5話 解決編
いい加減にしてくれ!
どうして気づかない?気づかない理由が不明だ。
あからさまだ。全てがあからさまだ。
あからさまにあいつが**である。それなのに何故気づかない?
証拠も充分。動機は不十分だが、証拠があるのなら問題はないだろう。
問題がないのに、何故それを突きつけない。
**にどうしてそれを突きつけない?
わからない。
わからない。
わからない。
推理・推測は不要。直感のみでもわかるのに……
わからない。
わからない。
わからない。
もう、なにもかもわからない。
目覚めは最悪。
別に玖浪や郁さんに早く起こされたというわけもなく、今日は普通の時間帯に起床したのに、気分は優れなかった。
何が原因だ?
体調が優れないのか?
……いや、特に問題はない。いつも通りである。
寝苦しいというわけでもなかったし、原因がわからない。
わからない……
まあどうでもいいか。
着替えを済ませてから、台所で朝食を食べていた皆に挨拶。
僕も朝食を頂いて、家を出た。
さあ、今日も犯人探しに精を出さなくてはね。
放課後、昨日と同じように織音の教室を訪ねた。
「それで、どうする?昨日と同じように現場を回ってみる?」
「……いえ、今日は別の作戦を実行するわ」
「別の作戦?」
昨日の作戦も失敗しているので、あまり宛には出来ないのだが、僕が他の意見を出せるわけでもなかったので、その別の作戦とやらを聞くことにした。
「簡単に言えば陽動作戦ね」
「昨日と変わってないじゃん」
「結論を急がないで欲しいわね。だからあなたは早漏だというの」
「こら!」
「間違えたわ。早計ね」
「その間違いは二度とするなと警告したはずだぞ!」
「間違えちゃったんだから仕方ないじゃない」
全く、周りに人がいなかったからいいものの。もう少し発言には気をつけてもらいたい。
本当に。
「陽動作戦であることは昨日と同じ。でも今回は別々に行動しようと思うの」
「?何で?」
別々に行動しようという理由がわからない。そして考えるのももう億劫である。
「陸。思い返してみて、昨日のこと。それから考えれば私と同じ結論に至ると思うわ」
だから考えるのが億劫なのである。
もったいぶらずに織音の考えとやらを僕に教えて欲しい。
「昨日、無差別失血殺人事件はついに四件目が発生したわ。現場は第三の現場と同じ、と言っても過言ではないでしょう。片方は広場で、片方はトイレだけど、そんなことは些細なことでしかないの。ここでの重要なことは二つ。何かわかるかしら?」
「……わからない」
考えたくもない。
「もう少し頭を使いなさい。まあ、いいわ。一つ目の重要なこと、それは第三の現場と第四の現場が同じだったことよ」
「……」
「第三の現場と第四の現場が同じだった、これがどういう意味を持つか?あなたにはわかるかしら?それくらいはわかるわよね?単純なことだもの。第三の現場と第四の現場が同じだった……それはその近辺に犯人が潜んでいるという推測がたつということよ」
「……」
本当にそうか?
それこそ早計と言えるのではないだろうか?
しかし僕はもう意見をすることも面倒になってきた。
「犯人がその近辺に潜んでいるというのなら、昨日と同じ場所を回って陽動するのは決して悪い作戦ではないわ」
「そうかなぁ」
「何か意見があるの?」
質問しながらも、僕の意見なんて一切聞き入れません、という強気な態度で織音は言った。
「いや、別に」
「ないなら喋らないで。時間の無駄だわ」
そこまで言わなくてもいいじゃないか。
僕がソフトマゾだからって、いくらなんでもそこまで酷い扱いを受けると泣いちゃうぞ。
嘘だけどね。
「二つ目の重要な点は、第四の犯行は私たちが第三の現場を調査しているときに行われたということよ」
「重要な点って……さっきから当たり前のことばかり言っていないかな?」
「意見するな。殺すわよ」
「さっきから、僕の扱い、酷くない?」
「普通よ」
普通らしかった。
これだからサディストとの会話は嫌なんだ。マゾヒストの僕は一方的にいじめ、詰られることになるからだ。
「私たちが調査しているときに犯行を行った。ということは少なからず犯人は私たちの姿を視認しているはずだわ。自分が犯行を起こした現場を調査している二人組み。怪訝に思わないほうがおかしいでしょ?」
……そうだろうか?
なにかおかしいように思える。
ソレナラバ、何故、犯人はあの時**を**しなかった?
頭がズキズキと痛み、思考がうまくまとまらない。最近はこんなことばかりだ。
「私たちはきっと犯人にマークされているわ。だから今日はそのことを逆手にとって二人ではなく一人で動く。そうすれば犯人も私たちを襲いやすくなるでしょう?」
「そうかなぁ」
「そうよ」
自信満々に語る、織音。さてその自信はどこからくるのだろうか?
