━━━第三章・キツネの嫁入り黒き影━━━ 10
「オレ……は?」
一瞬で黒こげ、と。覚悟していた双七郎は、きょろきょろと自身の無事を確認した。咄嗟に師匠の大太刀を突き出した所までは、憶えているのだが──。
「なっ……、なんだこりゃ!」
最も驚いているのは、それを握ってる双七郎本人だという事が、実に滑稽な状況であった。
そう──大太刀から炎が、激しく吹き出していたのだ。それが防御壁となって火球を弾いたのだろう。きっと師匠が守ってくれたに違いない。
「ボクちゃん、その太刀欲しいなァ」
「師匠の形見だっ! 誰がてめぇなんぞにやるかよ」
ワザとなのか、それとも素なのかは知らないが、クソ野郎は明らかにこちらを挑発している。
いつもの双七郎なら、怒りを露わに特攻してもおかしく無いが、あれだけ強かったキサをいとも簡単に倒したクソ野郎の実力と、マリの本気を目の当たりにした為、かえって冷静に状況を判断する事ができた。
「あ、そう……? でも貰うもんねェ」
ニタリと口を歪めながら、大上段から太刀を振り下ろすクソ野郎を、双七郎は見た。いつの間に距離を詰められたのか、まったく分からなかった。予想以上の脚力である。
燃え盛る大太刀を水平にするのが、精一杯の反応だった。
刀身が打ち合う、甲高い金属音が響く。受け止める事には成功したらしい。
「おっ、すごいすごォい!」
どこまでも小馬鹿にした口調で、感嘆の声をあげたクソ野郎。いちいちカンに障るし、至近距離に居たくなかった。双七郎は、すみやかに間合いを離す。
だがしかし──。
「くそっ、まじかよ……」
確かにあの一撃を受け止めたはずだが、左肘のやや上からじんわりと痛みが広がってゆく。
「今のが評の秘剣だよォ。一振り二太刀って言うんだよねェ。一度、こうやって太刀を振れば、二つの傷が付くって寸法さァ」
得意満面なクソ野郎は、手品の種を明かすだけでなく大袈裟な挙動で実演までしてくれたが、それよりも双七郎の頭に強く響いたのは、別の単語だった。
(評……?)
まさかとは思ったが、師匠を殺した憎むべき仇敵の〝評 利光〟とは、違う気がする。
脳裏に焼き付いた憎き仇の顔を思い起こし、目の前に立つクソ野郎と比べる双七郎。
まずは髪──クソ野郎は天然パーマの黒。されど向こうは、ストレートの神々《こうごう》しい銀髪をなびかせていた。
次に顔立ち──このような不潔感を漂わせる老けたオッサンの顔ではなく、涼しげに整った印象の美男子であった。
最後の結論──別人なのは、火を見るより明らか。
「キミは、あのコギツネちゃんみたいに峰打ちはしないよ。ボクちゃん、男は大っ嫌いだからさァ」
少なくともキサに、切り傷は無さそうだ。これで心おきなく戦える。と──言いたい所だが、圧倒的な実力差は如何ともしがたい。十中八九、死ぬだろう。だが、こいつに膝を屈するなど、死んでも御免である。やるだけやってやるさ。足掻き尽くしてやるぜ。
新たな強敵は、憎き仇とつながりがあるのか?!




