6話 彼の世界
「彼女の一番の敗因は、やっぱり戦力が測れなかったことかな?彼女の身体能力は確かにそれなりのものだったけどさ、それでも僕の方が強かったわけ。単純なことだったんだよ。酷く単純なことだった」
そう相性も何も関係ないパワーゲームに持ち込んだのだ。
能力を封じられた彼女に勝てる見込みなんてない。
「ふうん。それならさ、なんで彼女はそれに受けちゃったのさ?仮にも一度手合わせたのに戦力差がわからないって、それはいくらなんでも異常者としてどうなのって感じなんだけど?」
「彼女は僕との戦力差がわかっていたさ。だから最初は逃げ出して屍祈に僕の暗殺を依頼しようとした」
「ほほう、それは非常に賢い方法だね。正に最善の方法じゃないかな?」
「そうだね。だから僕もかなり焦ったよ。あの発言をされたときは僕は生きた心地がしなかったね。それじゃあ僕がとても困るからね。僕は自分の左腕に続き右腕も使用不能にした。その上で彼女を挑発。頭に血が上ったうえ、敵の戦闘力が落ちたこともあり彼女は僕との戦力差を正確に測れなくなった。そして逃げ出さずに僕と殺し合う決意をしてしまったのだった」
「ふむふむ、陸が巧妙に罠を仕掛けたってわけね」
「……」
「あれ?どしたの、陸?急に黙っちゃって」
「いつからいたんですか?郁さん」
いつの間にか僕の横には郁さんが立っていた。
しかも僕の高校の女子生徒の制服を着ているし……
あぁ、もう突っ込むな。突っ込んだら負けだ。
「いつからって、そうだねぇ。最初からいたよ」
「最初?」
最初とはいつのことを指しているんだ?
「それって、僕と七夕さんが戦っているときからっていうこと?」
「いえいえ。私が陸に仕事を頼んだときからだよ」
「は?」
「それからずっと、私は陸をストーキングしていたんだよ。ぶいぶい」
ピースサインをつくり僕にそれを押し付けてくる郁さん。
そんなことよりも、ワッツ?彼女は今なんておっしゃりましたか?
「犯人だった演技屋の彼女、かなり可愛いからねぇ。陸がフォーリンラブしないようにストーキングしていたのさ」
フォーリンラブ……恋に落ちる。
……
前から思っていたんだけど、今日は敢えて口に出させてもらう。
「玖浪も郁さんもさ……参乃川ってみんなバカじゃね!」
今回一番の教訓はそれだったりする。
「そんなアホなことをやっている暇があったら犯人を捜すことに専念してくれよ!仮にも郁さんが頼まれた仕事だろ!」
「いいんだよ、ぶいぶい。だって私は今回の犯人が彼女だって知っていたんだからね」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
犯人が、彼女だと、知っていた?
「え?何それ?どういうこと?」
「言葉の通りだよん。依頼人はもう犯人の特定は出来ていたのさ。それを私が陸に伝えないでおいてだけなのさ」
「???何で僕に犯人を教えてくれなかったのさ?というか犯人がわかってたんだったらさっさと捕まえればよかったじゃないか?」
犯人は証拠を何も残さなかった。
明らかに異常者の仕業だった。だから僕らのように異常者の殺し屋が動いた、んじゃなかったのか?
「結果良ければ、全て良しっていうことでいいんじゃないかな?」
「そんな言葉で纏めようとしない。結果良くても全てダメだからね」
「ありゃりゃ、誤魔化せなかったか。うーん、いろいろと面倒なことがぐるぐると混沌的に混ざりあってるから説明がまた面倒だからねぇ」
「いいから説明しなさい。僕には聞く権利がある」
「うわ、命令口調だ。横暴だよ。でもそんな陸も素敵」
うー、頭が痛い。
七夕さんに操られていたとき以上に頭が痛い。
何だこれは?新手の精神攻撃か?
「結論から言うとね、今回の依頼人灯狐ちゃんなのさ」
「灯狐が?」
あれ?僕も灯狐に何か頼まれていたような気がするけど、それはいったい何だっけ?
