お約束
よし、心を無に。
オーケー、思考回路はオールクリア。
いけてるいけてる。
満を辞して僕は目を開ける。
そして眼前に広がるのは僕の方をずっと見ているお嬢様の裸。
満を辞して僕は目を閉じる。
メーデー、我、理解不能。
えー、こちら傑。
報告します。何が今起こっているのかを。
夕飯を終えたお嬢様はいつも通りにお風呂の準備を始めた。
もうすぐ食べ終わる、言うところで追い焚きのボタンを押しておいたので、お嬢様が歯を磨いて少しゆっくりしているとエリーゼが鳴る。
いつも僕はお嬢様がお風呂に入っている間にお皿を洗い。リラックスタイムに入る。
だが、今日という日は違う。
「傑?」
「どうしました?」
お嬢様は何も言わずに僕を米俵のように担ぎ上げる。
あっ、これは。
連行先は洗面所。
次に言うセリフはなんとなくわかる。
「お嬢様、流石に、流石に無理です」
「あら、急に察しが良いじゃない。そう、一緒に入るわよ」
僕を丁寧に地面に下ろすと、僕の目線に屈んで眼をうるうるさせている。こんな例えをするのは失礼だが、さながら飼い主に久しぶりに会った大型犬。
「駄目?傑」
いや、いくらなんでも厳しそうですお嬢様。
僕がお嬢様の専属使用人になる時に何度も何度も確認されたことがある。それはお嬢様に手を出さないことだ。僕はそれを忠実に守っているから、誓ってお嬢様をそういう目で見たことはない。
ただ、たださこれはこれは違うじゃん。これ僕の理性殺しに来てるよお嬢様。
僕だって十七歳、流石に無垢では無い。少女の見た目をしているけれど、僕だって立派な男なのだ。
とてつもなく綺麗なお嬢様の裸なんて見てしまったら、間違いを起こしてしまうかもしれない。
「あんた女の子になったんだからお風呂のことなんてわからないでしょ?教えてあげるから」
「大丈夫です。お嬢様の手は煩わせません」
実力行使系お嬢様は僕の一瞬の隙を見逃さなかった。
「うわ、やめてください」
刹那という名前には一瞬一瞬を大切にして欲しいと言う願いが込められているらしい。
その名に恥じない刹那の見切り。
僕が抵抗を示すために腕を挙げて手を振っているこの時。僕のワンピースの裾をガッチリ持つ。テーブルクロス引きのような一瞬の勝負だった。
「あぁ」
下着姿になってしまった僕は逃げの一手。
「逃すか!」
むぎゃ!
お嬢様は僕のサラシの結び目を持っていた。確かにこの状態で逃げれば、僕は胸部装甲を全て破壊される。
だが、そんなことより逃げなければ。
僕は一つ忘れていたことがある。サラシは巻く物なのだ。帯みたいに。
今の構図は、悪代官と女中と言ったところ。
お嬢様に勢いよくサラシを引っ張られた僕は勢いに負けてコマのように回転してしまう。
お星様がまわってる?!?!
お嬢様はフラフラとしている僕の下着を脱がせ、僕をお風呂場に放り込む。
僕の三半規管が正常になる前に、お嬢様もお風呂場に乗り込んできた。
これはもう逃げられない。
僕は全てを諦めて目を瞑ると言う最古にして最強の手段を選択し、そういう気持ちになることを防ごうと決めた。
お湯に浸かるといけないからと、腰ほどまである髪の毛をブラッシングされてから結ばれ、湯船に。
二人で入るには狭いバスタブに張ってある水は、僕達の侵入によって溢れかけた。
そして冒頭に戻る。
「ねぇ、傑。こっちにおいで?」
目を瞑ってはいるが、自分が今お嬢様と向かい合うように湯船に浸かっていることくらいはわかる。こっちに来いと言うことは、僕がお嬢様に寄り掛かるようにしろと言う意味なのだろう。
そっちの方がマシか?目を開けてもお嬢様と目は合わないし。
そう考えた僕はお嬢様に言われた通りに動く。
はう……
お嬢様が僕の体を抱きしめてきたではないか。反射的にお嬢様の方を見ると、頂点捕食者の目をしている。
「お嬢様?」
僕は慌てながらも平静を装った声で言う。
これはアカン。
「あっ、これは違っ」
お嬢様は無意識にやってしまったのだろう、すぐに僕を拘束から解放してくれた。
「ごっ、ごめん」
お嬢様が謝った?そんな日など永遠に来ないと……
僕が楽しみに育てたスイカを勝手に割って食べた時ですら謝らなかったあのお嬢様が?
