━━━第五章・敵地潜入━━━ 4
* * *
あの狐は運がいい。それとも良い仲間を持ったともいえるか。
侵入者の気配は二人あるいは三人。
猫の鳴き真似でこちらを惹きつけ──おそらく囮ではあろうが、彼女を戯れに追っている最中、背後から赤い光が漏れると共に、何やら言い争っている声を聞いた。
居残った方から感じた殺気は侮れないが、兄上には少々痛い目を見てもらうとしよう。
「にゃん、にゃにゃー……」
それにしても、姿どころか足音すら聞かせないこのメス猫。何とも間抜けな声とは裏腹に、相当の使い手かも知れない。それなりの覚悟をもって対応した方が良さそうだ。せめて、猫のヒゲぐらいは切っておくべきか。龍の髭を切り落としたと伝わる宝刀をもってすれば、容易いであろう。
「待て、待つのだぁ」
評 利光は──心持ち小走りで、腰に帯びた髭切太刀を静かに抜き放つ。
月光の雫がその冷たくも綺麗な刀身を伝わって落ちた。
そして、南泰の松と呼ばれる屋敷でも特に見事な黒松を背に、先回りして待ち伏せる。鳴き声と共に気配が近づいてきた。
「にゃっ……ふにゃ!」
頃合いを見計らって、ガバッと両手を広げて立ちふさがった利光は、目を閉じながらふざけるように名乗りをあげる。
「やぁやぁ我こそは酒将軍なぁり……うぃ……ひっく。このいたずら猫めぇ! 龍の髭を切り落とした宝刀で、そなたのヒゲも切り落としてくれようぞぉ!」
口上を述べてポーズを決めた利光の瞼が、今ゆっくりと開けられる。
大上段に掲げられ月光を浴びた髭切太刀が、もう一つの三日月になったかのように、神秘的な青白い輝きで彼女の姿を照らし出す。
「なっ……」
だが、驚愕のあまり身体が硬直したのは利光の方だった。てっきり、化け猫の類の[もののけ]だと思っていたのだが、雪女にヒゲなど一本も生えていない──生えている訳もない。
「こっ……これは……夢か幻か……」
太刀を握る手が緩んでいき、ついにこぼれた。乾いた音を立てて地面に落ちる伝家の宝刀。
「そうか……、予は酔っているのだったな…………」
尻餅ちをついて全身をぷるぷると震わせているお雪に──一歩、また一歩と、利光はふらつきながら近づいてゆき、
「……ふぇ?」
その身体を、白い狩衣でやさしく包み込んだ。
ひんやりと冷たい抱き心地といい、夢か幻にしては懐かしい肌触りであった。頭から背中へ、しっとりした菫色の長い髪を、両手で丁寧に撫でる利光。
「ひゃぅ……」
ガラス細工のように透き通った高い声。お雪は瞳を潤ませながら、身体を委ねている。
「つるんとして平らな部分も……、相変わらずだ……」
利光の右手が、お雪のムネから腹部をゆっくり這った。それを聞いた彼女の表情が、みるみる紅潮していき──。
「……ぃ、いやぁ! 触らないでぇ! わたし……、わたしのムネは……いつかきっと……ふくらみますから。そんなこと言う殿方なんて、いくら絵になる美男子でも大嫌いですぅ!」
白い狩衣の心地よい抱擁を振り切るように逃れたお雪は、彼の頬を平手打ち。
ぺちっ──と、あまりイイ音は鳴らなかった。
「ごっ……誤解だっ! 予は、そなたを褒めたのだぞっ! ふくらむなんて、おぞましい事を言うでないっ!」
決して幼女趣味などでは無いのだが、貧乳をこよなく愛する利光。声にも、熱が入っている。
「ぅ……うそ、うそよぅ! 殿方はみんな……大っきいムネが好きなんですぅ!」
「でたらめだっ! 断じて有り得ないっ!」
大きいムネなら何でもいい──という、実に嘆かわしい風潮に反感を覚えている彼。あまりにも大きすぎる脂肪の塊は、かえって気持ちの悪いモノだと、なぜ皆は気付かないのだろうか。重ねて言うが、決して幼女趣味では無いのだ。
「いや……、近づかないで……、きゃぅ」
首を横に振って後ずさったお雪が、南泰の松に後頭部をぶつけて倒れ込んだ。ごちん──と、かなり大きな音が聞こえたので、すぐさま彼女を抱きかかえる利光だったが、
「だ……、大丈夫かっ?」
揺り動かしても反応がない。己の膝枕にお雪の頭を置いて、顔をまじまじと覗き込む。
ロリコンと貧乳好きは違うのです!(`・ω・´)キリッ




