━━━第五章・敵地潜入━━━ 6
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(……ここは?)
真っ暗な視界。背後からわずかに明かりが漏れており、鈴虫の合唱が心地良く耳に入り込んで来る。それらの感覚から判断するに、建物の中である事は間違いない。
(……どうなったんだろ?)
痛みを感じるほどきつく縛られた手足に、口には猿ぐつわ。まったく身動きが取れないようになっている。自由が利くのはボサボサした尻尾ぐらいなものか。
「くひゃひゃひゃ、今夜はボクちゃんの勝ち……だ」
不意に、聞き覚えのある特徴的な笑い声が、明かりの方向から聞こえてきた。ビクッと身体を強ばらせた後、とりあえず寝ているフリをする。一度聞いたら、頭にこびり付いてなかなか忘れられない不快な声である。
「とはいえ、さすがに参ったねェ。しばらく酔いを覚ますとするかァ」
無惨にも引き裂かれた花嫁衣装──徐々に、記憶が蘇ってきた。
(あたしは……)
あの時──渾身の爆裂爪をぶちかまそうと突進した。だが、爪が触れるか触れないかの瞬間、頭に衝撃を受けて力が抜けていくのを感じた。そして、いつの間にか太刀を握ったクソ野郎に嫌らしい目つきで見下されながら──そこで記憶が途切れている。
(たぶん、これから……)
自分も、あの花嫁と同じ末路を辿る──と、固く閉じられた瞳でイメージを重ね合わせる。
オスがメスに乱暴して無理矢理する事と言えば──。
(…………だめっ、だめよ、そんなの。あたしと交尾していいのは、一人だけよぉ!)
色事がらみは、バサラから毎日のように聞かされていたので、知識だけは豊富だった。経験は全く無いが、その気になればオスを充分に満足させられるのだ。ムネが無くたって、テクニックで補えると自負している。なにせ、毎日イメージトレーニングしているから、間違いない。
(なんとかしなきゃ……)
そう思ったものの、身体の自由は奪われているし、このままじっとしていても望まぬ交尾をさせられてしまうだけ。
何か手立ては──あるにはあるが、それを実行すればもう二度と戻れない。
「……今……助……て……っち」
ぴくりと、キツネ耳がわずかな声に反応した。小さいながらも、すぐ真後ろから聞こえてきた気がする。キサは、感覚を研ぎすませながら次の言葉を待った。
「……起きてるっち? 今助けてやるっち」
直後、猿ぐつわがほどけた。続いてカリカリと縄をかじる音が──。
その気配から察するにネズミあたりだろうか。
「……あんた、誰よ?」
口をもごもご動かして邪魔なモノを取ったキサは、後ろの何者かに囁きかける。
「おれっちは、空吉親分に頼まれて来た、チュウ太って化けネズミっち。味方だから安心してくれっち」
「空吉おやびん……」
ずいぶん微妙な子分がいるんだなと、空吉の人脈に感心したキサ。とにかく、これで助かりそうだ。身体さえ自由になれば、憎たらしいクソ野郎に一泡吹かせてやれる。
「この縄、なかなか丈夫っちねぇ……」
「がんばれ、負けるな、ネズミ君っ」
「おれっちには、チュウ太って名前があるっち。もう助けてやらないっちよ?」
古来より、野鼠はキツネの餌だった。そんなネズミのくせに、一丁前なプライドをもってるようだ。実に生意気である。しかし、ここで彼の機嫌を損ねては元も子も無い。
「ごめんねぇチュウ太君。かっこいいし素敵よっ。だからがんばって。お・ね・が・いっ」
台詞の最後にハートマークでも付きそうなほどの黄色い声援。口に出した自分でも嫌になるブリッ娘ぶりに、げんなりなキサ。
「むはーっ、男チュウ太、一世一代の見せ所っち。気合いっちよおおおおおおぉぉぉ」
だが、何やら良からぬ興奮のおかげで勢いを増してるネズミ。ウザいから、あとで食べちゃおう。変な意味じゃなくて、ホントに。
「あっ、やばいっち」
突然、裏返った声を上げたかと思うと、すでにチュウ太の気配は消えている。さすがネズミだけあって、逃げ足だけは早い。
「え? なによ? どうしたのよぉ?」
やばいと言えば、考えられるのは一つしかないのだが、それを受け入れたくはなかった。
されど──、
キツネとネズミのお話しです。