「灯狐ちゃんもあるところの依頼でね。つまり私のところに来た依頼は二重の依頼ってわけさ。ぶいぶい」
「ぶいぶいはもういいから。何で灯狐は僕らに依頼をしたんだ?彼女の実力があれば、七夕さんを捕まえるのはそれほど難しいことではないと思うのだけど」
「いえいえ、捕まえるのは難しいと思うよ。彼女、力の加減下手だから。殺しちゃうのが関の山じゃないかな?」
「あぁ、ありえるね、それ」
灯狐は滅茶苦茶でかい力を持っているけど、それを制御しきれていないというのが現状だ。
暴走気味の力。彼女と一緒に仕事をするとそういう面も気にしないといけないから、大変なのだ。
「それにね、彼女一度犯人と対面してるんだ。その時逃げられちゃってね。それで犯人に警戒されちゃったわけ」
……どこかで聞いたことがある話だな、それ。
「しかも犯人は十死だっていうじゃない。異常者とはいえ十死を殺しちゃったとあればいろいろな機関が黙っていないわけ。つまりファーストコンタクトで失敗した時点で灯狐ちゃんは彼女を捕まえるのを諦めたのさ。それで私たちに依頼したのさ。私たちなら同じ十死だから、弾みで殺しちゃっても灯狐ちゃん以上に問題にはならないしね」
「弾みでって」
「そう言えば、陸。その犯人の彼女殺しちゃったの?」
郁さんが倒れた七夕さんを指差して訪ねた。
「殺してないよ。気絶させただけ。見ればわかるだろ?彼女のどこにも傷がついていないことが」
「あら、本当。器用なことするね」
そう僕はあのとき彼女の首に斬撃ではなく打撃を打ち込んだ。
頚動脈を切りつけて殺そうかとも一瞬考えたのだが、その後すぐに殺してはいけないことを思い出し、急遽打撃に変更。彼女も死なずにすんだのだった。
「でもあっちの彼はそろそろ危ないんじゃない?」
郁さんが指差した先には血を流し続けている安田さんの姿が……
「ああ!忘れてた!治して、早く治して郁さん!」
「ちょっと、止血ぐらいしておいてくれないと……私でも死という運命を変えることは出来ないんだからね。あ、よかった。ぎりぎり生きてる。これならまだ戻すことが可能だね」
今回一番の貧乏くじはどう考えても彼、安田さんである。
七夕さんに殺されそうになって、更には操られて、最後に僕に瀕死にさせられたのだ。
僕以上に運がない人がいて、ほっと一安心。
「はぁ、能力使って疲れちゃった」
安田さんを治したようで、郁さんはこちらに戻ってきた。
「治療費百億兆万円でございまーす!」
「そんなバカみたいな数字の単位はいいから」
「あぁ、なんだか突っ込みに愛がないよぉ。むしろ恋がないよぉ」
「わけがわかりません」
……ていうか話をはぐらかされて気付かなかったけど、
「それで僕に七夕さんが犯人という情報を教えてくれなかったのは何でだよ?」
肝心なことを聞き忘れていた。
「灯狐が僕らに依頼してきたのはわかった。灯狐じゃ確かに七夕さんを捕まえるのは無理だっただろう。それは納得したよ。でも、それで僕にその情報が行かなかった理由は何なのさ?」
「それはとても簡単なことだよ。陸だって少し考えればわかるんじゃないかな?」
「……わかりません」
少し考えてみたけど、わからなかった。
「えー、わかんないの?簡単なのになぁ。ねぇねぇ、考えてみてよ。ストーキングしているときにさ、陸が犯人の情報を知っているのと知っていないの、どっちが楽しいかを」
「それが理由か!」
「冗談だよ。その理由は八割ぐらいだよ」
八割もそんな理由だった。
「今回の犯人、まあそこの女の子だけど、かなり警戒心が強くてねん。私も接触を試みたんだけどすぐに逃げられちゃったのよ。だから、陸には何の情報もなく、ただその犯人を探してって頼んだの。陸くんは犯人の情報を知らない。だから犯人と接触しても犯人だとは思わない。そこに隙が出来ると思ったのよ。案の定彼女は隙が出来て陸と戦おうとしたでしょ。つまりそういうこと」
「いやいや、おかしいでしょ?僕がもしも七夕さんに会わなかったらどうしたのさ?」
あのときたまたま七夕さんが屋上に行ったから、僕は彼女と会うことが出来たのだけど、彼女があのとき屋上に来なかったのなら、僕と彼女は永遠に会うことはなかったはず。
「会わないなんてことないよ。だってさ……」
郁さんは僕を指差し、笑いながら言った。
「陸って運が悪いから、絶対厄介ごとに巻き込まれるもん」
「何でそんな不確定なことを確定させているんだよ」
いや、実際その不確定要素は確定したわけなんだけどね。
「まあまあいいじゃない。さてと、それじゃあ彼女を頂いていくよ」
「うん。あぁ」
郁さんは気絶している七夕さんを肩で担いだ。
身体は細いけど、異常者だから力持ち。人一人担ぐのなんて朝飯前の郁さんだった。
僕も似たようなものだけど。
しかし、四人も人を殺した七夕織音……彼女はいったいどうされるのだろうか?
