━━━第五章・敵地潜入━━━ 1
コオロギとスズムシの優雅な演奏を背に──双七郎とお雪の二人は、息を潜めて植え込みに隠れていた。
場所は、鶴城にある鎮西衛門督の公邸。
約三年前から行方不明である本来の持ち主──碓氷 厳時に代わって、評 光房が権利を有している。その用途は、あちこちから攫ってきた可哀相な女ギツネを監禁し、一ヶ月以上かけて調教する事らしい。
それらを調べ上げたスパイの空吉は、隠密行動に向かない図体の猿宝斎と共に、外回りの見張りをしてくれている。
「……しっ……静か……ですね」
背後にいるお雪からの声。しかし、彼女にとっては普通に言ったつもりでも、元々が小さく高い声質なので聞き取りづらかったが──、
「他には、人の気配がしねぇな……」
かろうじて聞き分けた双七郎は、独り言のような口調で返す。そう、邸内に明かりが灯っているのは一室だけ。そこを除いては人の気配がしないのだ。もちろん、空吉からの情報とは違っている。
「いっ……行きます……か?」
いつもおどおどしているお雪が、珍しく行動を促す言葉を呟いた。警護の兵が一人もいないのは不気味だが、あれこれ考えてる暇は確かに無い。彼女の言う通り、速やかに事を進めるのがベストだろう。
「いくぜ……」
夜空に高く上がった三日月の光が、うっすらと辺りを照らしているおかげで、手探りで進むという最悪な事態にはならずに済みそうだ。時間はおそらく零時ぐらいか。四人での救出作戦を猿宝斎が発案し、いろいろ話し合った結果が現在の状況ではあるが、お雪と二人での行動は勘弁してほしかったのが本音。なんというか、ものすごくバツが悪いではないか。
(しっかし、無駄にバカでっけぇ家だよなぁ……。これだから、役人ってぇ奴は大嫌いなんだよ……、クソが!)
双七郎が苦々しく思うこの建物全体は、ちょうどコの字型をしている。
南側に建てられた正門をくぐれば、優雅な日本庭園が客人の目を癒すであろう。南西には大きい池が造られており、数十匹の錦鯉も泳いでいる。
だが、これはまだまだ序の口。建物の中へ入って簀子と呼ばれる廊下を歩いてゆけば、まもなくコの内側である中庭に差し掛かる。
北国の深山幽谷を表現した見事なその築山に、見とれなかった者はいない。
しかし、月夜の薄暗い中を忍び足で進んでゆく二人にとって、それらは身を隠すのに便利なモノでしか無かった。正門を横切って庭池を迂回すれば、目標の明かりまでいよいよ近づく。
「もうすぐだぜ、音立てるんじゃ……」
中庭に足を踏み入れた後、小声でそう言いながら後ろを振り返った双七郎は──絶句する。




