13 結末ー有希の場合<FA:九藤朋さんから>
達弘はジッパーの形をしたピアスを目の前につまみあげてみせる。
「美夏たちには俺が単独で有希を捕食したことにする。有希はこのピアスを首につけて、二、三日家に閉じこもっていてほしい」
「でもこれは達弘の……」
「花火をするよりずっと前から、こうしようと思ってたんだ。ちゃんとスペアも用意してある」
美夏と近しい私が狙われるのは避けられない。
達弘は私を救うために前々から計画を立て、危ない橋を渡ってくれた。
「ありがとう。こういうのつけたことないから、どうすればいいかわからないや」
「ピアスだから、体に穴をあけることになる。素人じゃ怖いかもしれないけど俺に任せてもらえないかな。有希は狙われているんだ。家から出ないほうがいい」
達弘の言う通り、美夏たちの追求を逃れるにはもうそれしかないように思えた。
「そうだね。お願いする。その前に教えて。私たちのほかに首のジッパーを知る人間は? そのうちこうしてピアスで擬態している人はどれくらいいるの?」
首にジッパーのボディピアスをつけて擬態する。
そのあとは今の達弘みたいに、嘘をつき続ける孤独な人生が待っている。
分かち合える仲間が、欲しかった。
「誰もいない。これまでも狙われている人を訪ねて打ち明けてきたさ。でも誰も信じてくれなかった。人間の想像力なんてたかが知れてる。実際に経験してみないとわからないんだって痛感したよ。ここにロックオンされた人間が生き残るための道があったのに」
達弘の目に涙が浮かぶ。
「家族は? 家族も信じなかった? あ、達弘の家は関東なんだっけ」
「小さな島だよ。俺が一番騙さなきゃいけない相手は家族だった。親が間近で人を喰らうのを見続けてきたんだ」
「……ごめん、辛い話させて」
達弘の知識は辛い経験で得たものなのだと思い至り、家族の話題に触れたことを後悔する。
「あ、ピアスのこと弟たちに話してもいい? 美夏は私の弟たちのこともよく知ってるの。狙ってくるかも」
「そうだね。でも彼らのピアスを準備できるまでは余計な不安を与えないで。正確に伝えないと危ない」
素直な弟たちならきっと私の言うことを信じてくれる。
唯人はこんなダサいのやだってゴネるかもしれないけど、口ばっかりで押しに弱いから大丈夫。
きっと守ってみせる。
「ピアスも俺のとっさの思いつきでたまたまうまくいってるだけだから、確実とはいえないかもしれないけど。他に道がないならやってみる価値はあると思う。本当に開けていい?」
「うん。いいよ。やって」
髪をかきあげ達弘の前に首の後ろを向けた。
ひんやりとした達弘の指が、私の首に触れる。
「ありがとう。信じてくれて」
これからは達弘のように擬態して美夏たちに怪しまれないように過ごす。
捕食の時も平然として、怪しまれないように傍で……って、どうやって?
「そうだ、達弘。集団で狩りをする時、私はどんなふうに……」
「ねーちゃんごめん! トイレ! もうがまんできんわ!!」
突然真人が扉を引き、勢いよく廊下に飛び出してきた。
そのままトイレに向かってダッシュする。
あまりの勢いに驚いて私たちは真人を振り返った。
「えっ……」
間近で見た達弘の首の後ろには、あるはずのないジッパーがキラリと光っていた。
ジッパーはわずかに開き、口から黒い点滴の管のようなものを垂らしている。
それはシャツの襟の内側に潜り、先端は……。
「どう……して」
「大丈夫。痛くないようにシテあげるね」
達弘が微笑む。
首にチクリと痛みが走り、そこからじわりと滲むように私の中に何かが侵入した。
侵入した液は細胞の間を押し開くように流れ込み、内側を張り詰めさせる。
圧がかかったのは一瞬。
細胞の膜はシャボン玉が割れるようにあちこちで弾けた。
「もう自由にしゃべることもできないよね。でも大丈夫。君は俺がうちでゆっくり溶かして、みんな食べてあげるから。隣のアパートに住んでるんだ。知らなかったろ。君の部屋もよく見える。さあ、歩いて。俺の念じた通りに」
達弘の声に導かれるように、一歩二歩と勝手に足が動いた。
体の内側で植物が根を張るように何かが神経の管を内側からなぞり、ぐんぐん伸びていくのを感じる。
ぼんやりと痺れたような感覚。
「弟君。これから有希さんと出かけてくるよ」
トイレから手を拭きながら出てきた真人に達弘が呼びかける。
真人は怪訝な顔をして片方のイヤホンを外した。
音楽を聴いていたんだ。
「ちょっと出かけてきます」
「げ。デート? ねーちゃんと? まじっすか!!」
「いやぁ。そんなんじゃないよ。サークルで明日からキャンプに行くからその準備」
達弘はふらつく私を抱き寄せるようにして朗らかに笑う。
「キャンプ! 初耳〜。ってか泊まりがけ? 二人きりじゃないですよね?!」
「まさか」
「いや、でもほんと色気ないねーちゃんですけど、弟思いだし、いいところもいっぱいあるんで。どうぞいろいろとよろしくお願いしやっす!」
真人の姿が、声が、ガーゼを透かして見るようにぼやけていく。
それからはもう、何も覚えていない。