おそらく世間は彼女を殺人鬼と認定するはず。
そうなれば今までどおりの生活なんて出来ない。
七夕の地位も落ちる可能性もある。
僕にはどうでもいいことなのに、何故かそれがとても気になった。
「ねえ、七夕さんは、どうなるの?」
「ん?別にどうもならないんじゃないかな?」
「……は?」
どうもならないって何だ?
罪には罰が必要だろ?何の処分もくだらないということはないだろ?
そんな甘甘な世界ではないだろう、僕の住んでいる世界は。
「そこに落ちている小刀ね……」
七夕さんを抱えていない左手で、郁さんは指差した。
さっきから指差すの好きだな。
「それ妖刀」
「……はい?」
「妖刀『紫水』。聞いたことあるでしょ」
「え?え?えぇ?」
「灯狐ちゃんから聞いているでしょ。妖刀『紫水』……人心掌握系の妖刀で最弱の妖刀。故に灯狐ちゃんでは蒐集不可能な妖刀。七夕が管理していた妖刀だったんだけどね、どうしてかこの織音お嬢様が触ってしまい、その名の通り人心掌握されちゃって今まで殺しまわってたのさ。ちなみにそうなる前の織音っちはとっても静かなお嬢様っていう感じの女の子だったらしいわよん」
「えー、嘘?サドじゃなくて?」
「むしろマゾじゃない?陸と同じソフト……あ、陸はハードなマゾだったか。ともかくこの子はソフトマゾだと思うよ」
「いや、僕もソフトマゾのつもりなんだけど」
「自分で自分の両腕にナイフを突き刺すソフトマゾがどこにいるのよ。もうハードマゾに認定だね。陸がそういうプレイが好きだって、今度灯狐ちゃんに教えてあげないと」
「灯狐は関係ないだろう!」
そんなことはどうでもいいんだ。酷くどうでもいいんだ。
「えっと、それじゃあ、七夕さんは……」
「だから何のお咎め無しだって。だって悪いのは妖刀だしぃ。せいぜい親に怒られるぐらいじゃないの?『なに妖刀に触れとるんじゃ!おかげで妖刀ハンターに妖刀の管理を任せることになってしまったじゃろが!』とか?」
「何その親の設定。おかしいだろ?」
まあともかく、七夕さんが無事でいられるというのは良かった。
良かった?命を狙われたのに?殺されそうになったのに?
とことんマゾか?僕は?
あ、いや、あれは妖刀が操られた結果そうなってしまったわけで、七夕さんは悪くないのだった。
悪くないのだから、この結果はまあ良かったのかな?
よくわからないけど。
「あ、そうだ、陸。事件が解決したんだから報酬をあげなきゃね」
「べ、別に今渡さなくてもいいよ」
言葉ではそういうけど、僕は欲しくてたまらなかったりする。
だって百万円ですよ?一万円札が百枚ですよ?うまい棒が十万本買えますよ?
うはうはですなぁ。
あぁ、早くご対面できないかな?
一万人の福沢諭吉と。
「でもこういうのは忘れないうちに渡しちゃったほうがいいとおもうよ」
「そう?そう言うのなら」
ください!今すぐください!
「はい」
ちゃりん。
「……」
僕の手のひらに置かれたのは、百円玉一枚。
「……なにこれ?」
「何って今回の報酬、百円」
「ほう、しゅう?ひゃく、えん?」
「だって言ったじゃん。報酬は折半で私百、陸百って」
「ひゃ、百万円じゃないの?」
「百万円?あはは、そんなわけないじゃん。だって、依頼者灯狐ちゃんだよ。慢性的な金欠の。そんな灯狐ちゃんが百万円も払えるわけないじゃない」
「た、確かにそうだけど、え?嘘でしょ?」
それなら僕は高々百円の為に、ここまで命の危険をさらしたわけですか?