「大丈夫ですよ」
うん、別に大したことでは無い……本当に。
お嬢様はいつも眠る時には大きなクマのぬいぐるみを抱くから、それと間違えたんだろう。きっとそうだ、あの目は何かの見間違いだろうし。
「ほら、先に上がって体洗ってなさい。洗い終わったら私が髪やってあげるから」
お嬢様に言われるがままに僕は体を洗い始めようとしたのは良いが。
さぁ、どうしよう。
僕には変化した部分が二つある。上には山ができて、下の方はなくなった。
とりあえず、その部分を除いて洗い進める。
覚悟を決めろ自分。
まずは胸を。
触って見ると、柔らかいのだが確かな弾力があった。押したり、揉んだりして見ると形が変わって少し楽しい。
成る程、こんな感じなのか。
上の方を洗って、持ち上げて下の方を洗い、最後に先っぽの方を。
よしよし、とりあえず大丈夫。
続いて、なくなった下の方。
なまじ覚悟ができていたのが良くなかった。
ピリッと電気が走ったような感覚がして、思わず前屈みになってしまう。
なになになにこれ?
そう言えばと思いお嬢様の方を見ると、ニヤニヤとした顔でこちらを見ている。
多分、僕の顔は真っ赤だろう。
「じゃあ、傑。洗ってあげる」
そう言ってお嬢様は僕の頭にシャワーをかける。髪を解いて、頭皮の方まで洗い流せるように丁寧に指の腹で汚れを落としてくれて、シャンプー、コンディショナーと進んでいく。
「コンディショナーはちゃんと髪の先の方まで染み込ませるの。お風呂から上がった後にヘアオイルもやってあげるから」
また髪が濡れないように、バスタオルで頭を包む。
次にやる行動の予測なんて簡単につく。
「ねぇ、背中流してよ。私にやらせておいでメイドのあなたがやらないなんてわけないわよね?」
予想通りのお嬢様の一声。
ここまで来たらもうやるしかない。
「わかりました」
ボディーソープをボディータオルに染み込ませて泡立てる。そうしてお嬢様の誰も足を踏み入れていない雪原のような真っ白な肌を洗っていく。
綺麗だ。手で触ってみたいな……どんな感触なんだろう。
待て待て、今何を考えた?
僕は執事僕は執事。
確認良し。
ここで僕が言われたくないことランキング一位は。
「ねぇ、前もやって」
見事にお嬢様は当ててくる。
しかし、僕はもう心が落ち着いてはいない。断ると言う選択肢は頭の中から消えていて、謎のスイッチが入っていた。
「わかりました」
「えっ、傑?何か目が怖いよ?」
さぁ、ここから僕の反撃が始まるんだ!
ここから僕の記憶はあんまりない。
ただ、お風呂に入った後お嬢様が少し情熱的な瞳で僕のことを見ていたと言うことは事実である。
冬神 刹那視点
はぁ、はぁ、危なかった。
開いてはいけないものを開けてしまった。
でも、これは必要なことなのだ。
私が好きという気持ちを伝えることはできない。
もし、私が告白をしたら傑は了承をしてくれるだろう。ただ、その了承に傑の意志が反映されることはない。
傑が私のお願いを断ったことはほとんど無い。確かに少し嫌な時は抵抗の意志を見せるが、私が粘るとすぐに諦めてお願いを聞いてくれる。
だから、傑から言ってくれることを私は待つことにしたのだ。
そのために、やるべきことがいくつか。
「もしもし?お母様?」
TSもの書くならお風呂シーンは書かないと駄目だと、小さい頃母方の実家に行くたびに祖母に言われたことを思い出します。
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