━━━第三章・キツネの嫁入り黒き影━━━ 5
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音の発生源はすぐに特定できた。狐鯉川のほとりで、立ちのぼる黒煙。
その惨状に直面したキサは、たまらず顔を覆う。涙があふれてくる。
「なによ、これ……」
うっすらと立ちこめる煙。木々を焦がす炎に、飛び散る火の粉。
砕けたキツネのお面。ぽっかりと穴の開いた朱塗りの駕籠。無惨に焼けこげた白装束の女達。
「なんでよ……?」
キサと双七郎の他に、この場に立っている唯一の者。
短剣を右手に持ち、粗末な黒い着物を身に纏ったキツネ耳の女が、こちらを向いた。
赤毛にポニーテール、トゲが付いた悪趣味な首輪。
そして──ところどころ血に染まった、その無表情な顔を。
「あんた……、キツネでしょうがっ! なんでこんな事したのよぉ!」
ボサボサした尻尾の毛を激しく揺らし、キサは激昂した。
「答えなさいよ!」
状況証拠でしか無かったが、犯人はこの女で間違いない。野生の勘で、そう決めつけていた。
苛立ちに呼応して、手足の爪が紅い光を発する。
「うふふふふ……っ、あーっはっはっはっはぁ」
艶のあるハスキーな声で、キツネ耳の女が口に手を当てて笑った。声と仕草だけで判断すれば、おそらく三十路は過ぎているであろう。
完全に見下した視線を、キサへ向ける彼女。右のキツネ耳に付けられた赤い宝石のピアスが、妖しく光る。
「決まってるじゃない、妬ましいからヤッたのよ。ほんっとガキねぇ……」
挑発するように自供──それが戦闘開始の合図となった。
その言葉が聞こえた瞬間、しなやかなキサの足が地面を蹴る。
「おいっ、うかつに飛び込むんじゃねぇ!」
双七郎の声は耳に届いていたが、キサの沸騰した頭には響かなかった。
「花嫁が……、いったい何をしたっていうのよぉ!」
ずっと憧れていた嫁入り。なかなか振り向いてくれない彼。一年前に突如として現れた恋敵。
そんな自分を取り巻く、どうにもならない環境を重ね合わせたキサは、涙声でわめく。
やっと、ゴールインできたのに。あんたみたいな年増女が、よくも──ぶち壊しにして。
怒りに染まった紅い爪が、敵の顔めがけて繰り出される。
「ばっかねぇ! さっき……」
キサの手首を左手の甲で払った年増女は、右手に持った短剣を相手の左胸へ突き立てようとする。狂喜の笑みを浮かべて、叫ぶ。
「言ったでしょうよぉ!」
しかし、血まみれの刃は、キサの胸に触れる事さえ無かった。全身を右後ろへ捻って避けたのだ。すぐさまキサは反撃に移る。脅威のバランス感覚を発揮させ、そのまま左足で上段回し蹴りを放った。
対して、年増女は身体を一歩後ろへ。キサの紅い足爪が鼻先をかすめたのを見計らって、右手の刃を水平に振るった。
スカった回し蹴りを収めて次の動作に移る途中、年増女と対面しつつ右足だけで立った状態のキサに、左からの刃が迫り来る。
「あっ……」
反射的に後ろへ下がろうとしたキサは、思わず右足に変な力を入れて体勢を崩す。左肩を少し斬られた。
「死になさい、くそガキ!」
次に、短剣を一旦引っ込めた年増女は、両手で柄を握りしめ全体重を前へ。
仰向けに倒れているキサの腹部めがけて、必殺の一撃が刺されようとしたその時──。
女二人のバトル、スタート!