「あ、なんか一気に切なくなってきた。虚しいし、それになんだか気持ち悪い」
「血の流しすぎじゃない?いくら陸でもそろそろまずいんじゃないかな?」
そう思うのなら早く治してくれ。
こっちは腕を動かすことが出来ないのだから止血することもままならない状態なのだ。
「治してくれよ、郁さん。僕もう、そろそろ限界」
「そう?もうちょいいけると思うんだけど……」
「そんな限界試したくない」
「それもそうね。それじゃあ左腕に刺さっているナイフも抜いて」
言われたとおり左腕に刺さっていたナイフの柄を口に咥えて、それを引っこ抜いた。
さらなる出血。あ、気を失いそう。
「しっかりしなさい、陸!今気を失ったら、きっと死ぬわよ!」
「そんな台詞吐いている暇があるならさっさと治してくれ!」
「はいはい。ちょっと遊んだだけじゃない」
僕が死にそうなときに遊ばないでほしい。
郁さんは、僕の真剣な訴えが届いたのか、その後すぐに僕の両腕を治してくれた。
まあ郁さんの能力は治すよりも戻すって言うほうが正しいのだが、詳しい説明は今回は要らないだろう。
「あー、助かったよ、郁さん」
「全く、私がストーキングしてなかったらどうしたつもりよ?このまま失血死していたわけ」
「うーん、面目ない」
言われてみればその通りだ。
七夕さんを倒すのに成功したのはいいが、両腕が使えないのだから携帯電話を使用できないし、つまり郁さんを呼べない。
そのまま失血死していてもなんらおかしくはなかった。
おかしくはなかったのだが……
「でも助かったんだから、まあ良かったんじゃないかな?」
結構楽観的な僕だった。
結局、玖浪も郁さんも、そして僕も、みんな揃って異常者であった。
肉体的にも精神的にもという意味でね。
「はぁー、楽観的というか、何にも考えていないっていうか……もうちょっと頭を使って動きなさいよ。じゃないとお姉さん、心配で心配で、ストーキングがより一層激しくなっちゃうぞ」
「気をつけるよ」
「本当に気をつけてよ……あんまり家族を心配させたり困らせないこと」
郁さんが綺麗に纏めたのだが、元はといえば今回の仕事を持ってきたのは郁さんだし、更には犯人を僕に教えておいてくれればここまでの被害は被らなかった気もする。
「じゃあ、私はこの子を送り届けるから。ばいばいねー」
そう言って走り去っていった、郁さん。
後には、僕と倒れている安田さん……そして件の妖刀『紫水』が残された。
安田さんは、面倒だしそのままにしておこう。
どうせ操られていて今回のことを現実だとは認識しないだろう。
人はあまりにありえないことが起こると、その現象を否定するのである。
夢、妄想、空想、それらの産物だと誤認識させ、自分の現実を護るのだ。
安田さんが操られているとき、どのような状態であったか、僕は知らない。
知らないが、安田さんは今までのことを現実だとは認識しないだろう。
よって安田さんは放置。
問題は、妖刀『紫水』か。
灯狐から蒐集を頼まれているからそれを回収しないとはいけないと思うのだが、なんかムカツク。
今回の騒動は全てこいつのせいで起こったことだ。
こいつのせいで僕はさっき失血死で死に掛けたし、こいつのせいで七夕さんに操られかけたし、こいつのせいで燐那との稽古も最近行えなかったし、こいつのせいで郁さんに永い間ストーキングされたのだ。
本音を言うと折ってしまいたい。
その刀身を折ってしまいたい。
踏みつけて折ってしまいたい。
でもなぁ、一応灯狐から蒐集を頼まれてるし、ここはプロフェッショナルとして我慢するしかないな。
僕はその妖刀『紫水』とやらを拾い上げた。
瞬間、頭に響く声。
『殺せ、殺せ。血を垂れ流して殺せ。血は生命、血は生命の源。我を使い、全ての人間の生命を奪え。惨劇を巻き起こし……』
「うるさい」
僕は紫水を鞘に治めた。
それでも声が鳴り止まなかったので、鞘の上から二、三回、紫水を小突いてやった。
そうしてようやく静かになった。
全く、人殺しなんて仕事だけで充分だ。
翌日、やっぱり僕は吉家立夏に起こしてもらって起床。自分で起きれないのを情けないと思う僕もいるのだが、まあこれもこれでいいんじゃないかって思う僕の方が強いため、もうどうでもいいや。
いろいろ朝の準備をして食卓につく。珍しく玖浪、郁さん両名もそこにいた。というわけで本当に珍しく四人揃って、朝食を頂く。いただきます、ごちそうさま。
朝の会話であがったのだけど、どうやら立夏の能力が落ち着きを見せてきたらしい。完全に制御できる日もそう遠くないとのこと。
それはめでたい話だけど、本当に僕の学校に転校してくる気なのだろうか?それだけが僕の不安なのだけど、どうだろうか?
