━━━第七章・白き三ツ鱗と黒き震皇━━━ 2
彼の言う念願が叶ったとは、かつて全国を恐怖に陥れた伝説の<もののふ>・震皇に成ったとしか思い当たらない。しかし──外見上の変化は乏しく、もっとおどろおどろしい姿を想像していた双七としては、拍子抜けもいいとこだった。
「ど……、どんな化けモンかと思えば……、ナマズのヒゲを付けただけじゃねぇか。びびって損しちまったぜ……」
肌の色は前と同じで、にょろんと伸びたヒゲだけが目立つ。
黒い狩衣がボロボロに破れて上半身はほとんど露出しているが、牡丹色の袴に脛当てなどの下半身を覆う装束は、靴を除いて無事に残っている。
そのような格好をした光房が、今気付いたかのように不気味な視線を向けた──が、すぐに天を仰ぎ見ながら恍惚の表情を浮かべる。コキッと首の骨が鳴った。
「シカトしてんじゃねぇよ!」
怒りの声を発した双七が、紅く光った足爪を地面に刺し込み、爆風で疾さを上乗せした突進をかける。続けて、師匠の大太刀を左後方へ大きく引き、遠心力を充分に加えての横薙ぎ。
敵は動かない、まともに決まる──はずだった。
「うそ……だろ?」
双七の顔がひきつった。
あまりにも突然の出来事だった。光房の姿を、当たる寸前までしっかりと見ていたが、いきなり消えたのだ。ナマズの髭がにょろにょろ波打っていたのが印象に強い。果たして、空吉のように超高速走行を行ったのだろうか。
いや、違う──。
「どこだ、どこ行きやがったぁ!」
きょろきょろと見回しながら警戒する双七。近くに人が潜んでいる気配は全く無い。それについては絶対の自信があった。
「やァ、今帰ったよ。ただいまァ」
空白の時間は一分ぐらい。背後からの声に振り向けば、そこには光房の姿。
先程と違って今は気配もある。脳裏をかすめた底知れぬ恐怖を打ち払うべく、
「はぁ? 意味分かんねぇよっ」
堂々とした態度かつ強気な発言で双七は噛み付いた。一筋の冷や汗が、頬を流れ落ちる。




