━━━第三章・キツネの嫁入り黒き影━━━ 4
厳かにそびえる鳥居。
そして、その後ろで悠々と鎮座している漆黒の大岩。鳥居と比べて、大きさは五倍ほど。
湯気を伴ったドス黒い液体は、大岩から染み出しており、狐鯉川へと続いている。
そのように禍々《まがまが》しい──不気味な景色が、キサと双七郎の目に映り込んだのだった。
隠れ里にも似たような場所はあるが、ここまで雰囲気は悪くない。まるで、心霊スポットに居るみたいで、鳥肌さえ立っている。
それら全ての元凶はおそらく、
『黒露……蛇……封……』
かろうじてそう読める御札が、明らかに人の手によって破られていた事であろう。
「とんだお使いになっちまったな……」
ここの封印の無事を確かめよ。それが、長老からの依頼内容だった。
これまで定期的に見回りを送っていたようだが、今日に限って人手が足りなかったらしい。
そこで、双七郎達が代わりに行く事になったのだ。とても迷惑な話である。
「川の水が黒くなってから、そんなに経ってないよな?」
「えぇ……」
「つー事はだ……。これをやった奴は、まだ近くにいるはずだよなぁ……」
異常があったなら、可能な限り犯人を捜し出すように──とも、言い渡されている。
「とっ……、とにかくここぉ、離れないっ?」
野生の本能というべきか、尻尾の震えが今も止まらないキサ。裏返った彼女の声は、これ以上辛抱できない事を伝えるには、充分過ぎた。
「その前に……、証拠は持って帰らねぇとなぁ……」
しぶしぶ──いや、おそるおそる破れた御札へ右手を伸ばす双七郎に対し、
「ちょっと、やめなさいよぉ! 呪われるわよっ!」
目の色を変えて叫んだキサは、彼の右手をぎゅっと掴んで降ろす。
「でもよぉ、手ぶらって訳にもいかねぇだろ?」
「そうだけど……でもぉ」
正論を言われて声が小さくなった彼女の握力が緩む。それによって腹を決めた双七郎が、御札に触れようとしたその瞬間──。
落雷のような轟音が、響き渡った。
「きゃあっ! 何っ……? どうしたのよっ?」
キサはここぞとばかりに悲鳴を上げ、彼にしがみついた。ぐしゃぐしゃの泣き顔を擦りつけながら、引き締まった細い身体を小刻みに震わせている。
さすがに、これにはびっくりした双七郎。御札を掴んだ手を慌てて引っ込めたので、びりっと更に破れてしまった。変わり果てたそれが証拠として有効なのかは、甚だ怪しかったが、
「ま、いっか……」
紙切れを袖の中に落とした双七郎は、放心していたキサを揺さぶってしがらみを解いた。続いて、彼女の手をぐいっと引き寄せる。
「とっとと、行くぜ!」
さっきの音は下流から聞こえてきた。まず間違いなく、犯人はそこにいるだろう。