さて、登校。別段変わりなくいつもどおり登校する。
途中暇だったから燐那にメール。
『今日から稽古再開』と。
燐那も暇だったのかすぐに返信が返ってきた。
なになに、『了解しました』か。
何て淡白な返しだ。とても燐那らしい。
稽古を中止していた間に何があったのか、気にならないのだろうか?
まあ気になったところで訊ねてくる燐那ではないな。
教室につく。
悪友、玖静真希発見。
相変わらず音楽を聴いたままの読唇術及び読心術で会話を行う。
お互いに弱点を言い合って、痛みわけで会話終了。
何度も声を荒げて言うが、僕はロリコンじゃない。いや、声を荒げて言ったら余計変態チックだな。
そして昼。学食の帰りに見ず知らずの女子生徒に声をかけられる。
大人しめの子で、僕の記憶の中にここまで大人しい女の子は記憶にないので『あんた誰?』という態度で接していると、本人から七夕織音だと紹介を受ける。
え?嘘?
郁さんが言っていたけど、本当に別人だ。明らかにマゾだ。
と後半部はどうでもいい。
どうやら今までのお詫びを言いたいらしく僕を探していたらしい。
何回も謝られたけど、悪いのは七夕さんじゃなくて妖刀『紫水』だ。というわけで特に気にしていないことをわかりやすく説明。
だけどそれでは七夕さんは納得してくれず、『なんでもします、させてください!』という態度を貫く。
仕方がないので、今度僕が困ったときに手を貸して欲しいという、適当な答えをすると、満面の笑みを浮かべながら首を何度も縦に振った。
うわっ。先輩だけど滅茶苦茶可愛い。なんか家に持って帰りたい。
マゾの相手はサドと言うけど(言うのか?)、マゾの相手はマゾでもいいんじゃないかと思った。
放課後。久しぶりに燐那と稽古をする。
久しぶりなので、互いに腕が鈍っていないか心配だったが、そんな心配は杞憂に終わる。
やはりお互い若くても、異常者。
二日三日空けたぐらいじゃ腕は落ちない。
いや、案外燐那は自宅でも稽古をしていたのかもしれない。
さて案の定だけど燐那は稽古が中止になった理由を訊ねてはこなかった。
案の定だけど、それは寂しいんじゃないかと思い冗談で「燐那。僕と稽古できなくて寂しかったんじゃないの?」と訊いたら、物凄い攻撃を受けた。
まあ、受け流したけど。
あれは燐那の今までで最強の攻撃であった。
やっぱりからかうにも注意が必要である。
そういえば、燐那を灯狐のところに連れて行ってやらなくてはいけないんだったな。
僕にはわからないが刃物は人を選ぶというので、灯狐に刃物の調達を頼むならその本人も連れて行かなくてはならないのだ。
しかし、今日連れて行くわけにはいかない。
だからまだ燐那には黙っておく。
そう、今日は一方的にだが灯狐に用事があるのだ。
それは僕にとって今日一番のイベントと言っても過言ではないだろう。
あ、嘘。それは過言だった。
昼は研ぎ師(お客は僕しかいないけど)、夜は妖刀ハンター、僕の知り合いの中でもとっておきの異端者、それが夢現灯孤。今回裏で糸を引いていたのが彼女だった。僕は彼女にいいように操られていたというわけだ。
裏で糸を引いていたからといって、僕はそれに対して彼女に怒りを見せるわけではないのだけれど、このまま彼女の思い通りに進んでは面白くないので僕は灯狐を困らせることにした。
具体的には何をするかというと、夢現堂に訪れて無言でいることだった。
いつもどおり六畳の畳の部屋に案内され、粗茶を出されたが、僕は終始無言を通した。
灯狐から世間話をされても無言を通す。
灯狐が粗茶の味について訊ねても無言を通す。
灯狐が困った顔をしても無言を……ごめんなさい、もう無理です。
ちょっとサディストの気分を味わおうと試みたのだが、僕には無理だった。所詮僕はマゾヒスト。サディストにはなれないということか?
