先の話です。あなたたちが気にすることではありませんよ。――ともかく。検証の結果、サリィを勇者にして、カインをそのお供にするのが一番効率が良いという結論になりました。……あとは私が働きかけるだけです。私は確実に成功する日を予知しました。それが、あの日、あのタイミングだったのです」
「主様の予知的中率はもちろん100%……と言いたいとこだけど、正確には極めて低い確率で外れるんだ。ああ、これはカイン君の《予知》も同じだよ。万に一つ……どころじゃ無いね、まっ、例えようも無いくらい低い確率で外れるんだよ。この世界に絶対なんて無いのさっ」
ラガン様はそう言って美味しそうに紅茶を飲んだ。因みに、彼は先程アルシエ様にねだって、この紅茶を出してもらっていた。
「えっと……そんな大それた事だったのですか? お言葉ですが、お互いにかなり杜撰な計画だったような……」
「ですよね。テッド君を身代わりにしたのもダメ元でしたし、そもそもアルシエ様が兄さんに神託を下さなかったら私たちは計画に気付きもしませんでした」
俺たちが恐る恐る口を挟むと、ラガン様は「フッ」と笑って肩をすくめた。
「主様の予知はそんな事では外れないよ。カイン君の《予知》は介入することで未来を変えられるけど、主様が予知した事は人間が何をしようと変わらない……はずだったんだ。本来はね」
アルシエ様がコクリと頷く。
「あなたたちがどんな悪あがきをしようとも、『サリィが勇者になる』という事と、『カインが勇者のお供になる』という二つの目的は必ず達成されるはずでした。しかし、結果は知っての通り、両方とも達成ならず。――こんな事は初めてです。自覚は無いかもしれませんが、カイン、ノエル、あなたたちはとてつもない偉業を成し遂げたのですよ」
誇りなさい、と言ってアルシエ様はふんわりと微笑んだ。心からの賛辞がこもった、計画が失敗したことをむしろ喜んでいるかの様な笑顔だ。
「あれ? サリィちゃんと兄さんの件で2回奇跡が起きたという計算ですか? では、あと1回は何ですか?」
ノエルが指折り数え、小首を傾げた。
「確かにそうだ、一つ足りないな。……運良くラガン様が居眠りをしたことですか?」
ラガン様がニヤ〜ッと唇を吊り上げる。悪戯っぽい笑顔だ。
「そんなまさか! 俺が居眠りするのはいつもの事さ。3つ目の奇跡はね、主様がキミたちと――モゴっ!」
突然、血相を変えたアルシエ様が雷光のごとき速さでラガン様の口を手で塞いだ。かなり焦っているようで、耳まで真っ赤に染まっている。
「ラガンッ、余計なことは言わないでよろしいッ! 仕事に戻る時間です、下がりなさい! カインとノエルも、それについては秘密です! 大した事では無いので、気にしないでください! ――いいですねっ!」
言っていることがメチャクチャだ。
しかし、興奮しているアルシエ様にそんな反論などできないので、俺たちはコクコクと無言で何度も頷いた。
「――プハッ! 主様、苦しいですって。勘弁してくださいよ。……はいはい、そんなに睨まなくても仕事に戻ります」
ラガン様がアルシエ様を振り解き、イスから立ち上がった。
「それじゃ二人とも、また会おうね〜」
彼はそう言って軽い足取りで部屋を出て行った。最後まで掴みどころの無い天使様である。
「アルシエ様、何と言うか、すごい天使様でしたね……」
「……アレにはこれからも仕事を振るつもりですので、一度顔合わせを、と思いましたが失敗でした。……今度、またキツイお仕置きをしなければ……」
アルシエ様はまだ赤い顔を落ち着かせるためか、ゆっくりと紅茶を口にした。
【補足】
・《念話》について
ノエルが《念話》をかけられる相手には条件があります。それは発動対象の顔を一度でも見ることです。
過去に一度でも見ていれば、その人の顔が怪我や加齢で変わっても《念話》の発動対象にできます。
距離は無制限。遅延もありません。
《念話》で繋がった者同士はお互いに心の中で考えていることを聞くことができます。
基本的に思考は筒抜けになるのですが、“相手に伝えたくない”と強く意識しながら考えたことは《念話》の対象外となり、他の人に伝わりません。カインたちが念話中、心の中で独り言を呟く時は常にこの点に注意してます。例えるなら、「ここはオフレコ」と意識しながら考える感じです。
ノエルは、この自分の思考が伝わらないという点を利用し、コッソリと《念話》をかけて相手の思考を盗み聞きすることができます。
普通は、そんな事ができる人間がそばにいたらノイローゼになりますが、カインはそんなノエルを信頼して受け入れてます。
《予知》と同様に《念話》の加護者は強制的に国家に所属させられます。
非常に重宝されますが、《念話》も希少な【祝福】なので、大国にも20人くらいしかいません。そのため、王城を始めとした各種重要拠点にのみ配属され、連絡係として働いてます。
距離制限や発動条件は人それぞれです。
公式記録に載っている最も優秀な《念話》の加護者は、『相手の顔と名前を知っていれば、国内の何処にいても《念話》の対象にできた』とあります。
なお、言葉と共に感情が伝わる《念話》は、過去に事例がありません。故に嘘も吐き放題です。
また、ノエルの《念話》は例外ですが、通常、《念話》をかけると相手の頭の中にピリッと電力が走るので、盗み聞きはできません。