━━━第三章・キツネの嫁入り黒き影━━━ 9
「キサーっ!」
嫌な胸騒ぎを感じた双七郎が、ぴくりとも動かない彼女に向かって叫ぶ。年増女が牽制しており、そこへは近づけそうにない。
「なんか言ったァ?」
黒い狩衣の男は、いつの間にか右手に太刀を握っている。花嫁はぐったりと崩れた。
「いえ、何でもありません……」
この男が現れてから、あれほど高慢だった年増女が妙に萎縮している。そこまで恐ろしい奴なのであろうか。しかし、そんな事よりも、太刀で斬りつけられたキサの容態が心配であった。
「しっかし、マリちゃんさァ。こんなコギツネちゃん相手にボロボロって、ほんっと役に立たない〝ゴミ〟だよなァ」
「ゆっ、油断しただけですぅ!」
マリと呼ばれた年増女は、さっきまでの態度とは正反対に、ビクビクしながら悲鳴に近い声を絞り出す。
「ボクちゃん、役立たずの〝ゴミ〟は、すぐ捨てないと気が済まないんだよねェ」
「そ……、それだけはお許しをぉ……。うあっ、ぎゃあっ、ああああああぁぁぁ」
突然、マリは苦しみだした。トゲトゲの悪趣味な首輪に両手をかけて、のたうちまわっている。どうやら、ゴミというキーワードを二回言う事によって首輪が反応し、彼女に苦痛を与える仕組みらしい。
「あぅっ、おっ、お許しくだっ……さいましっ」
ニタニタと、悶え苦しむマリを見ながら悦に入っている黒い狩衣の男。
これまでの会話と花嫁の無惨な姿から、こいつは相当えげつない性格をしたクソ野郎のようだ。同じ男として反吐がでる。すぐにでもぶん殴ってやりたいが、早くキサの様子を見ないと。牽制していたマリが倒れている今こそ、絶好のチャンスだった──が、
「じゃあ〝ゴミじゃない〟って、証明しなきゃねェ?」
一足、遅かった。トゲトゲ首輪の苦痛から解放されたらしいマリが、すっくと立ち上がる。
「はい……」
その直後、空気が変わった。殺気がふくれあがる。
血走らせた眼をカッと見開いたマリは、短剣を投げ捨てて、双七郎へ両手を突き出す。
「死になさい!」
逃げる暇は無かった。本気のマリが撃ち出した火球は、目にも止まらないスピードだったのだ。そのような状況で、双七郎の身体が無意識の内にとった行動とは──。
「へぇ……、やるじゃないかァ」
クソ野郎が、思わず歓声をあげていた。
だが、マリにではない──。