灯狐にこれ以上困った顔をさせられないので、僕は降参することにした。
僕が灯狐を困らせたことを謝ると、灯狐は瞬時に困った顔から普段の顔に戻った。どうやら演技だったらしい。
結局、僕はからかわれるキャラクターだということか。
灯狐を困らせる作戦は見事に失敗してしまったので、僕は普通に灯狐と会話をすることにした。
さて何の話題をしようか?やっぱり事件のことだよな?
「灯狐……今回の事件について訊ねたいことがあるんだけど」
「訊ねたいこと?ふむ、それは何だ?」
「何だ、と言われると……」
何だろう?事件のことについてはほとんど郁さんから聞いているし、何か訊くようなことがあっただろうか?
もう少し考えて質問しろよ、僕。
郁さんから聞いていない事件の真相……あることにはあるな。
「郁さんから今回の事件については粗方聞いているんだけど、一つ聞いていないことがあった」
「ふむ」
「今回、事件の解決を灯狐に頼んだのはいったい誰だ?」
「それが知りたいのか?しかし私も依頼人の情報を話すというのは信頼関係の問題で……」
「大体の推測はついてはいるよ。一般人ではないね。今回の事件を起こしたのは妖刀の仕業だとわかって灯狐に依頼した時点で、依頼者は僕らのような異常者だと判断できる。さらに犯人を殺すのではなく捕まえるという依頼。そんな制限してくるなんて犯人と親しい人物に違いない。よって依頼人は……」
「わかった。降参だよ。やれやれ、陸は頭が悪いような素振りを見せるくせに、頭の回転は早いのだから性質が悪いなぁ」
「灯狐のほうが、僕の十倍は性質が悪いよ」
「ふふん。言うじゃないか。さて、陸が推測している通りだと思うのだが、今回私に犯人の捕獲、及び妖刀の蒐集を依頼したのは、七夕織音の両親だ」
「やっぱりね」
妖刀『紫水』を管理していたのは七夕家。そして今まで挙げたことを考慮するなら、そう簡単に推測が出来る。
「七夕家は十死に入るほどの有名な殺し屋ではあるが、七夕織音の両親はひどい子煩悩でな。今回の事件は明らかに七夕織音の好奇心がもたらした不始末であるのに、七夕織音は殺されてもおかしくはないことを犯したのに、殺すのではなく捕まえてくれと頼まれたのだよ。報酬はその妖刀『紫水』だったので即決してしまったのだが、その依頼を受けて私は困ったよ。陸は知っていると思うが、私の攻撃方法は全て大味のものばかりだからな。殺さず捕らえることが出来るか、自信がなかった」
「でも、一度は接触を試みたんだろ?」
確かそんな事を言っていた。その結果逃げられたと。
「うむ。まあ頑張ったのだが案の定逃げられてしまってな。妖刀『紫水』にも警戒されてしまいにっちもさっちもいかなくなってしまったのだ。どうしたものかと考えていたのだが考えてもどうにかなるものでもないので気分転換の為にコンビニに出掛けたところ……」
「コンビニ……ってあの時か!月刊スプラッタとかいうマイナーな雑誌を見ていたときか!」
「そう、その時だ。月刊スプラッタを見てとても幸せな気分に浸っているとき、偶然にも郁さんと出会った。そして思いついたのだ。同じ十死ならばたとえ犯人を間違って殺してしまっても許されるだろうし、陸ならばバカだから特に疑問も持たずに引き受けてくれるのではないかと?」
「ちょっと待て。今なんか聞き捨てならない言葉が出たような気がするが」
「気のせいだろう。さてそういうわけで私は郁さんに頼んだ。陸を使って妖刀『紫水』を蒐集して欲しいと。郁さんは即OKしてくれた」
「なんで僕に頼む前に郁さんに頼んでいるんだよ」