「でもさ、一人で行動するのはやっぱり、危険じゃないかな?」
郁さんや織音の話から判断するに、今回のこの事件は普通の人間では起こすことが出来ない事件と考えられる。
どういう能力を持っている者の犯行かは定かではないが、僕らのような異常者の仕業だろう。
異常者、能力のわからない異常者。
そんなやつと一対一で対峙しなければならないというのはいささか危険のように思える。
まあ、僕が一対一で対峙するぶんには一向に構わないのだけど。
むしろ大歓迎だったりする。
どんな人生だろうとある程度の刺激はあったほうがいいからだ。
平穏な人生は、それは何もなくて平穏だろうが、そんな環境に永くいれば人間は確実に壊れる。
自覚もないまま壊れるのだ。
だから平穏な人生であっても刺激は必要だ。
さて閑話休題。
僕の問いに対して織音は、
「ある程度危険は覚悟しておかないと陽動にはならないわよ。それでも一応襲われたときのサポートも出来るよう、距離をそこまでおかないようにしましょう。五分に一回、メールで定時連絡をして、自分と相手の距離が五百メートル以上離れないように調整しましょう。いいわね?」
と今回の作戦をあらかた説明してくれた。
織音は親切だなぁ。
でもね、そろそろ限界だ。
厚かましいかもしれないけど、君の***に付き合うのもそろそろ***だ。
誰かが何かを言ったようだが、僕には全くわからなかった。今の僕には。
真っ当な人生を歩んできたわけではないし、これからも歩んでいくわけがない。
仕事とは言うものの、所詮殺し屋は殺し屋。ただの人殺しに過ぎない。
自分が真っ当に死ねるなんて思っていない。
十死の者たちは皆そう思っているだろう。
いや、驕り高い者たちはそうは思っていないかもしれないけれど、少なくとも僕はそう思っている。
**を殺し、**を殺し、**を殺した。
殺人鬼と殺し屋。それは世の中では確かに違いはあるかもしれない。
けれど僕にとってはそんなものに差なんて全くない。
両方ともただの人殺しだ。
過程がどうあれ結果がどうあれ、人殺しなのだ。
その罪はどこまで重いものなのだろうか?
僕は今この場で突然誰かに殺されたとしても、文句は言わないだろう。仕方がないと思うだろう。
それほどの罪を重ねてきたという自覚はある。
まあ、そう簡単に死ぬ気はないのだけれどね。
さて、それならばこの事件の犯人はどうなのだろうか?
罪の自覚はあるのだろうか?
それともただの快楽的殺人鬼なのだろうか?
傷跡が一ヶ所、手首を切りつけるだけで人を殺す、殺人鬼。
それだけの情報で相手が快楽的殺人鬼かどうか判断することは僕には出来ない。
まあ判断できたところで犯人が断定できるわけではないし、それに織音の予想だと犯人はもうすぐ僕らに接触してくるはずである。
そう、僕らは織音が提案した作戦を実行中であった。
犯人が事件を起こした現場の近辺を別れて歩きまわる。
そうすることで犯人を刺激して向こうから接触してくるのを試みるという作戦だ。
というわけで、その近辺を歩き回っている僕。
織音とは付かず離れずの距離を保ちつつ、たまには人気のない通りを利用し、犯人が接触して気安いように配慮をしてみるが、現在に至るまで犯人の接触は一切ない。
そういうわけだから暇になってどうでもいい思考をしていたのだ。
本当にどうでもいい。
しかも思考であるのに本心でないのだから、まったくもって意味がない。
僕は人通りの少ない路地裏に入った。
そして気配を探る。
……尾けられてはいない。特に怪しい人影もない。
「……ふう」
人の気配がないことを察知した僕はようやく緊張を解いた。
あー、疲れた。気配を察知するのは意外と神経を使うのであまり好きではない。
だらだらと生きるのが僕のモットーなのだ。
「しかし、まあ」
人がいないのだから独り言を言ってもおかしくはないだろう。
というわけで独り言開始。
「僕の方に接触してくる可能性っていうのは、低いかな」
犯人があの時、僕と織音を視認したというのなら、狙われるのは織音のほうが確率が高いだろう。
男と女の違いは、戦闘力においては顕著に現れる。
あ、嘘。女の子でも僕よりも強い人間はたくさんいた。
代表例は灯狐とか。
まあ、しかしイレギュラーは措いておいて、一般的に男性と女性どちらのほうが戦闘能力が高いかと言えば、男性だ。
実際織音と僕とでは、僕のほうが強いことはこの間証明したわけだし、滅多なことがない限り僕が襲われる可能性は低いと判断した。
「織音のほうは、大丈夫かな?」
二人とも陽動役をやらなくても良かったのではないだろうか?片方が陽動、片方が監視に徹すれば、犯人から接触があった際もすぐにサポートにいけると思うのだが……
それを何故僕はあの時提案しなかったのか?
