誓い
エピローグ。
他の国とどのような違いがあるかは分からないが、少なくとも、ここイグラディガルには結婚式の前に行う儀式がある。
シルビアも、結婚式を行う身として必要になって最近知ったことだ。
教会にて行う、神への報告。
身分によって場所も形式も様々な儀式だ。
現在、シルビアはアルバートと共に主教会へと赴いていた。
衣服は、儀式のための白く裾の長い──神官を思わせるものだ。
実際、実はジルベルスタイン家の人間は神官の資格を有している。血筋と、神通力があるという条件が揃えば、成人したときに資格が与えられるのだという。
『本職の神官』という言い方があるのは、これゆえだ。本職ではないが、神官の資格を有する者がいる。
この衣服は、国の一部の催事で着ることもあるもので、特にジルベルスタイン家の当主である養父が着ているところを何度か見たことがある。
花嫁衣装とは別で、動き難い構造をして、なおかつ重めの儀式服で、シルビアはアルバートと二人で主教会に入る。
ここでは決められた順序はあるが、進行をする人間はいない。ただ歩みを進め、掲げられた大きなイントラス神の印の前で止まり、最敬礼をし、神に誓いを捧げる。
他国に嫁ぐ人間が儀式をすることには、嫁ぐ国の神に挨拶をする意味も持っている。
「ああ、主教会に入ったのは初めて──ではないにしても、まともに入るのは初めてか」
「はい。このようにきれいな場所だったのですね」
控えめに中を見ていたつもりだったのだけれど、アルバートに気がつかれてしまったようだ。
前に、初めて入ったのは、魔物の気配を追って来たときだ。状況と、夜ということもあって不穏な場所という印象しかなかった。
けれど、太陽が登っている今、この場所はとても綺麗だった。
白を基調とした内装と、陽の光が取り込めるようにと天井に硝子になっている部分がある。そこから入り込む陽光が、白い室内を淡く染めて、進むほど眩しくなっていく。
大いに見上げることになる紋章の前まできて、シルビアは教えられた通りの動作を行う。
最後の一礼を深々とし、立ち上がり、顔を上げたときだった。
金色を帯びる光が、きらきらとイントラス神の印に降り注いでいた。印が金色に輝く。
とっさに天井を見上げれど、その向こうにある空は、晴天で太陽が眩しくて、光の出所は定かではない。
それでも天を見上げている間に、光はふっと消え、ただの陽光が残されるのみとなった。
あれは──。
不思議な光は消えたため、シルビアが視線を下ろしてくると、アルバートも空を見ていたようだ。どちらともなく目が合って、「終わったな」とアルバートが言った。
儀式は終わった。互いにあれは何だったのかとは言わず、一段上っていた段を下りる──一度下りたが、不意にアルバートがさっきの光にでも引き戻されるように振り返り、戻った。
「一つ、この機会に誓っていく。ちょっと待て」
「? はい」
アルバートがさっきとは異なる動作をしていく。先程と同じく無言なので、シルビアも静かに後ろで待っておく。
やがて、先程よりは少し早く終わったようで、下げた頭を上げたアルバートがこちらを振り向く。
「待たせたな。帰るか」
「はい。──何を、誓ったのですか?」
もしかして、こういうときに誓うことがあるのだろうか。そう思って聞くと、アルバートがちょうどシルビアの元に来たところで足を止めた。背後のイントラス神を表す印を見上げてから、シルビアを見下ろす。
「お前を一生守る」
そう誓ったと、彼は言った。
シルビアは驚いて一瞬目を見開き、そのあと瞳を曇らせた。
「どうした」
宿す感情に目敏く気がついたアルバートに、シルビアは少し躊躇ってから、言っておくべきで、伝えておくべきだと思って口を開く。
「……こわい、です」
「怖い? 何がだ」
「アルバートさんが、私を守ろうとしてくださることで、前のように傷ついてしまうことが。こわい、です」
シルビアのために、シルビアの代わりに戦ったこの人が、血を流したところを見た。
「私は、大丈夫です。いざとなれば、私が戦えば済むことですから」
シルビアには力があるのだから。
だが、
「俺はそれを望まない」
即座に否定された。
灰色の目が、強い意思をより強く宿し、視線も鋭くなっている。
「俺が守りたいから守るんだ。シルビア、それは当然のものとして受け入れてほしい。お前が狙われるときは、かなりの危険を伴うときだ。大きなものを相手にするときでもあるだろう。俺は、お前に傷ついてほしくない」
「……私も、アルバートさんには、傷ついてほしくないです」
「それなら傷つかないようにしよう。前のようにお前が連れて行かれないようにして、それでも狙う人間は門前で迎え撃つ。そして、お前が『女神』としての力を使わなくてもいいようにしていく」
アルバートは、シルビアの目を真っ直ぐに捉える。
視線を逃がさないように、目でもその意思を伝えるように。
「シルビア、何度でも言うぞ。俺は、お前に『女神』としてではなく、ただのシルビアとして生きて欲しい。だからお前が『女神』としての力を使うようなことはあって欲しくない」
シルビアがそう思うならこうする、ときっぱりと言い切ったアルバートの言葉に、シルビアは考えて、考えて。わずかに顎を引いて、頷いた。
そうすると、頭を撫でられて、優しい力に抱き締められた。
「……これは可能性の話だが、ここでだけ話しておく。これ以降はめったに言えないことだろう。だが、忘れるな」
他に誰にもいないにも関わらず、近くにいるシルビアだけに届けられるような小さな声が、近くで言う。
何だろう、と思いながらも、シルビアは続きをしっかり聞くべく待つ。
「父上は、母上と駆け落ちしようと思ったことがあるらしい」
「……え」
駆け落ち、とは、と意味を探すのに少しの間を要してから、思わず、アルバートの腕の中で彼を見上げた。
シルビアの反応に、アルバートは少し苦笑する。
「昔の話だ。当然、俺が生まれるより前の話。父上が母上に惚れたとき、母上には婚約者がいたらしい」
「そう、なのですか?」
アルバートは頷いた。
「母上は当初他国へ嫁ぐ予定だった。だが具体的な理由は知らないが『外交上の問題』で破談になったと聞いたことがある」
あの養父と養母にそのような過去が。そのような結婚の経緯が。
まるで、出会うべくして出会い、結婚したような印象を受ける夫婦だから、驚いた。
「以前、俺はお前が『ここ』から出ることを望むなら連れて行くと言った。あれは本心だ。念のため、その血が流れていることを覚えておけ。いざとなれば、お前のために何でもしてやるつもりの男が、ヴィンスの他にもう一人いる」
ここに、と、アルバートは真上からシルビアの目を深く覗き込む。
「愛してる」
あの日以来の言葉だった。
不意打ちでもされたように、シルビアが目を丸くすると、アルバートは「父上ほど言うのは得意じゃないんだ」微苦笑した。
養父は周りの耳も憚らず、よく養母に愛の言葉を囁く。それこそ日常会話の一部のような自然さで、互いに。
「これからも中々口にすることがないかもしれないが、一生変わらない。俺が一番守りたい人間、大切な人間、絶対にこの手から失いたくない。お前は、俺にとってそういう存在だ」
愛していると、再び彼は囁き、シルビアの額に口づけした。




