第11話 獄炎の脳筋 後編
騎士団の演習場は、瞬く間に黒山の人だかりとなっていた。
「おい聞いたか? あの赤鬼みたいなデカブツが、支部長とやるってよ!」
「マジか、賭けようぜ!」
「俺は支部長の勝利に銀貨三枚!」
演習場の中央。
殺気と熱気が渦巻く中、アレクシオン様とフレイムベルグが対峙している。
もはや練習試合の空気ではない。
完全に地形が変わるレベルの決闘だ。
「では、始め!」
審判役を買って出たグラシエルが、無慈悲に合図を出した。
瞬間、空気が破裂した。
「うおおらぁぁぁぁッ!!」
「はああぁぁぁッ!!」
フレイムベルグの突進は、まさに巨大な質量兵器だった。
対するアレクシオン様は、光の速さで迎撃する。
金属音というよりは、爆発音に近い轟音が響き渡り、衝撃波が観客席の砂煙を巻き上げた。
「速い! そして重いですね!」
アレクシオン様が、なんと嬉しそうに笑いながら剣を振るう。
「やるな、勇者の血筋! だが俺の剣は、山をも砕くぞぉぉ!」
二人は、まるで新しい玩具を与えられた子供のように笑いながら、致死量の一撃を応酬している。
……楽しそうね。本当に。
私は観客席の片隅で、彼らがこちらに吹っ飛んできた時の対処法を考えつつ、白目を剥いていた。
フレイムベルグの一撃が地面をかすめ、石畳が粉砕される。
いけない、今の私はか弱き令嬢。
悲鳴を上げて怯えるふりをしなくては。
「き、きゃあー(棒読み)」
私の迫真の演技は、剣技の熱狂にかき消され、誰の耳にも届かない。悲しい。
戦いは十分ほど続いただろうか。
最終的に、アレクシオン様の剣先がフレイムベルグの喉元に突きつけられ、同時にフレイムベルグの大剣がアレクシオン様の脇腹の鎧を粉砕したところで止まった。
「……そこまで!」
「ハーッハッハッハ! 一本取られたか! 久々に血が沸騰したぞ!」
フレイムベルグは、清々しい顔で大笑いした。
「こちらこそ! 剣を通じて、君の熱い魂と語り合えた気がします!」
アレクシオン様も、汗だくで熱い握手を交わしている。
「よし、これで三百年分の準備運動は終わりだ! 明日から俺は、チェリ様のために世界一の鍛冶屋になるための修行を始めるぞ!」
フレイムベルグは夕日に向かって太い腕を突き上げた。
観客席からは、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
勇者の末裔と元魔王軍幹部の、爽やかなる青春の汗。
……まあ、被害が演習場の石畳だけで済んだなら、結果オーライ、なのだろうか。
★
その夜、私たちは我が家である『呪告館』の狭いリビングに集まっていた。
アレクシオン様、グラシエル、フレイムベルグ、セバスティアン、そして私。
人口密度がおかしい。
大柄な男が増えたせいで、ただでさえボロい屋敷が物理的に軋んでいる。
「では、チェリ様と、我らの新たなる門出に。乾杯」
セバスティアンが、完璧な所作でグラスに赤ワインを注いだ。
「それにしても、チェリさん親衛隊の皆様と、こうして酒を酌み交わす日が来るとは」
アレクシオン様が感慨深げに微笑む。
「ああ! 俺たちはチェリ様……いや、アレだ、ベリーベリーソース様に魂を捧げた、一蓮托生の仲間だからな!」
フレイムベルグがジョッキを呷りながら豪快に笑う。
「ベリーベリーソース様……。きっと、皆さんが信仰されている素晴らしい精霊か何かなのでしょうね! 君たちは義理堅い素晴らしい戦士だ!」
よし。
アレクシオン様の脳内フィルターが完璧に機能している。私の正体は、どうやらフルーツソースの精霊かなにかと勘違いされている。
そこまでは、まだ良かった。
問題は、彼らの重すぎるベクトルが、ふとした瞬間にぶつかり合ったことだ。
「……ふむ。しかし、筋肉ダルマの貴方と、チェリ様への忠誠を同列に語られるのは心外ですね」
グラシエルが、氷のように冷たい視線をフレイムベルグに向けた。
「私は既に、チェリ様が目論む『経済的平和侵略』の基盤となるアイス屋の事業計画を練り上げています。脳まで筋肉の貴方に、主の深遠なる知略が理解できるとは思えませんが?」
「あぁん? 小難しい理屈コネてんじゃねぇよ! チェリ様を守るための圧倒的武力! そして生活を支える鍛冶の技術! これこそが絶対的な忠誠だろうが!」
フレイムベルグの全身から、ボワッと熱気が噴き出す。
「お言葉ですが、お二方」
そこに、セバスティアンが執事らしからぬ、底冷えするような黒い笑みを浮かべて割り込んだ。
「三百年もの間、惰眠を貪っていた方々と一緒にしないでいただきたい。私はこの港町で、一番長くチェリ様のお側で生活を共にし、彼女の『今の』お好みの朝食の焼き加減まで把握しております。……忠臣としての格が違うのですよ」
ピキ、ピキピキピキッ……。
氷の魔力、炎の魔力、そして死霊の瘴気。
三つの規格外の圧力がリビングで衝突し、家中の窓ガラスが悲鳴を上げ始めた。
ちょっ、やめて!