うーん、わからないなぁ。
最近わからないことが多いなぁ。主に自分のことが。
「まあ、考えていてもしょうがない」
今やることは犯人の陽動である。
僕のほうであろうが織音のほうであろうが、近いうちに犯人は接触を試みてくるはずだ。
それを迎え撃つ。
迎え撃って、死なない程度に痛めつけて、犯人を捕まえて、今回の事件は終了だ。
そして僕は百万円を手に入れるのだった。
なんて商売だ。暴力が金になるなんて本当に酷い世界だ。
まあ酷い世界でなければ僕らのような殺し屋は生きていけないのだけど。
「まともな世界なら僕らのような存在はいらないんだよ」
まともな世界……世界が本当にそうなれば僕も、灯狐も、織音も……僕に関わるほとんどの者達がその存在の意義を問われるだろう。
しかしながら世界がまともになることなど今後一切ありえないことなので、僕らの商売は安泰が保障されていたりする。
「どうしようもない世界だよ。まったく」
ブー、ブー。
僕が悪態をついていると、携帯電話が震えだした。
おそらく織音の定期連絡だろう。五分後とに僕と織音が交互に連絡をとり、それぞれ五百メートル以上離れないように調整する。
どちらが襲われてもすぐに駆けつけていけるようにこのような措置が取られたが、しかし、果たしてこれに意味はあるのだろうか?
僕らは十死という特殊な殺し屋だ。異常者の中でもとりわけ異端で、さらには戦闘能力も高い。
よっぽどの相手でなければ負けないと僕は思う。
それなのに、この念の入れよう……やりすぎではないのか?
うーん、まあいいか。
僕は携帯電話を取り出した。
……やはり織音からの連絡だった。
「うん……何々、『こちらは第三、第四の犯行が行われた公園にいます。至急向かうこと』か。って、いきなりかなり移動したな」
僕は現在第一の犯行現場の近くにいる。ここからあの公園までは少なくとも一キロ以上の距離が離れていた。
この五分の間で、どれだけ移動したんだ?
「……わからないし、どうでもいいか」
今行うことは織音との距離を五百メートルに保つことである。
織音に振り回されている形になってしまったが、しょうがない。
僕は織音を追うために裏路地から出ることにした。
「……出さなイヨ」
背後から、声?人がいる?
馬鹿な!いくら僕が緊張を解いたからって、その気配を探知できなかっただなんて!
僕は慌てて振り向いた。
声から判断できたが、僕と彼の距離は五メートルほど離れていた。
そこまで接近された?
異常者である、参乃川であるこの僕が、気づかずにそこまで接近されただと?
「まさか、お前タちがこの事件を追ってイるとは、思イもしませんでシた」
「何を言っている?」
「忘れちゃったんでスか?しかしあの時ノ状況ならばそれも仕方ナイ」
僕と彼は会ったことがある?
彼の物言いだとそのようだが、僕は彼の顔を見ても誰だなんて思い出さない。
いや、まて。そもそもおかしい。
どう考えてもおかしい。
……くっ。頭がズキズキ痛む。考えが纏まらない。
「もう一度、自己紹介スルよ。安田修、この間屋上で会っただロ?あの時は黙っていたけど、実は僕が君たチが追っている『無差別失血殺人事件』の犯人ナんだ」
僕と同じ制服を着ている彼は、そう言った。
「安田、修……」
僕は確かに、彼と会ったことがある。その記憶はある。
だが、僕はあの時彼をどう印象付けた?
それがわからない。それがどうしてもわからない。
彼が僕に一歩近づいた。
更に頭痛が酷くなる。
「聡明な、君たちハいずれは僕に辿り着クと思ってネ。先に接触を試みさせテもらったよ。僕も二対一では流石ニ勝てないし逃げ切れナイ」
一対一なら勝てると言うのか?この僕に?
そんなバカな。だって彼は……
「安田さん。一つ質問がある。どうして織音じゃなく僕を狙った?」
そんな質問、どうでもいい。
「理由は二つデス。一つはあなたが、警戒していなかったことダ。屋上の時、七夕は僕のことを警戒していたんですガ、お前は全く私を警戒してイナカッタ。よって君のほうが容易に接触が出来るとフンだのでス」
もういいだろう。今ので明白。彼が*******と明白にわかったはずだ。
それなのに僕は二つ目の理由を聞くべく、彼の言葉を待った。
「二つ目は、あなたが男だったカらダ。あなたたちナラ気づいていたカもしれないが、僕は犯行をある法則性を持って行っタ。それが男女順番に殺すということ。思い返してみるといい。第一の被害者は男性、第二の被害者は女性、第三は男性、第四が女性……」
そうだったっけ?
よく覚えていない。思い出せない。
「だから第五番目の被害者ハ男性であるのが好ましイ。よってあなたを狙わせてもらったノダ」
「……やけに自信満々じゃないか?もしかして僕に勝つ気か?」
僕はそれなりに修羅場を潜ってきたからわかる。相手の戦力というものが、一瞬にして、まあ大体だがわかる。
その程度の戦力で僕に勝つというのか?
僕に勝てるというのか?
