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16 誰も取り締まらないルールは誰も守らない

頭は相変わらずこんがらがっていたが、目だけは踊っているカプレーティ夫人を追っていた。顔を背けても目の端で捉えてしまう。無理に焦点を外しても、今ターンしたんだな、とわかる。このままだとストーカーになりそうな勢いだ。


ジュリエッタに婿入りすると、あの人は「お義母さん」になるんだよな。この時代は離婚なんて滅多にないらしいから、婿って案外悪くない位置かもしれない。ひょっとしたらお母さんに甘える感じで、膝枕とかしてもらえたりして。


「お義母さん」


ちょっと呟いてみる。いいかもしれない。既婚の人から目が離せなくなった割に、そこまで悲惨なエンディングにならないかもしれない。


あの人が気になって目が離れないが、これが一目惚れってやつなのかはわからない。これが恋だとして、恋してるのはパウロの体なのか有馬晴樹の心なのか。高校ではショートカットの似合う可愛いタイプが好きだったんだけどな。


ふと、隣のチョビ髭おじさんが、俺の方を向いて泣いているのに気づいた。ギョッとする。


「エミリア様は伯爵のご誕生後間も無く亡くなったとお聞きしました。やはり母の愛情に乾いていらっしゃるのですね。セシリア様のような若くして母になられた方を見ると思いが湧き出るのですね」


ああ、「お母さん」、と言っているように聞こえたんだろうな。パウロのお母さんがエミリアという名前だったのは知らなかったけど、それ以上にカプレーティ夫人がセシリアと言う名前だと知れて嬉しい。


セシリア様。


いい響きだ。婿に入ったら呼ぶ機会も少ないだろうし、今のうちに積極的に呼んでいきたい。


婿入り生活を想像していると、セシリア様と話していた誰かが駆け寄ってきた。


「パウロ様、ここにいらしたのね!リヴィアと踊りましょう、ね!」


仮面を外しながら、元気に話しかけてくる。天真爛漫な少女という感じの女の子だ。少し赤みがかった明るい茶色の髪に、丸い可愛らしい顔、ピンクの肌。桜色のドレスが幼い感じを出しているが、中学生くらいかな。


名乗ってくれてよかった。リヴィアって夫人が見せてきた令嬢の肖像画リストにはいなかったはずだ。


「悪いね、リヴィア。目が眩んでしまってね、今日は踊れないんだ。」


そういえば踊ったこともないのに気づいた。練習したいけどピエトロと練習するのも気持ち悪いし、ストルネロ夫人は厳しそうなので、今のところ理由を探してダンスから逃れる作戦をとっている。


「パウロ様おかわいそう。踊りすぎて目が回ってしまったのね。でも大丈夫、リヴィアはゆっくりとおしとやかな踊りもできるのよ、ね!」


語尾を強調するのがこのリヴィア嬢の癖のようだ。


「いや、遠慮しておくよ、ごめんね。」


ゆっくりだろうと早かろうと踊れないものは踊れないし、実はリヴィアと話している間、目の焦点は違う方角にいってしまっている。


「パウロ様、遠くボローニャに行ってしまって、リヴィア寂しかったの。だから一緒に踊りましょう、ね!」


パウロ側の状況が考慮されていないよ、リヴィア。


勢いのいい少女に引っ張られつつあったところ、見覚えのある女性が近づいてきた。


「リヴィア、パウロ様を困らせていますよ。パウロ様、妹がご迷惑をおかけして申し訳ありません。」


少し恥ずかしそうに、スカートの裾を持って礼をしてきた。会うのは2度目だけど、この人を既に親しく感じている自分がいて驚く。


「ロザリナ様、お会いできて嬉しいです。今日も素敵なお召し物ですね。」


「いえ。伯母のお下がりなんです」


お下がりにしては張りのいい、黄色いドレスだ。以前会ったときは青白い印象だった肌も、今日は仮面の下で少し生き生きして見える。改めて見てみると、ピエトロが言うのもわかる美形な女性だ。やはり目立つタイプというよりは、整っているといった感じだろうか。


「私のドレスは新調なの、だからリヴィアと踊りましょう、ね!」


リヴィアの手にかかればどんな天気も事故もパウロと踊る口実になりそうだ。


「ごめんね、今日は踊れないんだ。」


セシリア様に誘われたなら這っても踊りに行くけど、伯爵呼びだったし気軽にダンスに誘えるほどパウロと親しくはなかったのだろう。


「リヴィア、ダンスは殿方から誘うものです。マナーがなっていませんよ。」


ロザリナ様は基本的に穏やかな性格をしているから、リヴィア嬢には手を焼かせられていそうだ。


「それにリヴィア、仮面舞踏会ではお相手の名前を呼んではいけないのよ。」


そういえばそうだったっけね。そのルールを守っている人にまだ一人も出会っていないんだけど。

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