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22 噂話はニュースの代わり

真っ先に近寄ってきたのはアンセルメ伯爵だった。仮面を取ってみると優男系の美男だ。髪の色と長さはだいぶ違うが、顔立ちはそこそこパウロと似ているかもしれない。


「ありがとうございます、パリス様、このお礼はなんと申し上げたらいいか。決闘をお受けされていたらとんでもない事態になるところでした。」


大げさな。でも自分の開いたパーティーで取っ組み合いが起きたら責任を感じるかもしれない。


「たいしたことではないですから。」


本質的に解決したのはセシリア様だと思うのだけど、まあ喧嘩を買わなかったお礼ってことなのかな。人妻を口説いていたのは事実だから、喧嘩を買う大義名分なんてなかったんだけどね。


「あそこで刃傷沙汰になっていたら、我々の家の者も罪に問われたでしょう。本当に助かりました。フェリーノ家一族郎等を代表してお礼申し上げます」


「いえ、本当にたいしたことはないので。どうぞ気にしないでください、伯爵。」


ティボルトは叔母さんが口説かれているのを注意しにきただけなのに、決闘なんてやっぱりアンセルメ伯爵は大げさだ。どうもこの時代の人は表現が誇張気味なんだよね。


会話に割り込むことなど滅多にしなさそうなロザリナ様が輪に入ってきた。


「パウロ様、あのティボルトに言いがかりをつけられても動じずに堂々としていらっしゃいました。そしてティボルトが手をかけようとしてもなお恐れないご姿勢。世俗の揉め事や栄誉に関わらず、自分を見失わない強さ、神々しくご立派でございました。


いつも青白いロザリナ様が紅潮している。いや、俺は正論を言われて反論できずに青くなっていただけなんだけどね。でも仮面をしていたから俺がワナワナしていたのは多分バレていない。それに男のティボルトがズボンを脱いだところで別に動転しないし。


「パリス様、ティボルトはバカだけど、ああ見えて街一番の剣士なのよ。彼に居合で切られそうになっても平然としていたのはすごいわ。もうリヴィアと踊るしかないわ、ね!」


ロザリナ様の背中からリヴィアが出てきた。動物園の子どもみたいに興奮しているようだ。切られるって、また大げさな。


「それにバカのティボルトに大人になりなさい、周りを気にしなさいって言い放ったの、すごく格好良かったわ。記念にリヴィアと踊りましょう、ね!」


そんなこと言ってない。もっと格好悪いシーンだったのに、リヴィアには美化されて見えたみたいだ。ちなみにティボルトの頭が悪いのは了解事項のようで、皆突っ込まない。


「終始大公家の威光を頼らないその姿勢、そして死の危険に臨んで平静を失わない精神、感銘しましたぞ。」


人だかりで姿が見えないチョビ髭おじさんの声が聞こえた。いい加減名乗ってくれないかな。周りで知らない人たちが口々に賞賛してくるので、いちいち返事していられない。


威厳のありそうなメタボおじさんが俺に近づいてきて、皆道を開けた。どうやら彼は重要人物みたいだ。初めて顔を見るけど髭がたくましい。


その重要人物は俺の近くまで来ると、いきなり膝をついた。大柄なのでごすんと音がしてびっくりする。


「言語道断のことをしたティボルトを寛大に許していただき、その上かばってまでいただけるとは、パリス伯爵のご恩、カプレーティ一族が忘れることはありません。本当にありがとうございます。」


なんなの、俺は喧嘩を売られて固まっていただけだったし、ティボルトは明らかに冤罪だろう。なぜだか話が大きくなりすぎている。


セシリア様がメタボおじさんの横に出て、スカートを手で支えて屈み込む。仮面が外されて少し赤くなった目が見える。


「カプレーティの罪、私からもお詫び申し上げます。そして伯爵の寛大なご判断、身に余る思いにございます。」


セシリア様は完全に被害者だったのになんで謝っているのか。頭を下げていても慎ましい感じが綺麗だけど。甥の失態に連座するのって可哀想だし、そもそも甥も失態したようには見えなかったけど。俺が伯爵で身分が高いから、喧嘩を売るのがダメなのかもしれない。


メタボおじさんも頭を下げる。


「私からも、妻と甥のためにも、改めてお詫び申し上げます。」


おじさん、セシリア様の旦那なのか!ショックだ。美女と野獣。セシリア様が嫁いだのはかなり若かっただろうから、その時はまだ美女と野獣になるとは思わなかったのかな。でも多分美少女と野獣だっただろうし、その方が絵としてまずいと思う。


「顔をあげてください。皆さんが謝るようなことは何もありませんでした。」


本当に。むしろ俺が謝るタイミングを逸しちゃったよ。身分のせいだとするとなおさら申し訳ない。


「今日は仮面舞踏会ですから、俺は今日だけの存在です。伯爵でもなんでもありません。どうぞ謙らないでください。」


これでちょっと安心してもらえるかな。


メタボおじさんをよく見ると涙目だ。大柄だったから40歳くらいなのかと思っていたけど、肌の感じから察するにもう50歳を超えているんじゃないかと思う。下手をしたらセシリア様の二倍の歳かもしれない。


セシリア様ちょっと可哀想だな。政略結婚でこんな年上の大男に嫁いで、若くして赤ちゃんを産んで。義理の息子として俺が幸せにしてあげられる方法はないんだろうか。ひょっとしたらメタボおじさんが糖尿病か何かで倒れたら、俺が後釜になれたりするかな。アルベルトおじ様の目的はカプレーティの乗っ取りなんだし、ジュリエッタが婿を取らなければ俺がセシリア様と結婚しても問題ないのでは。


そんなことを考えていたら、メタボおじさんはまた頭を下げた。


「ありがとうございます、あなたは貴公子の鏡だ。」


いや、今おじさんにすごく失礼なことを想像していましたよ。間違っても言わないけど。


取り巻きから逃げるように、アンセルメ伯爵に挨拶をして出口の方に向かった。ピエトロがいる。


「パウロ様、どうしたんですかそんなに疲れた顔をして。踊ってないのにその状態では、ワルツで貧血になりますよ。」


ピエトロをみてこんなに安心したのは久しぶりだ。


「ピエトロ、ピエトロが待ってくれて良かった。一緒にいるとすごい安心する。」


「パウロ様、いくら私が美男子だからって男に走るのは感心致しません。恋人ができないからってそう簡単に諦めないでださいよ。」


そう、この感じだ。


「それと、仮面を取られたらいかがですか。」


そうか、まだ仮面をしていたのか、俺。


慌てて使用人に仮面を返すと、逃げるように馬車に飛び乗った。何もしていないのに疲れた1日だった。




ちなみに、チョビ髭おじさんの名前はルチオ・スクロヴェーニさんというらしい。なんでわかったかというと、その晩のうちにパウロ様を絶賛する詩が届けられたから。走り書きの手紙には、あの場面を劇にするとも書いてあった。恥ずかしいのでやめてほしい。


案の定、例のお触り事件と同じように、その晩のうちに尾ひれがついた噂が広まった。


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