「わざわざ捕まりニ来るほど、僕はマゾヒストではないんでネ」
では彼はサディストだというのだろうか?いやいや、雰囲気からしてわかる。
彼もマゾヒストだ。
同胞というのは意外に簡単にわかるものなのだ。
「あまり長く話しているト、彼女が何か察知してクルといけないからサ……」
彼が急かした。
やれやれ。僕としてはさっきから頭痛が酷いので少し休憩してからお相手してもらいたいのだが、そうも言っていられないらしい。
まあいいか。僕ってソフトマゾだし。
ちょっと体調が悪いぐらいでちょうどいい。
「そうだね。じゃあ殺し合おうじゃないか」
異常者らしく、人間らしく、そして演技のように、化け物のように殺し合おうじゃないか。
全ての物事には相性というものがある。
じゃんけんほど露骨ではないけれど、何が苦手で何が得意、そういうものがあるのだ。
僕を例とするなら、僕は遠距離攻撃が苦手だ。
ライフルのような超遠距離からの攻撃……あれを避けるのは本当に至難の業なのだ。一般人の振りをしている時にやられたら、僕は避けることが出来ないだろう。
そう、戦いには相性というものがある。
まあ、大体はパワーゲームになって終わるのだけど、さて今回の相手は僕と相性がいいのだろうか?悪いのだろうか?
相性が良すぎるのもつまらないし、悪すぎると負けてしまうからなぁ。ちょうどいい相性が望まれるのだが。
僕はナイフを取り出し、右手でそれを握った。
これでもう臨戦態勢。いつでも攻撃可能。
だけど僕はすぐには動かなかった。相手の能力がわからない以上不用意に動くのは自殺行為である。
相手の出方を見て、隙あらば攻撃というのが最近の僕のお気に入りの戦い方なのだ。
僕は既に臨戦態勢、だというのに彼は武器を出そうともしない。
さらに幽鬼のようにゆらりゆらりと僕に、不用意に近づいてくる。
おかしい。なにかがおかしい。
事件の犯人……一連の犯行……
ゆらり、ゆらり。
彼が近づいてくる。それはもう僕の攻撃が届く位置まで近づいていた。だけど僕は動かない。否動けない。
何かが頭の片隅に引っかかっている。それが気になってしょうがない。
ゆらり、ゆらり……
ダン!シュッ!
彼が突然バネのような力で僕に向かってきた。
うわ!油断していた。
そして腕を僕に向かって振り下ろす。その動きは完全に人間の動きを無視しているものだった。事実彼の腕や足からは筋肉が断裂する音が微かに聞こえた。
人間の能力を超えている攻撃。僕は異常者であるが当然このような攻撃を喰らえば、無事というわけにはいかない。
油断していたということもあって、僕は彼のその攻撃を結構ギリギリで回避した。
彼の攻撃をかわした直後、彼は一瞬無防備になった。そこを突こうかとも思ったが、やめた。
それで終わるのもつまらないし、それにやはり何かがおかしい。
僕は腑に落ちないことが好きではないのだ。
「……避けましたカ」
彼は体勢を立て直し、再び僕と対面する。
「あの距離であの攻撃を避けルとは、あなたは相当の実力者ノようですネ」
「……」
彼は僕のことを相当の実力者というが、彼は違うのだろうか?
四人もの人間を証拠も残さずに殺せたのに、自分のことをあまり評価していないというのか?
そもそも今の攻撃は何だ?
威力とスピードだけで、何て単純な攻撃。
こんなものが、本当に僕らが追っていた事件の犯人?殺人鬼?
「今の攻撃……実はワタシの渾身の一撃デシテね。今ので右手と左足の筋肉がぶち切れちゃいました。残っているのハ左手と右足なんで同じ攻撃は一回しか出来ない。しかもその攻撃後、僕は動くことも出来ないデショう」
「何故そんなことを?」
今の彼の発言のどこに彼にメリットになる点がある?わからない?
彼が何を言いたいかが全くもってわからない。
「モウ一つ、話をしてオキましょうか?あなたたちは、僕がどうやって証拠を残さずに殺人が出来たか不思議がってましたよネ?」
「あぁ」
犯人に繋がる情報が全くなかった今回の一連の事件。
だから国は僕らのような殺し屋に事件の解決を依頼してきたわけだ。
僕は犯人と対峙することが出来た。しかしどうやって証拠を残さなかったについては依然謎のままである。
「いえ、本当ニ、それに至っては大した回答ではなくテ、申し訳がないんですけどネ。ただの偶然なんデスよ」
「偶然だと?」
「はい、全くの偶然デす。人を殺したいト思ったら、たまたま人気のない場所に人ガいて、俺は殺しただけなんです。それでたまたま被害者ハ声を出さなかったし、たまたま証拠も残らなかった。ただそれだけなんでス」
バカな、そんな偶然なんて……
「そんな偶然なんてアルわけがないと思っているでしょう?フフフ、確かにそう思われても可笑しくハナイ。ですが、可能性がぜろというわけでないのも事実でショう」
可能性がゼロではない。
そう、彼の言うことが零パーセントということは紛れもない事実だ。
しかし事実だからといってそんな詭弁を信じろというのか?
信じなければならないのか?
「それでハ、僕の、最後の攻撃を行おウト、思いまス」
「……最後なら、最後に僕から一つ質問があります」
「どうゾ」
「あなたは四人の人間を殺した。彼らを殺した理由は何なんだ?」
「リユウ?」
彼は首をかしげた。
「リユウとは……あぁ、そうですカ。理由、理由ですね。そんなの簡単です。容易ナ問いかけデス。殺したいから殺した」
「それが、理由ですか?」
「そうデスけど?」
そうか、そうか、そうか。
あぁ、酷く下らない。全く下らない。
僕は彼の答えに何を期待していたんだ?人間らしい答えが戻ってくると思っていたのか?
