29話
メインストリートから少し中に入ったところにある露店には様々な服が置いてある。
そこには大きめのマスクで顔の半分くらいを覆った二人の少女がいる。
「服を見てもいいですか?」
店主のボロンゴはすぐに分かった。
そのふたりの少女達が魔臓を持ち、尚且つかなりの戦闘能力を持つ者たちであることを。背筋にビリビリとした寒気に似た感覚が走ったからだ。
「もちろん、お好きなだけ見てください。こっちの箱の中のは千ゴールド、その隣は二千ゴールド、その隣は三千ゴールドで値段ごとに分けてますのでね」
笑顔で返す。
「ねえ聞いたマリン。私こんな風に服を売っているお店を見たのは初めてだよ。これだったら一枚ずつ値段をチェックしなくてもいいからすごく簡単だよ」
「うん、分かりやすくてすごくいいね」
嬉しい。
ボロンゴは鼻高々だ。服の値段ごとに置く場所を分けるというのは、自分で思いついたやり方で、他の服屋はやっていない。他のお客さんからも分かりやすいとよく褒められる。
「同じ値段なんだったらこの中で一番いい奴を選んじゃおうよ」
「そうね、けどサイズもちゃんと見ないと駄目よ」
「そうだった。良い奴だったとしても着れなかったら意味ないもんね。さっすがマリン、しっかりしてるー!」
「ふへへへへ………」
楽し気にはしゃいでいる彼女たちを見れば、普通の人間はただの子供だと思うかもしれない。しかし「ダンダン洋服店」の店主ボロンゴは一切の油断はしない。
元は冒険者だった。あの時は死と隣り合わせで毎日辛かったし腹も立つことも多かったけど馬鹿笑いする日も多かった。子供の頃に思い描いていた英雄になんかなれないことは毎日毎日分かっていったけど、考えないようにしていた。
今考えればあの足の怪我は幸運だったのかもしれない。雨の日は痛むし、引き摺る日もあるけれど、それでも歩くことが出来ている。昔の仲間達に比べれば随分とマシと言っていいのだろう。
ボロンゴの特殊魔法「デンジャー」は危険を察知する魔法。何度も危険な目に遭いながら、ずっと自分の事を守ってくれる大切な存在。魔法は神様からの寵愛の印だというけれど本当にそうだと思う。
依頼人が嘘を付いている時、強い魔物が近くにいる時、大雨で川が氾濫する時、いつも危険を教えてくれた。
だから分かる。
彼女たちがその気になれば自分はすぐに死ぬ。
背筋に感じるのこの寒気は風邪とは違う種類の寒気だ。人を、魔物を見た目で判断してはいけないというのは冒険者の時に骨身に染みるほどに分からせられた。
目でも頭でも判断してはいけない。自分は神様が与えてくれたこの背筋の感覚だけを信じて生きていくんだ。
冒険者としては成功したとは言えない。だけど冒険者の時の経験は自分の身になっているんだ。膝は少し壊れてしまったけれど代償としては悪くない。
刺激的ではないけれど、夜眠るときの心の穏やかさは前には無かったものだ。本当の自分にはきっと今の生活が似合っているんだ。
ボロンゴはゆっくりと椅子に座る。
そしてもう何度も読んだ詩集を手に取った。私は本を読んでいるから、好きなだけ選んでいていいですよと、分かってもらうために。
彼女たちはきっとあれこれと店員に話しかけられるのが好きなタイプでは無いはずだ。少し背の高い少女が探るような目を一瞬向けて来たことをボロンゴは見逃してはいない。
だからこの山のような服の中の一部となるように、気配を消してここにいるのが一番いい。
少し傾き始めた柔らかい太陽の光はきっと彼女たちの心を柔らかくしてくれるはずだ。
何も買わなくてもいいから、ケンカは無しで仲良く選んでくれよ君たち。
ボロンゴがたまたま開いたページに書かれていたのは、夕焼けを飛ぶ蜜蜂の詩だった。
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