「一応許可が要るのかと思ったのだ。それに今回は犯人が捕らえるのが前提であったから、郁さんの能力も必要だった。故に郁さんにも頼んだのだ。そうしたら……」
「そうしたら?」
「陸には犯人の情報を教えないほうがきっと面白い結果になると言われてな」
「……それに対しての灯狐の反応は?」
「それもそうだと思い、その案を適用することにした。そしていろいろ話し合った結果、まあ陸にはあのように伝えるという形になったのだ」
今回の僕に対するひどい扱いは郁さんの提案だった。
はぁ、あの人には本当にいじられてばっかだな。だからといってこちらからいじりたいとは思わないが。
「そして私の全手持ち、二百円を郁さんに渡して、依頼をしたというわけだ」
「二百円で参乃川に依頼をするなんて、灯狐だけだよ」
「ふむ、今のは誉め言葉と受け取っておこう」
「いや、どう受け取っても誉め言葉じゃないから」
何て物事を都合よく解釈するやつだ。ある意味尊敬するよ。
「……陸、もしかして怒っているのか?」
「え?」
「郁さんの案とはいえ今回陸に危険な目に遭わせたのは私のせいだ。私があの時、七夕織音を捕まえるだけの技量があれば、陸がこんなにも苦労することは無かった」
「どうしたんだよ?そんな殊勝な灯狐、久しぶりだぞ」
「私だって反省することがあるのだ。今回のことで陸が不快な思いをしたというのならば、これからは……」
「それ以上は言わなくていいよ」
今回の事件……確かにいろいろと大変だったし、危ない目にも遭った。更には郁さんや灯狐にたいしてカチンときたけど、結論としては、
「たまにはこれぐらいのスリルを味わうのも悪くない。退屈な人生は人間を殺すしね」
「陸……そう言ってもらえると私も助かる」
「また何かあったら頼みごとをしてくれよ。灯狐の頼みごとはスリリングで楽しいからね」
「ふむ、それなら今度狙っている妖刀『虐花』の蒐集を……」
「いきなりまた頼みごとかよ!なあ、灯狐反省してないだろ?微塵も反省していないだろ?」
たまにはいいと僕は言ったのだ。
灯狐の頼みごとはハードだから、そんなにすぐに頼まれては僕の身体が持たないだろう。
「大量虐殺用の妖刀でな、今はどこにあるかわからないのだが、なーに。陸は運が悪いから一緒に行動すればきっとすぐに見つかるだろう」
「灯狐まで何気に酷いこと言うね」
皆僕のことを何だと思っているんだ?
確かに僕の運の無さは定評があるが、だからといってそこまで、運命を捻じ曲げるような行為が出来るわけがないだろう。
今回はたまたまうまくいったのだが、今回うまくいったからといって味を占めないでもらいたい。
本当に。
「そういえばまだ『紫水』を貰っていないぞ。さっさと出せ」
「さっきとは態度が百八十度違うんですけど!」
くそう。いつかみてろよ。
いつか立場を逆転させてやる。
絶対無理だと思うが、そう志を抱いてやる。
実現不可能な大志を抱いたところで、僕は鞄の中から件の妖刀『紫水』を取り出し灯狐に渡した。
灯狐は受け取ると、鞘から刀身を取り出し、その刀身をじっと眺めた。
「ふむ、そうとう血を吸ったな」
「そんなことがわかるのか?」
「刀身の色を見ればな。そもそも紫水の刀身の色は海のようなはたまた空のような青色なのだ。紫水の刃には特殊な毒が染込まれていてな、それが見事な青色を彩っているらしいのだが……」
「いや、どう見ても紫じゃないか?」
「だから血を吸っていると言っているだろう。刃の原色は青だが、血が染込むことにより毒が反応してな、紫色になるそうだ。どういう原理かは知らないが、そもそも妖刀だし原理も何も無いかもしれない」
青+赤=紫
そんなバカな。刃の色がそんなにころころ変わってたまるか!