人間らしい答えが返ってきたところでどうするというのか?
あぁ、くだらない。
どうせ結果は変わらないというのに、僕はどうしてそんな事を訊ねてしまったのだろうか?
時間の無駄だ。
そうだ、もう、終わらせよう。
「わかった。それじゃあ続きを始めようか?」
「言われなくても」
ゆらり、ゆらり。
またあのリズムだ。
ゆっくりと近づいて、そして攻撃は一瞬で行う。それに何の意味がある?
そんな攻撃方法、油断しているものにしか通用しない。いや、先程僕は油断していて結構危なかったりもするのだが、もうそんな油断はしない。
失敗から学ばない奴なんてただのバカなのだ。
……失敗から学ばない?
それなら彼は……いや、もう余計な思考はやめよう。
余計な思考とは油断と同義である。
今は目の前の彼を倒すことだけに専念しよう。
さーて、どう倒そうかな?
今回も僕の能力を使うまでもない相手だ。
能力を使わなくてもざっと三十以上の殺し方が僕の頭の中に浮かんだ。
そう、僕と彼ではそれほどまでに力の差というものが存在する。
それが僕にはわかった。
それが彼にはわからないのか?
どうしてやろうか?
彼の攻撃を受け止めて力の差をわからせてやろうか?
それとも彼の攻撃に合わせて反撃を行ってやろうか?
……わざわざ彼の攻撃を待ってやるまでもないか。
僕は膝を折り前傾姿勢を作ると、そのまま一気に折りたたんだ膝を開放させ、もの凄いスピードで彼に接近した。
そしてナイフを振るう。
彼は反応できない。僕の超スピードに反応できない。
僕と彼の身体が交差し、勝負はついた。
交差後、一拍置いて、彼の身体から血が噴き出した。
そして彼は倒れた。
超高速で行われた斬撃。それは刃物に血液が付着するまえに相手の部位を切断する。
僕の刃物の扱いはその域までに達している。
だから彼を切りつけるときに使用した刃物も、これこの通り。一滴の血液すらついていない。
匠の域の殺人だよね。
まあ、殺していないけど。
そう、僕は彼を殺していなかった。
派手に出血はしたが、彼はまだ生きている。
今回の仕事はDEAD or ALIVEではなく、生きている状態で犯人を捕まえることだった。
その状態で郁さんに引き渡すことによって僕は百万円を手に入れることが出来るのだ。
さて、郁さんに連絡するか。
いや、待て。織音に先に連絡したほうがいいのか?
織音の仕事の条件は何だったっけ?
事件を解くこと、だったっけ?それとも犯人を捕まえることだったっけ?それとも犯人を殺すことだったっけ?
そもそも僕は仕事が達成される条件のことを彼女に訊いたっけ?
彼女の物言いはなんだか曖昧だったような気がする。
それなら僕は何故その時にそれを訊ねなかったんだ?
あれ?何かがおかしいぞ。
屋上、刃物、拳銃、安田修、公園、人影、女子トイレ、刃物、素手、能力……
「返信がないと思ったら、まさかこんなことになっていただなんてね」
背後から声。織音だ。
僕は振り向いた。織音だ。
いつもの織音だ。
どうしてだろう?織音を見たら、本当にどうしてかわからないけど、安心した。
織音が魅力的な女性だからだろうか?
いや、そういうことじゃない。この感情はそういうことじゃない。
「ねえ、陸」
織音は囁くように僕の名前を呼んだ。
そしてナイフを取り出す。あのとき、安田さんを殺そうとした時に使おうとしたナイフだ。まだ鞘に収まっているが間違いない。
その鞘を彼女はそっと外した。
鞘を外して現れた刀身は、紫色をしていた。
え?何だ、あの刀身は?どうしてあんな色をしているんだ?
僕はそんなどうでもいいことを考えた。
「あなたは私たち『七夕』がどういう特色を持つ殺し屋か、知っている?」
知らない。
玖浪に訊ねた記憶はある。そして玖浪も答えてくれた記憶はある。
しかしその答えの記憶が僕にはない。
どうしてか全くない。
そしてどうして彼女は今こんなことを言うのだろうか?
「教えてあげてもいいんだけどね……まあ必要ないか」
彼女が僕に近づく。
紫色の刀身をしたナイフを持って、僕に近づいてくる。
僕は動けない。なんだか、思考もうまく働かない。
「だって、陸……ここで死んでしまうのだからね」
僕の腕から血が噴き出した。
「!!」
「がっ!」
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!!
物凄い痛い!
僕の左腕にはナイフが一本突き刺さっていた。当然血も流れている。このナイフを抜いたらもっと血が流れるのだろうけど、そこまでハードなマゾではないのでやるわけがない。
まあ、ともかく、何はともあれ……
目は覚めた!
