━━━第六章・名と狐火を継ぎし弟子━━━ 17
彼の周りに漂った赤い蒸気は、その姿を緋色の大鎧へと──変化させる。
「抜山蓋世・緋狒威!」
裂帛の気合いと共に、厳時は緋色に輝ける甲冑を装着した。さながら、朱色の誉れを受けた赤武者の如き出で立ちは、利光の纏う上品で優雅な六ツ花威とは正反対の、武骨でいかめしいデザインであった。
「いかがです、私めの神威は? カッコいいでしょう?」
先刻、刃を交えて去った稲薙 双七は、神威と疑わしき炎を纏っていた。
だが──今、眼前にあるのは紛う事なき神威である。余裕で隠れ里を制圧し、犠牲を最小限に抑えて戦を終わらせるつもりだったが、思わぬ強敵の出現でそうも行かなくなったようだ。
「全軍……、撤退せよ!」
利光が高らかと右手を挙げ、撤退の合図であるホラ貝が鳴り響く。
二百万の軍勢が衝突した天下分け目の合戦にて、神威同士の総大将による一騎打ちで勝敗を決したという──故事に倣ったのだ。
その結末が凄まじく、敗者の率いた百万の軍勢は捨て身の総突撃を行ったが、たった一人の神威──一騎打ちを制した天下人によって、ことごとく皆殺しになったとの話なのである。
ここから先は、神と神が繰り広げる究極の戦い。人の関われる余地など、どこにもない。
「アナタ達も早く避難するのです。私めが本気を出せば、こんな隠れ里など跡形も無く吹き飛びますからねぇ……」
厳時も長老の役目を果たすべく、里人達に避難を促している。神威同士の激突による被害は、おそらく隠れ里がクレーターに変わるだけでは済まされないだろう。
「将軍様、御武運を!」
副官が一声発し、洞窟へ駆けて行く。
隠れ里に残っているのは、神威に身を包んだ<もののふ>二人となった。近くの燃え残った家を一瞥した利光は、髭切太刀を三度空振りする。刹那の間を置いて氷が割れる音がしたかと思うと、それは粉々に砕け散った。
「フム……さすがです。双七郎君の持つ瓜破大太刀やアナタの髭切太刀といった、伝説の宝刀には及びませんが、私めが愛用する得物を御紹介しましょう」
「なに……」
このような辺境の地で、瓜破大太刀の名前を聞くとは思わなかった。瓜子姫に化けた鬼を豪快にかち割ったという逸話が残る、伝説の宝刀なのである。
「甲羅割大薙刀と言いまして、鎮西地方で悪さしていた大亀を倒した時に名付けた業物です」
つまり──妖怪変化が跳梁跋扈する世においての武器の価値とは、評判の良い名工が作ったかでは無く、如何なる[もののけ]を倒したかによって、決められるのだ。
「よいっしょお!」
刃渡り七十センチ、柄の長さは三メートル。しかも柄は鋼鉄製。
力自慢の大男でも持て余しそうな超重量級武器を、厳時は軽々と頭上へ上げて振り回したが。
ぐきっ──。
「ぎぃやああああああっ、持病のぎっくり腰がああああああぁぁぁ」
年寄りの冷や水とは、まさにこの事。いくら<もののふ>になって外見は若返っても、実年齢はごまかせないらしい。
「だが……、容赦はせぬぞ」
太刀を正眼に構え、地面を軽く蹴って姿を消した利光。
対する厳時も、急に表情を引き締めた途端、同じように姿をかき消す。
衝突したとおぼしき轟音が何度か鳴り響き、衝撃波が隠れ里の地形を穿ってゆく。
「やるな……」
手応えは、まったく無かった。
抜山蓋世・緋狒威は、近々別作品で登場する予定です。




