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「エピローグ:君を必ず、君に必ず」

 ジェーン、もといパーシアのおかげでヘラお母様は一命を取り留めた。

 レザード、そして僕ら家族の嘆願の結果、『カリンガの夜鷲よわし』に操られ抵抗出来る状態ではなかったとして罪を減じられ、7年間の投獄という形で納まった。

 本来なら終身刑の予定だったのだから、これはもう望外の結果と言える。


 しかしレイミアは大いに悔しがっていたそうだ。

 お姉さまと一緒に毎日面会に行くからいいもんねと、病院のベッドの上でぷんぷんしながら言っていたそうだ。


 自然に僕が巻き込まれている形なのはともかくとして、なぜ伝聞調なのかと言えば、僕はあの日──『カリンガの夜鷲』を撃滅したあの夜以降──レイミアに会っていなかったからだ……。





「……アリアお嬢様、そろそろノックをされてはいかがでしょうか」


「いやいや、まだ早いだろう。もう少し気持ちが落ち着いて余裕が出来てからだなあ……」


「……そうおっしゃられてから、かれこれ三十分になりますが」 

 

 ベスはため息をつきながら、廊下を行き来する入院患者たちにお辞儀をしている。


「わかっている。わかってはいるのだが……」


 レイミアが使用している個室の前で、僕はなかなかノック出来ずに立ち尽くしていた。

 

 ──死んでいい人なんか、この世にいないんだよ!


 あの時、僕は一瞬ヘラお母様の死を願った。

 僕たちのことを騙して、レイミアを傷つけ、あまつさえ売り飛ばそうとしたのだから、報いはあるべきだと思って。

 レイミアの家族へのこだわりを察しながら、無視しようと考えた。


 それをレイミアは許さなかった。

 今まで見たこともないような厳しい顔で、口調で、僕を叱った。

 

「色々あって、気まずくてな……」


 正直に言うならば、僕は怖かったのだ。

 レイミアに嫌われたのではないだろうか、幻滅されたのではないだろうか。

 次に会った時にまた叱られたり、あるいは無視されたりといったハメにあうのではないかと思って、なかなかノックが出来ないでいた。


「……ベスにはよくわかりませんが」


 ため息をつくと、ベスは僕の横に立った。


「何があってもレイミアお嬢様は、アリアお嬢様を嫌ったりしませんよ」


 僕の不安を見抜いたのだろう、代わりにノックしてくれようとした。


 その瞬間──

 

 ドタバタと激しい物音がした。

 大きな物をひっくり返したような音が、部屋の中から聞こえた。

 次いで、レイミアのものらしい悲鳴も──


「…………レイミアっ!?」


 僕は一瞬の躊躇もなくドアを蹴り開けた。

『カリンガの夜鷲』の残党か、あるいは別の破滅フラグがレイミアの身に降りかかったのではないかと思ったのだ。


「無事か!? いったい何が……っ」


「あああぁーっ! 開けちゃダメえええぇえぇえぇぇぇー!」


 開いたドアの隙間から、しゅるりと小さな生き物がベスのスカートをくぐるようにして部屋の外に出て来た。 


「きゃっ!?」


 ベスが悲鳴を上げ。


「あああああー! 待ってええええー!」


 レイミアが残念そうに手を伸ばしたが、小さな生き物は素早く廊下を走り、どこかへ消えた。


「あああああー……猫ちゃんがあー……」


 ぺたりと床に座り込み、残念がるレイミア。


「せっかくお友達になれたのにいー……」


 どうやら野良猫を連れ込んでいたらしいのだが、逃げられるようならそれは友達とは言わないだろう。

 などと思っていると……。


「もうーっ、お姉さまが急にドアを開けるからーっ」


「うっ……すまない」


 恨みがましい目で見つめられ、僕は言葉に詰まった。


「激しい物音がしたので、何かあってはいけないと思って……」

 

「なーんて、ウソウソ。いいんだよ。猫ちゃんにはまた会えるから」


 そう言うと、レイミアはケラケラ笑った。


 かと思うと、一転唇を尖らせてすねたような表情をした。


「それよりお姉さまっ。ちょっと冷たいんじゃない? 全然レイミアに会いに来てくれなくてっ」


「うっ……すまない。最近忙しくて……その……あれやこれやがあって……」


 しどろもどろになって弁解する僕をじっと見つめると、再びレイミアは笑い出した。


「なーんて、ウソウソ。いいんだよ。今日来てくれたから許してあげるっ」


 ふと見ると、レイミアはすでに普段着のドレスに着替えていた。

 荷物は今の騒動で一部が崩れているが、まとめればすぐにでも出発できそうだ。


「レイミアお嬢様。お荷物の方はベスにお任せください」


 猫の衝撃から立ち直ったベスは、テキパキと荷物をまとめると小脇に抱え上げた。


「ありがと、ベス。さ、お姉さまっ」


 レイミアはバッと両手を広げると、自分を抱き上げるよう僕に促してきた。


「あ、ああ……」


 言われるがままに、僕はレイミアを抱き上げた。


「えっへっへー。ひさしぶりだねー、お姉さまーっ」

 

 僕に抱き上げられたことがさぞや嬉しいのだろう、レイミアは満面の笑みを浮かべた。


「ああ……そうだな、ひさしぶりだ」


 不思議だな、と思った。

 レイミアの顔を見る、会話をする、肌に触れる。

 同じ空間に、共に在る。

 