織音は驚愕の表情で僕を見ている。
あぁ、それはそうさ。
僕だって他人が目の前で同じことをしたら、そいつの正気を疑うね。
「どうして……」
「あぁ、痛い。やっぱり傷つくことはいいことじゃないね。わかってはいたけど、本当にわかってはいたけど、最近は余裕が出てきたせいかな?忘れていたよ、この痛みを。あぁ、でも本当に痛いな。涙が出そうだ」
「なに、してるのよ?」
「何してるって、見ての通りだよ」
「そんなの見ればわかるわよ!」
「言っていることが矛盾してるよ、織音。いや、七夕さん」
そう、どうして僕は会って間もないはずの彼女を名前で呼び捨てにしてしまったのか。
大して仲も良くないのにね。
「まあ、君が動揺するのもわかる。こんなのは異常だ。信じられないかもしれないね。だから僕の口から直接言ってあげよう。でも大したことじゃないよ。本当、大したことじゃない。ただ僕が持っていたナイフで、僕の左腕を刺しただけだ」
そう彼女が僕を切りつける前に僕は自分で自分の腕を突き刺したのだ。
こうでもしないと目が覚めなかったからね。
まあ、おかげで左腕は使い物にならないけれど。
「どうして、どうしてそんなことするのよ」
「だって、君……この『無差別失血殺人事件』の犯人だろ?」
「……」
「いや、もう隠さなくていいから。どう考えてもバレバレだから。能力も大体だけどわかってるつもりだから」
この痛みで僕は目が覚めたんだ。
わからないことなんてもうない。疑問に思うことなんて何もない。
「何から訊きたい?何でも答えてあげるよ。久しぶりに僕は機嫌が良いし、気分もいいんだ。うーんやっぱり操られていた後だからかな?ちょっとハイになって来ちゃったよ。あ、でも質問をするなら手早くしてくれ。一応僕は怪我人だからね。時間がかかると出血多量で死んじゃうかもしれない」
「いつから私が犯人だと気付いていたの?」
「最初からおかしいとは思っていたよ。だって君さ、屋上でそのナイフを使って安田さんを殺そうとしただろ?」
「ナイフじゃない。小刀よ」
「どっちでもいいよ」
「それと安田さんって誰よ」
「君が操作したやつだろ。ほらそこで血を流して倒れているやつ」
「あー、そういえばそんな名前だったかしら?」
「酷い奴だね、君って。まあ、いいや。君はあの時安田さんをそのナイフ……じゃなくて小刀で殺そうとした」
ナイフと僕が言った瞬間に七夕さんが物凄い目で僕を睨んできたので慌てて言い直した。
おぉ、怖い。
何かその小刀に思い入れでもあるのか?
まあ、いいや。続けよう。
「だけど僕とやり合おうとした時に使用したのは拳銃だった。それはおかしいだろ?君はさそっちのほうが強いっていうけど、いや、確かにそっちのほうが強いのかもしれないけれど、それならば拳銃だけを持っていればいい。何故君はあのときその小刀で安田さんを殺そうとしたのか?それは君が無差別失血殺人事件の犯人だから。今まで通りの犯行を行わなければならなかったから。何故小刀から拳銃に武器を変えたのか?それは僕にその事件の犯人だと気付かれないため。そうだろ?」
「……えぇ、そうよ」
「ともかく、君は最初からおかしかった。まあ、その程度なら決定的な証拠にはならなかったんだけどね、昨日の公園での出来事がダメだったね」
あれは決定的だった。
あんなことが行われたというのに、僕は気づかなかったなんて、いや本当に七夕さんの能力って凄いんだなぁ。
「公園の女子トイレで行われた殺人。あの現場には人はほとんどいなかった。怪しい人間なんて全くいない。そういう人間を探していて、そしていないということはわかりきっていた。なのに被害者はまるで今さっき殺されたような状況だった。果たしていったい誰が殺したのでしょうか?安田さんでしょうか?いやいや。彼はあのときあの現場にいなかった。あの公園にはあのとき怪しい人物は僕らだけしかいなかった」
「……」
「僕は自分が犯人じゃないことを知っている。あのときは君に操られていたけど、でも僕は犯人じゃない。なら犯人は君しかいない。君はあのときトイレから戻ってくるのが遅かった。それは被害者を殺害していたから。被害者を襲って死ぬまで待っていたから、だから遅くなった」
「そうよ」
「結局君は自分が犯人だということを半端にしか隠さなかった。それが敗因だよ」
「半端でも良かったのよ。だってあなたは私の術にかかっていたのだから」
「うん。そうだね」
術、と彼女は言ったか。
そう言えば、まだ彼女の能力について詳しく聞いていないな。
どうせこの後は彼女ともう会うことはないのだろうから、聞いておきたいな。
七夕の特性というやつを。
「良ければ教えてくれないかな?君の能力」
「嫌よ」
却下された。即答だった。
「敵に能力を教えるなんてバカのすることよ。お生憎様、私はそこまで愚かではないわ」
「そうか、残念だなぁ。まあ、能力のおおよそはわかっているんだけどね」
「そのようね」
実際自分もその術にかかっていたのだから、当然といえば当然といえる。
「催眠術のようなものだろう?七夕の特性っていうのは大体そんな感じかな?参乃川が惨劇屋なら、七夕は催眠屋……」
「全然違うわよ!」
怒られた。話は途中だったのに中断させられて怒られた。
「七夕は催眠屋なんかじゃない!確かにその特性は似ているかもしれないけど、そういわれると七夕のプライドが傷つくわ!私たち七夕は『演技屋』よ。そこを間違えないで」
「『演技屋』?なにそれ?」
「あなた十死よね?なんで知らないのよ?」
「僕って自分に興味があることしか調べないし、覚えないから」
「七夕なんて興味がないってこと?随分余裕ね」
先程から七夕をバカにされていると勘違いしているのか、彼女の顔がヒクヒクと引きつっていた。
「お、落ち着いてよ。別に七夕だけじゃないんだ。十死の五番目と八番目と九番目なんて名前も知らないんだ。それに比べたら七夕はいいほうじゃないか?」
「何のフォローにもなってないわよ!」
何のフォローにもなってなかった。
今の台詞を自分で思い返してみるが、うん何のフォローにもなっていない。むしろ火に油だ。
僕ってバカだな。
「十死の七番目、七夕、演技屋。戦闘能力は決して高くはないけど、他人の心を掌握する能力を有している集団。それが七夕よ」
結局彼女は自分から七夕についての説明をし始めた。
僕が知らないのがよっぽど悔しかったのだろうか?
