31話
「ちょっとあんた達はタケアカ国の兵士だろ?とっとと自分たちの国に帰ってくれよ」
遠巻きに何人かの人が見つめる中で、「ダンダン洋服店」の店主ボロンゴは赤い鎧を見につけた屈強そうな兵士たちに対し、堂々と言った。
「なんだお前?俺たちが用があるのはそこにいる女二人だ。痛い目にあいたくなかったら関係ない奴は黙ってろ!」
「そのふたりはうちのお客なんだ。それなのに店の真ん前で絡まれるのを黙って見てたりなんてしたら、俺と店の信用はガタ落ちだ」
「黙ってろと言っているんだぜ、たかが服屋がよお!俺たちがちょっとその気になりゃあいつでもぶっ壊せるんだぜ?」
「たかが服屋でも、この店は俺の親父が一生をかけて守って来たんだ。たかがタケアカの下っ端の兵士になんかに好き勝手されてたまるか!俺らの国から出て行けよ!」
「なんだと!?たかが下っ端兵士だと?」
「違うんだったら名前くらい名乗ったらどうだ?それともなにかタケアカの人間には名前すらないのか?」
「馬鹿にしやがって!名前が無いだと?!」
「あるなら名乗れよ」
「俺の名前はシバタだ」
「シバタか、ちゃんとした名前持ってんじゃないか。あんたらの国は評判悪いぜ?最近ちょっとばかり景気がいいからって態度がデカいんじゃないのかい?」
「許せん………」
赤い鎧を着た男たちの戦闘で顔を赤くしている男が腰に下げている剣を引き抜いた。
「なんだやるってのか?俺だって前は冒険者だったんだ。そう簡単に勝てると思ったら大間違いだぞ。うちの国の兵士たちが来る時間位は稼いでやる。うちの国の法律じゃあ先に剣を抜いたほうが重罪なんだからな!」
立てかけてあった年季の入った剣を、ボロンゴは見せつけるようにして掲げた。
「お兄さんちょっと待って」
取り囲む群衆たちのざわめき、兵士たちの憤る声、言い争う二人の男達の険悪な空気の中にひとつ涼やかな声が響いた。
赤い鎧を着た兵士へと一歩踏み出したのはセラフィーだった。そしてその後にマリンも続いた。
それはまるで舞台にスポットライトが照らされたようなものだった。そこにいる全ての人々の視線が集まる。
顔半分を覆うほどのマスクをつけた少女がゆっくりと両手を動かす姿に誰もが目を奪われた。
両方の掌を打ち鳴らした。
辺り一帯に神聖な空気と柔らかい音が響き渡ると同時に、赤い鎧を着た兵士達が後方へと吹っ飛んだ。
「なっ!」
ボロンゴは驚きの声をあげた。ただ一度拍手をしただけ。それなのにもかかわらず屈強な男たちの集団を一気に吹き飛ばす。
明らかに魔法。
しかも強く、そして精密。少女の近くにいた自分、そして野次馬達には一切の影響を与えることなく邪魔者だけを吹き飛ばした。それも軽々とだ。もし彼女が本気であれば殺すことすら容易かったであろう。信じられないほどの魔法の使い手だ。
「マリン、早く逃げよう!」
その少女が軽い口調で言った。
「うん!」
手に手を取り合い細い路地へと走り去っていく少女達。
「何してる!誰か追え、追うんだ!」
真っ黒な顔をした男が叫ぶ。自分でも立ち上がろうとはしているが吹き飛ばされた衝撃がいまだに残っているらしくフラフラしている。
あれはシバタと名乗っていた兵士だろう。なぜ顔が汚れきってい
て、言葉が聞き取りづらいのかと言えば、そこは農業用品を扱っている店だ。鍬や鋤やスコップなども置いているが、それだけではない。
「あいつ肥料の山に突っ込んだんだ!」
気付くと同時に思わず大きな声で叫んでしまった。あれは牛糞に藁などを混ぜて作るもので、普段はシートをかぶせているからマシだが、それでも近くによれば臭いは強い。
吹き飛ばされたシバタはよりによってあそこまで吹き飛ばされてしまったらしい。
野次馬達の笑い声が響く。
「何笑ってやがるんだテメェら!笑うんじゃねぇ、全員ぶち殺すぞ!」
糞まみれの顔をしたシバタが悔し紛れに叫ぶ姿がたまらなく面白くて、野次馬達はさらに笑う。あまりに笑い声が大きすぎて店を揺らすほどの勢いだ。
「タケアカの兵士には糞尿がお似合いだよ!」
誰かが叫んだことで笑い声は一層高まる。
ボロンゴは気付いた。あれは絶対にフルーツ売りのメギシだ。さっきは人をぼったくり扱いして首を絞めたくなるくらいに迷惑だったが、あの傲慢な兵士たちをやり込めてくれたのは非常に痛快だ。
「誰だ!いま言ったやつはとっとと出てこい。今すぐに首を斬り落としてやる!」
「威勢だけはいいけどいつまで寝てんだよ。タケアカのやつらは糞を枕にして寝る習慣でもあるのか!?どうりで臭ぇと思ったよ!」
さらに煽り、野次馬達はさらに笑う。笑いすぎて空気を吸えなくなって顔を青くしている者までいるようだ。
すごい。
メギシは普段、従業員に仕事を丸投げしてまともに仕事もしないやつだが、口だけは達者で誰とでも気さくに話して友達が多い奴だが、ここにきておしゃべりが絶好調だ。
どうやらあいつもタケアカ国に対しては憎く思っているらしい。
「ふんざけやがってぇ!」
なんとか立ち上がろうとして地面に手を付いたシバタ。
しかし無情にも彼の手は大きく滑り、バランスを崩したシバタは再び肥料の山に顔を突っ込んだ。
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