━━━第六章・名と狐火を継ぎし弟子━━━ 9
「なぁ……、ちょっと待ってくれ」
「いやよっ、もう待てないわよ……え?」
それは、すぐ目の前から聞こえてきた。しかもバサラの声では無い。
「双ちゃん……、もう起きちゃったの…………ちっ」
そう、意識を取り戻した双七郎の声だったのだ。惜しかった──と、本人に聞こえないよう、小さく舌打ちするキサ。そこへ、彼の残酷な言葉が胸に突き刺さった。
「オレは、<もののふ>にはならねぇ……」
天国から地獄へ叩き落とされたとは、こういう事を指すのだろうか。
「なんでよっ? やっぱお雪さんを、あきらめ切れないってゆうのっ? どうしてあたしじゃダメなのよぉ! もうやだっ、やだよおおおおおおぉぉぉ」
ここまで言ってしまったのに、こんな仕打ちって無いよ。キサの心はもう粉々に砕けそうで、何もかもが──。
「ちげぇよ……、そうじゃねぇんだよ!」
双七郎は、病的に喚き散らすキサの両肩を掴み、真剣な眼差しで見つめた。
「なぁ…………、なんで今まで、オレが<もののふ>になろうとしなかったか、分かるか?」
なりふり構わず彼の視線を受け止めるキサ。おそらくは、とても人に見せられない泣き顔をしているのだが、どうでもよかった。自分は完全に振られてしまったのだ。外見など、気にしても仕方がない。
「師匠の仇を取るのに……、無関係な[もののけ]を巻き込む訳にはいかねぇだろ? それに、オレが<もののふ>になろうとしたら……、たぶんキサじゃねぇとダメなんだ」
「ぇ?」
キサの瞳が大きく揺れ、心臓が早鐘のように鳴る。
「だからよ……っ、んな危ねぇ事に、無関係な女の子のキサを巻き込みたくねぇんだ。師匠の恨みを晴らすのは……、一矢報いるのは……、死ぬのは……、オレだけでいいんだよっ!」
パァン。思いっきり頬をひっぱたく音がこだました。