「七夕の術にかかったものは、さながら七夕の手に踊らされるように無意識に操られてしまう。だから演技屋。確かに方法は催眠術に近いものだけど、一緒にしないで。それよりももっとずっと高等な能力なの」
「はぁ、すいません」
つい謝ってしまった、僕。これも七夕の能力だというのか?
だとしたら恐ろしい能力だ。
僕の能力の数倍恐ろしい能力だ。
そしてとても羨ましい能力だ。
その能力があれば、玖浪にバカにされることはないし、郁さんにからかわれることもないし、燐那が凶暴になることもないし……やめよう。何だか知らないけど、切なくなってきた。
「その能力で被害者を一種の催眠状態に陥らせ、そしてその小刀で手首を切りつける。催眠状態だから、被害者は助けを呼ぶことも、逃げ出すことも、傷口を塞ぐこともせず、ただ死んでいった。そうだね?」
「だから催眠術じゃないの。でもその通りよ。この小刀はね特殊なものなの。刃に薬が塗りこまれていてね。切りつけられても痛みを感じないの。刀なのに、麻酔効果があるの。私の能力だって万能じゃない。あなたのように痛みで演技が覚めてしまうこともあるわ。だけどこの刀ならそれがない。皆演技にかかったまま死んでいくの。ゆっくり、血という生命を垂れ流しながら死んでいくの。それはとても美しく、とても儚い光景よ」
恍惚な表情を浮かべながら彼女は語る。
ダメだ。この人。
こりゃ、殺人鬼だわ。
「あなたももう少しでそうやって死ねたのに、残念ね」
「いや、激しくお断りだよ」
と言いながらも、僕の左腕は似たような状況になっていてあまり時間をかけていられなくなっていたりする。
「それよりもさ、この後どうするの?僕としては君を捕まえなければならないんだけど、殺し合う?」
「いえ、やめとくわ」
「え、何?素直に捕まってくれるの」
それは嫌だなぁ。
面白くない。とてもつまらない。
「バカね。そんなわけないでしょ。逃げるのよ。私だってあなたの力がわからないわけじゃないわ。あなたは今片手しか使えない状況だけど、それでもあなたのほうが私よりも確実に強い」
そうなんだよなぁ。それが一番の問題だ。
僕と七夕さんはこの間戦ったばかりだ。だからわかる。
戦力差というものがわかってしまうんだ。
七夕さんは安田さんよりは強いにせよ、右手一本の僕よりは弱い。
それは僕もわかっていた。
だから彼女が逃げの戦法をとることもなんとなく察しはついていた。
「僕から逃げられると思う?」
「逃げられるわ。だって私は演技屋だもの。あなたを演技できなくても、一般人を演技させればいいだけ。一般人に邪魔されながら、私を追えるかしら」
「なるほど。でも逃げた後はどうするんだよ。僕は君が犯人だっていうこと知っているんだぜ。今は逃げ切れても、いつかは君にたどり着く」
「大丈夫よ。今日逃げ切ったらあなたの暗殺を屍祈に依頼するから」
「うわ!それずるい!」
屍祈の暗殺術は十死ではかなり恐れられている。
実際僕も恐れている。
屍祈の戦闘力だけを見れば僕は恐れないかもしれない。そう対面してやり合うのならば僕は負けはしないだろう。
しかし屍祈は暗殺屋なのだ。
彼らは僕らが一般人に溶け込んでいるときに、堂々と暗殺を試みてくる。
そんなもの絶対に避けられない。
十死でも特に敵にまわしたくない集団。それが屍祈である。
「彼らは受けた依頼は必ず実行するからね。そうなればあなたも終わりでしょ?」
確かにそれはまずいな。
ならどうするか?