私の格安物件が崩壊する!
私が止めに入ろうとした、その時だ。
「素晴らしい……!」
アレクシオン様が、感動に目を潤ませて立ち上がった。
「皆さんの、チェリさんを想うその熱い気持ち! 護衛としての高いプロ意識! 僕も負けてはいられません! 隣人として、そして彼女の騎士として、僕の『光』も交えましょう!」
カッ!!
アレクシオン様から放たれた極大の聖なるオーラが、三人の闇属性魔力と正面衝突した。
ミシミシミシィッ!! と、いよいよ屋敷の柱が限界を訴え始める。
「ちなみに、チェリさんが最近一番お好きなのは、朝食のパンの耳を少しだけカリッとさせた後、僕が差し入れたリザード肉のシチューに浸して食べる食べ方ですよね。それから、夜はソファの右端でクッションを抱きしめながらうたた寝をするのが癖のようで。寝顔がとても愛らしくて……ああ、もちろん、その間に窓の外から羽虫や不審者が近づかないよう、僕が毎晩『すべて』排除していますから、安心して眠ってくださいね」
「……は?」
「……え?」
四天王たちのマウントが、一瞬で凍りついた。
「……いや、アンタ、お隣さんだよな? なんで主の寝る場所や寝顔まで知って……まさか、夜通し窓の外から……?」
フレイムベルグが引いている。
「排除って……まさか、昨晩、私の仕掛けた結界のさらに外側で発生していた異常な血の匂いは……」
セバスティアンが青ざめている。
アレクシオン様は、一切の悪びれもなく、極上の爽やかな笑顔を浮かべていた。
「ええ。君たちの大切なベリーベリーソース様の安眠を脅かす害虫は、この世界に一匹たりとも必要ありませんからね」
私はたまらず、テーブルをスパンッ! と叩いた。
「マウント合戦はそこまで! ……あとアレクシオン様、今度から夜の窓の鍵とカーテンは鉄壁にしますから……」
四人の男たちはビクッと肩を揺らし、シュンと魔力を引っ込めた。
「し、失礼いたしました……。しかしチェリ様、私はただ、誰よりも貴女の思考を理解していると証明したかっただけで……」
グラシエルが、悪魔的な微笑みを浮かべて口を開いた。
「そうだ。あの時の集会の際、バルコニーから民衆を見下ろして仰っていたあのお言葉こそ、今の私の指針。……こう、右手を掲げながら」
嫌な予感がした。背筋に特大の冷や汗が走る。
「――『我が炎は世界を浄化する福音なり。嘆くがいい、恐れるがいい、これより始まるは神々の黄昏』……」
私は絶叫してソファのクッションに顔を埋めた。
「ひどい! 勝手に私の過去の言葉を再生しないで! 無断利用、ダメ、ぜったい」
「集会……祭事か何かの催しですか? でも、今の台詞カッコよかったですよ? なんていうか、すごく詩的で」
アレクシオン様が無邪気に笑う。
その一切の疑いを持たない純粋なキラキラに見えてしまう笑顔。
一番、胡散臭い。
というか、さっきのストーカー発言が地味に怖い。
「ただの思春期の過ちだから、深夜のテンションで書いたポエムなの忘れてぇえ……」
「他にもありましたな!」
フレイムベルグが「俺も覚えてるぞ」とばかりにニヤニヤしながら追撃する。
「――『集え、我が深淵の同胞よ。今こそ世界に我らの力を示し、理を凌駕する時』……でしたっけ?」
私はクッションを顔に押し付け、足をバタバタさせた。
かつての部下たちの『無駄に良すぎる記憶力』が、これほど恨めしいとは。
もういっそ、物理で全員の記憶野を粉砕してしまいたい。
こうして、既に心をぼろぼろにさせられた私は。
最後の男、冷徹なる策士ネクローゼとの対峙に向かうのだった。
黒歴史が、これ以上更新されないことを全力で祈りながら。




