台所は晴れているか
お嬢様とスーパーまでの道を歩いている。
夏至を迎えたばかりの夕方を僕は夕方には思えない。夕方というにはノスタルジーを感じさせてはくれないから。
ふと妙な視線を感じる。と言ってもそれは不快感を感じるようなものではない。
なんか、生暖かい?
ちらりと後ろを向くとお嬢様は僕から慌てたように目を逸らす。
「お嬢様、何かありましたか?」
「いや、なんでもないわ。急ぐわよ。ロールキャベツは時間がかかる料理ってことくらい私も知ってるんだから」
ごまかすように早歩きになるお嬢様。
何かあったのかな?こういうところに気がつかないから、僕は駄目執事なんだろうけど。あっまぁ今はメイドか。
歩いて数分のところにあるスーパーマーケットは少し暗くなった世界で、煌々と輝いていた。
「えーと、全体的に切らしてたからと……コンソメも確かない筈」
僕はカートを押しながらぶつぶつと呟く。
しかし、身長がいかんせん低くなりすぎているからか、体の扱いになれてないからかうまくカートを押せない。
「ほら、私が押してあげるから」
そう言ってお嬢様は半ば強引に僕からカートを奪うと、キャベツがある方へと向かって行った。
うぅー申し訳なさすぎる。
使用人として面目ない、やっぱりこんな僕じゃお嬢様に嫌われて当たり前だよなぁ。
そう思いながらも、小さくなってしまった体でお嬢様を追いかけた。
キャベツ、玉ねぎ、にんじんをカゴに入れて精肉売り場へ向かう。
「どれにしようかな」
悩みつつも手に取ったのは、特売品と書かれた外国産の挽肉。
こっこれは安い!
僕の庶民精神が猛々しく燃え上がる程のお値段。
舐めないでくれ、この庶民派メイド(泣)の実力を。
「ねぇ、このお肉にしましょうよ」
お嬢様が僕の目線を切るように、少しお値段が張る国産の挽肉を差し出してくる。
「そうですね、今日は迷惑かけちゃいましたし。せっかくお嬢様の好物を作るんですから奮発しましょう」
お嬢様は両手を組むようにして喜びを表現する。
でも忘れてはいけない。
彼女は冬神財閥の一人娘であることを。
いつもより五百円高いプチ贅沢お肉でこんなに喜んでいるけれど……。
一応、一汁三菜を保つために残りの二品を作る材料を見繕う。
あー、そう言えば小松菜が冷蔵庫にあるな。今日使わないとまずいからおひたしにするとして……。
ロールキャベツ、小松菜のおひたし、どうだろ。バランス的にはお野菜多めで健康的だけども。
などと献立を考えながらぶらぶらとスーパーの中を歩き回った。
料理を作るのが一番大変なんだよなぁ。
思ったより、荷物多くなっちゃった……。
袋に詰めてみると、エコバッグが二つ必要になってしまった。
もうすぐ切れるからって牛乳とか買うんじゃなかったなぁ。
自分の行動に後悔しながらも、エコバッグを手に取る。
すると、お嬢様が「んっ」と僕に手を出してくる。
どうしたんだろう、お嬢様?
なんのことかわからずに、その差し出された手に顎を乗せた。
「かっ可愛、わざと?わざとなの?あんた、誘ってるんじゃないの?」
お嬢様の顔が耳まで真っ赤になる。
あぁ、やっぱり怒らせてしまった。
「お嬢様すみません、何か間違えてしまいましたでしょうか?」
「もっ、持ってあげる。その荷物。どうせ、今のあんたじゃ持ち運ぶの大変でしょ?はぁー、全く。私がいないと何にもできないんだから。これじゃどっちが使用人かわかったもんじゃない」
また、お嬢様に不満を言わせてしまった。
情けないなぁ。
お嬢様は二つの袋を一度持ってから、僕に片方の袋を渡した。多分、軽い方を僕に持たせてくれたのだろう。
外に出ると、日はさらに沈んでいる。
お嬢様の後ろを、荷物を持つ手を変えながらついて歩く。
お嬢様は心配そうに後ろを振り返って、僕の遅くなった歩くペースに合わせてくれた。
そもそも、お嬢様はなんで僕なんか選んだんだろ?
セバスさんやロベルトさん、僕より優秀な使用人はいっぱいいる。
いやいや、考えても仕方がない。
僕はお嬢様に選ばれて、ここにいるんだからお嬢様に尽くすんだ!
あれ、でもお嬢様って男の使用人を希望してたよな……
てことは、今の僕じゃいけないんじゃ?
「何、難しい顔してるの?」
「すみません、お嬢様。少し考え事をしておりまして」
「まぁ、そりゃそうよね。急に女の子になんかなっちゃったら誰でもそうよ」
「そう、ですね」
専属の使用人は僕のままで良いのですか?と尋ねようとしてやめた。
それを聞いてしまえば、僕の今の役割が終わってしまうような気がしたから。
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マンションに着いた時にはもう十八時、急いで料理を作らなくては!
毎週送られてくるお米は、冬神財閥が経営している巨大田園地帯で採れたものでどんな環境で炊いても米が立つという素晴らしい一品。
いつもだったら、丁寧に土鍋を使ってお米を炊くのだが時間がないので炊飯器をポチッとな。
急げ急げとエプロンをつけていると、お嬢様が台所に入ってきた。
「これ着なさい」
「これですか?」
お嬢様に渡されたのは大きなハートマークが中央につけられ、フリルがフリフリとしたピンク色のエプロン。
「お嬢様?いつこんな物を?」
「まぁ、細かいことはいいじゃない!せっかくこんな美少女になったんだから」
「うぅー」
僕は今までこの台所という戦場を共に戦ってきた相棒のエプロンに、別れを告げることになった。
さよなら、僕の相棒。君のことは絶対忘れないから!
気持ちを切り替えて包丁を持つと、僕は少しテンションが上がる。
うーん、やはり包丁は良いな。
煮込む必要があるロールキャベツの仕込みをささっと終わらせ、どんどん作った品数を増やしていく。
ふふふっ、何を隠そうこの僕は男の使用人の中で一番料理がうまいんだ!まぁ、このマンションに来る前は基本的に料理人さんが作ってくれてたからこの腕を活かすことはなかったけど。
「さぁ、食べましょう」
お嬢様の部屋にノックをして、料理ができたことを告げると『はーい』という気の抜けた声と共にお嬢様は部屋から出てきた。




