━━━第六章・名と狐火を継ぎし弟子━━━ 16
その手には、またしても一枚の紙がしっかりと握られており──。
「こんなにも大きく、太く、黒光りするなんて……。空吉が持つ匠の技で、すっかり生まれ変わった双七郎の金棒が、雄々しく勃ち上がる」
「どうして、まだ持ってるのおおおおおおぉぉぉ」
悪の手から作品を取り戻すべく涙目になって走り出す雪音を、すくうように抱き上げた利光。
足をバタつかせる彼女の頭を撫でて慰めると、厳時へ鋭い視線を向けながら口を開いた。
「予に対しての切り札がそれというなら……、見当違いも甚だしいな……」
「えーっ、違うのですかぁ?」
相変わらずトボけた口調の厳時が、大袈裟なリアクションをとる。
「忘れたか? <もののふ>になった時点で互いの情報が共有される事を……。故に、雪音の恥部など先刻承知だ……」
愛しい彼から衝撃の事実が告げられ、雪音の脳みそが驚きの白さに。
「いぃぃやああああああっ、忘れてええええええぇぇぇ」
恥ずかしさのあまり、ポカポカと利光の胸板を叩き出す雪音だったが、
「予が……、そのような事で……、そなたを嫌いになるはずがなかろう……」
その言葉を聞いて、安らかな笑みを浮かべた彼女は──再び、雪の結晶となって姿を消した。
利光の身体にすぐさま変化が現れる。黒から神々《こうごう》しい銀髪へと染まり、六ツ花威と畏れられる神威が装着されてゆく。
<もののふ>・冬将軍は、前よりも更に冷たい殺気を放ちながら、ここに復活した。
「坊っちゃん育ちは、これだから嫌なんですよ。公衆の面前で、朝っぱらからイチャイチャしちゃって、恥ずかしくないんですかねぇ……まったく」
女の子をからかう事が、三度の飯より大好きな厳時。その対象がいなくなってしまったので、ブツブツとボヤきはじめる。
「雪音がここまでヤる気になったのを……、予は数えるほどしか見ていない……。乙女の秘密を暴いた報いを……、受けるがよい……」
刃先を胸部よりやや高く水平に、中段突きの構えで腰を落とす利光。周囲の空気が、急速に冷え──刺々《とげとげ》しくなってゆく。
「まーだ、私めに勝てるつもりなんですかぁ。自意識過剰もイイ加減にしなさい。おじちゃん本気で怒っちゃいますよぉ?」
「最終兵器とやらが通じなくなった今……、そなたが勝てる可能性の方が……、無きに等しいのだが……?」
従一位と正二位の間には、巨大な実力の壁が立ちはだかる。すなわち──神威の有無。
読んで字の如く、神に等しい威力を自在に使える<もののふ>と、そうでないのとでは、実力も天と地ほどの差があるのだ。
「だからですねぇ……、私めにも神威があるんです」
「ふ……、よほど戯れ言がお好きなのだな……。神威を顕現できるのは……、ほんの一握りの<もののふ>だけ……。この広い天下でも片手で数えるほどしかいないのだぞ……?」
「よろしい、ならばお見せしましょう。大いに驚きなさい!」
すぅ──っと、朝の新鮮な空気を一杯まで吸い込んだ厳時。
百獣の王が吼え猛るような大音声を発したと同時に、彼の筋肉が一気に膨らんで藍色の直衣をぶち破った。
衣の裂ける音が、しばらくこだまする。
「石の上にも三年と申しますが、白漣山の頂にて三年もの間、修行に明け暮れた時期が……ありました」
身につけた服は結局、鶸色の袴ただ一つとなった。もさもさと茶色い毛が上半身を覆い隠し、赤い蒸気が立ちのぼる。
「一年前も修行中だった私めは、下界の様子も知らぬまま……、ただひたすら打ち込んでいたのです。大事な友をアナタによって失い……、代わりに得た力をアナタに向ける。因果なモノですよねぇ……」
厳時は運命を感じるように、しみじみと天を仰ぎ見た。
はっちゃけ過ぎた気がします(´・ω・`)