と突っ込みを入れたいところだが、現実におかしなことなんてなにもないのだ。
目の前で起こっていることが現実。
僕の目を疑うことは僕自身を疑うこと。
灯狐の話を疑うことは僕自身の世界を疑うことだ。
「でもそれなら僕に蒐集を頼むときに何で青色なんて言ったんだ?実際は紫なのに?」
紫なら紫と教えてくれればいいものの……と思いながらも僕はこの妖刀『紫水』の色を覚えていなかったりする。
でもなんとなく訊いてみた。
「ふむ、この妖刀『紫水』は血を吸うと紫になるのだが、それも長くは続かないのだよ。現に七夕が管理していたときは、それは見事な青色だったと言う。私はあの時紫水がどれだけの殺人を犯したのか知らなかった。だから陸には青色という情報を教えたのだ」
「両方教えてくれればいいじゃないか」
「私もこの目で見るまでは半信半疑だったのだよ。刃が違う色に染まるなんてな。だから陸にはそのことを伝えなかったというのが理由だ」
「なるほどね」
まあ結果、蒐集は出来たのだからとやかく言わなくてもいいか。
「今回は陸には本当に感謝している。何せ私がどう足掻いても蒐集不可能だった妖刀だ。手に入るとは思ってもみなかった。管理が十死だったし、それに最弱の妖刀は警戒心が強いからな。いくら感謝してもし足りないくらいだぞ」
「いやぁ、そこまで感謝されると照れるなぁ」
「陸に対しての報酬が百円というのは安すぎたかもしれないな。そうだ、何か私に頼みたいことやお願いしたいことがあったら言ってくれてよいぞ。今ならもれなく聞いてやろう」
「頼みたいことねぇ」
別に無いなぁ。
僕は今の世界に満足しているから、これ以上望むことはあまりないのであった。
「何でもいいぞ。あ、だが金銭面に対してはあまり望まないでくれ。私の現全財産は三千円なのだからな。今月は臨時収入が無い限りそれで生きていかなければならない」
「いや、灯狐に金銭面の相談は期待していないから」
むしろこっちがされないかいつも不安である。
「あとHなのも禁止だからな。私の初めては一生愛すると決意した人じゃないとしないと心に決めているのだ」
「誰がするか!」
僕と灯狐の関係はそんな関係じゃないんだ。
ちっとも期待してないぞ。
本当だからね。
「この着物を少し肌蹴させてくれ、というのもなしだからな」
「しつこいよ!何?逆にしてほしいの?」
「失礼な。私は確かに陸が好きだが、そういうことはしてほしくないぞ」
素で返された。
「しかし頼みごと、ね」
「何でもいいぞ。Hなことと、金銭面以外なら」
「お願いでもよかったよね?」
「うむ、何でも言ってくれ」
それなら……こんなこと言うのは友達としては間違っているかもしれないけれど。
僕は殺し屋で、どうしようもなく罪深い人間だから。
酷く弱い人間だから、僕は灯狐にお願いした。
「これからも末永く、僕の友達でいてよ」
「何だ?そんなことでよいのか?」
「うん、今の灯狐との関係が気に入っているからね。だからこの関係を維持していきたいなと思って」
「そんなことならお願いされなくても、お安い御用なのにな。ははん、さては陸。そんなことを言いながらも私の恋人の座を狙っているな?」
「いや、僕はそんな座一度たりとも狙ったことは無いから」
そういう勝手な解釈はやめてもらいたい。
そしてあまり僕をからかわないで貰いたい。
それは僕に関わる人間皆に言いたいことなのだけれど、それが叶う日は何故か来ないような気がして僕はため息をついた。
人が一人では世界は形成されない。
人が一人ならば心は存在しない。
たとえ殺し屋だろうとも同じこと。
たとえ異常者だろうとも同じこと。
人は一人で生きているのではない。
誰かと関係することで僕らは生きているのだ。
僕ら殺し屋はそれらを崩す罪深い生き物だ。
罪深いのはわかっている。しかしわかってはいてもやめられるものじゃない。
僕はそれ以外の生き方を知らない。
それ以外の生き方がわからない。
世界に真の平和が訪れれば、必然的に僕らのような人間は必要がなくなるのだろうけど、この様子では僕の生きている間にはどうやらそのようなことにはならないだろう。
僕は今の自分の世界に満足している。
しかしそれがいつまで続くかわからない。もしかしたら、明日にでも僕の世界は崩壊するかもしれない。
それほど今の世界は危うい。
何一つ安定していることなんて無い。
だから僕は願うのだ。
どうかこの世界が永く続きますようにと、願わずにはいられないのだ。