実は僕にはさっきから考えていた案があるのだ。
ふふふん。
僕がどれだけ異常であるか、彼女に思い知らせてあげようじゃないか。
「屍祈に追われるっていうのは想像するだけで嫌なものだね。でもさ、それならこういうのはどうかな?」
僕は胸に隠してあるもう一本のナイフを取り出すと、それを口にくわえた。
そして、ぐさっと、それを右腕に突き刺した。
「うぐっ」
「な?」
当然血があふれる。
痛い。物凄い痛い。涙が出そうになるぐらい痛い。
ともかくこれで僕は両腕が使用不能になったというわけだ。
「何をやっているのよ!?」
「はぁ、はぁ……これで僕は両腕が使えない。ナイフは持てないし、まあ咥えることは出来るけど、その程度の攻撃方法しかない。しかも出血もそれなりに酷い。さて、もう一度君に問うよ。どうする?殺し合う?」
「あなた、狂ってるわ」
「狂人で結構。それでまさかこの両手が塞がり、さらに怪我人である僕から逃げ出すなんてそんな臆病者のような行為を君は取らないよね?」
「……」
「それとも七夕とはその程度の集団かい?それならば僕は恐れるに足らないね。その程度の集団に屍祈が動かせるはずないしね」
「言うじゃない」
「わかりやすく挑発してあげたんだよ」
「いいわ。乗ってあげる。両手が使えない人間から逃げたとあれば私も面目丸つぶれだもの」
「いいねぇ。そうじゃないといけない」
異常者ならそうじゃないといけない。
あぁ、楽しくなってきた。久しぶりに非常に楽しくなってきた。
両手が使えない僕と、七夕織音。
果たしてどっちが強いんだろうね?
本当にわからないのかな?
「僕は口にナイフを咥えて攻撃するから、話したいことがあるならこれが最後になるよ」
どちらがやられるにせよ、これで最後になる。
「別にあなたと話したいことなんて何もないわ」
「そう。じゃあ僕から最後に訊こうか?君はどうやって死にたくない?その死にたくない方法で僕が殺してあげるよ」
惨劇屋らしく、とても惨めったらしい方法で、殺してあげる。
それが僕ら参乃川なのだから。
「私は死なないわ。死ぬのはあなただもの」
「ふーん、じゃあ適当な死に方でいいね。なら失血死だ。君が殺してきた四人の被害者のように、全く同じように、まあ傷口は変わるかもしれないけれど、ともかく殺してあげるよ」
「戯言を!」
彼女が小刀を構えた。
紫の刀身。薬が塗られているという刀身。
その薬がどれだけ強力なのかは喰らってみないとわからないが、流石の僕もそれほどマゾではない。
自分で両腕を使えないようにするぐらいのマゾだが、まあともかく今回は負けるつもりがない。
負ける道理もない。
僕は右腕に刺さっているナイフを口で咥えて、それを引っこ抜いた。
血が溢れ出る。
あ、なんか失血して気持ち悪くなってきた。
早く郁さんに直してもらわないとなぁ。
と、戦闘中に余計なことを考えるのは僕の悪い癖だな。
ようやく僕らしくなってきたのだし、今は目の前の彼女を惨めったらしく殺すことだけを考えよう。
異常者らしく、殺し屋らしく、参乃川らしく、彼女を殺すことだけを考えよう。
どうせ勝負は一瞬で決着がつく。
だから後のことは後で考えよう。
先に動いたのは彼女のほうだった。
まあ当然と言えば当然だ。僕から仕掛けるつもりは零だったのだから。
僕から仕掛けて彼女にあの時のことを思い出されても困る。
だから僕からは仕掛けないことにした。
彼女の動きは素早い。安田さんの比ではない。
殺し屋らしい、いい動きだ。
だが、所詮は演技屋。
そう彼女が自分で宣言したとおり決して戦闘能力は高くない。
いくら動きが素早かろうが、いくら相手を麻痺させるような武器を持っていようが、そもそも問題ではない。
そう、実は僕の戦力の分析は既に終えていた。
僕の両手が使えなくても、怪我で体調が優れなくても……僕は負けはしない。
彼女が腕を振り上げた。
それはつまり彼女の射程距離に入ったということ。
そろそろ僕も動かないとな。
僕の攻撃法方は口に咥えたナイフが主戦力であるから、彼女との距離をもっと縮めないといけない。
しかし縮めている間に、彼女の攻撃が僕に届くだろう。
それならどうすればいいのか?
話は簡単だ。彼女の武器を弾き飛ばせばいいのだ。
あの時のように。あの屋上の時のように。
僕は彼女がそれを振り下げるよりも早く、彼女の小刀を持っている右手を、蹴り飛ばした。
玖浪から教わった体術。
ナイフほどの技術ではないけど、しかし体術だってそれなりの技量はある。
事実彼女のその右手から骨の砕ける音が聞こえ、さらに彼女は持っていた小刀を落とした。
「あ」
彼女は気付いただろうか?
あのとき拳銃の弾を避けたのも、その拳銃を弾き飛ばしたのも、腕を使用せずに足運びや足技のみで行ったものなのだ。
気付いたところでもう遅い。
右手を砕いた後、即僕は彼女との距離を詰めた。
僕の射程距離に近づくために。
そして距離は詰まる。
僕は首を振るった。
それで終わりだった。