 ただそれだけで、今まで抱えていた気まずい思いが溶けて消えていくような気がする。

 一連の騒動の中で、怯え、恐れ、ささくれ立って傷ついていた自分の心が、端から癒されていくような気がする。


「ねえねえ、今度お姉さまも猫ちゃんに会わせてあげるねっ。レイミアのお友達なんだからっ」


「お友達はいきなり逃げたりしないと思うが……」


「そんなことないよー。猫ちゃんだって機嫌悪い日はあるんだもん。今日はたまたまそうゆー日だっただけ。次に会った時にはきっとお腹を見せてにゃんにゃん言ってくれるんだから」


「まあ、再び見つけることが出来ればの話だが……」


「それもだいじょーぶっ。レイミアはゆうしゅーな探偵だからね、猫ちゃんがどこに隠れていても見つけ出してしまえるのっ」


 胸を張って偉ぶるレイミアと、他愛ないいつもの会話をしながら。

 僕はこんなことを思っていた。


 レザードの言う通りだったなと。

 あの時、誰ひとり殺さずに済ませられて良かったなと。


 もし誰かひとりでも殺していれば、この手を再び血に染めていれば、僕はきっと、こうしてレイミアを抱き上げることは出来なかっただろう。

 だって、けがれた手で抱き締めるには、このコはあまりに清く、純粋すぎる。


「………………なあ、レイミア」


「んー? なあに、お姉さま?」


「これから先、何があっても僕が君を守るからな」


「ホント? 何があっても?」


「もちろんだ。どんな悪党が君を狙っても、どんな事故や災害が君を襲っても、必ず僕が、君を守る」


「わああーっ、ありがとうっ」


 頬を染めて喜ぶレイミアに、僕は重ねて約束をした。


「いつか君に話すよ。僕の前世のこと。どうやって育ったか、何を思って生きていたか……」


 そして話そう。

 君の本当の姉のこと。

 僕がこなしてきた本当の『任務』のこと。


 聞いたら君は、どう思うだろうか。

 怒るだろうか、軽蔑するだろうか。

 将来の名探偵として、逮捕しようとするのだろうか。


 いや、たぶんそのいずれでもない。

 きっと君は、こう言うはずだ。

 

 よく頑張ったねって。

 よく話してくれたねって。

 お姉さまのことがまたひとつわかって、嬉しいよって。

 善意に満ちた、いつもの笑顔で。


「へええー? 面白そうっ。どんなことかな? 楽しいことかな?」


 きゃっきゃと喜ぶ彼女の表情を見ながら、その優しさに寄りかかるようにしている自分のことを愚かしく思いながら、僕は病室を出た。


「さて、どうかな。向こうにいた時に、面白いとか楽しいなんて、僕は一度も思ったことがないから……」


「ウソウソ、そんなことないよー」


「あるさ、だって僕はその時……」


「だってほら、お姉さま今、笑ってるもんっ。すんごく優しい顔してるもんっ」

 

「僕が、笑って……?」


 驚いた僕が廊下にあった鏡を見やると、そこには微かに口元を歪めた僕が映っていた。


「ああー、違うのっ。さっきまではホントに笑ってたのっ。なんか懐かしいみたいな、そんな感じでっ。ほら、ここをこう……こうだよっ」


「や、やめりょりぇいみあ……っ」


 口元を引っ張って無理やり笑わせようとしてくるレイミアの手から、僕は懸命に逃れようとした。

 しかし両手はレイミアで塞がっているので、しかたなく顔だけを動かした。

 そうすればするほどに表情は歪み、笑顔とは似ても似つかぬ何かになって……。


「あっははは、お姉さま面白いお顔っ。あははははははっ」


「もう、ひどいなレイミアは、自分でそうさせたくせに……ぷっ、はははははっ。これはたしかにひどい顔だ」

 

 明るく笑うレイミアにつられて、僕は噴き出した。


「あっ、今……っ?」


 レイミアが目をまん丸くして驚いた。


「出来たっ、出来たよお姉さまっ」


「本当か? ……あっ本当だっ」


 鏡の中の僕は、たしかに笑っている。  

 それまでさんざん練習してもなお出来なかった笑顔が、ウソみたいにあっさりと出来ている。

 それが嬉しくて、おかしくて、僕はまた笑った。


「あははははは、本当だっ、あはははははははっ」


 僕の笑い声に気づいてだろう、控室から皆が顔を覗かせた。

 レザードにロレッタ嬢、ディアナにアレクにパーシアも。

 

 皆は一様に驚いた顔をしていた。

 昼間に幽霊でも見たように目をまん丸く開き、互いに顔を見合わせ──そしてすぐに、こぼれんばかりの笑顔になった。


「やったね、お姉さまっ」


 レイミアが、我がことのように喜んでくれている。

 それを見た皆が、手を叩いて祝福してくれている。


 それが嬉しくて、おかしくて。

 この世界の真ん中で、僕はずっと笑っていた。

 笑って、笑って、笑って──そしてなぜだろう──ちょっとだけ、涙が出た。





                ~~~Fin~~~

おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!

西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!


ここまでお付き合いいただきありがとうね。

これにて本編は最終回だけれど、アリアの話はまだまだ続いていくので、完結後もちょくちょく番外編として続けていくわ。

機会があったら長編も続けるかも、乞うご期待ね。


さて、そんな当物語が楽しかったという方は、下の☆☆☆☆☆で応援よろしくお願いしますね!

ブクマや感想もお待ちしておりますわ!

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― 新着の感想 ―
[一言] アリアが自然な笑みを浮かべるところで完結、とてもよかったです。前世とも継母ともけりをつけたことだけでなく、レイミアたちに与えてきたからこその笑いだと思いました。うるっとなりました。
[良い点] 作者さん、投稿はお疲れ様です! 無事完結おめでとうございます! 予想より早い完結、ちょっと寂しいですけどね。。。 確かにヘラお母様は悪事を働いだけど、殺されそうの原因はレイミアさんを庇うの…
[一言] 待ってます!
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