━━━第三章・キツネの嫁入り黒き影━━━ 3
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なんとか無事に行列をやり過ごした。狐の嫁入りを見た者は、すみやかに殺される。双七郎に押し倒されなければ、キサの命は無かったかも知れない。
しかし、そんなキツネにとっての常識が脳裏の片隅にも残っていない彼女は、駄々をこねまくって先ほどの埋め合わせを要求し、強引に押し通した。
「お、重いぞ……」
いつもは背中にある師匠の大太刀を左腰にぶら下げ、代わりにキサの身体を背負った双七郎が、ぼそりと不満を漏らす。
「女の子に向かって何てこと言うのよっ、噛みつくわよ?」
キサは優しくカプッと、唇で彼の耳たぶを挟んだ。女心と秋の空──とはよく言ったもので、今までのヒステリーが嘘のように、不気味なぐらい機嫌が良すぎる。
「やめろよ、きしょ……」
気色悪いと言いかけ、慌てて口をつぐんだ双七郎。この言葉のせいで、さっきはヒドイ目に遭ったのだ。危うく、同じ轍を踏むところであった。
「なんか言った?」
日向のような明るい笑みを浮かべるキサが、耳にふぅっと息を吹きかけた。その直後、急な動悸に戸惑う双七郎。今まで一度も病気にかかった事が無い自慢の肉体が、初めて異常を訴えてきた。
「どうしたの? 大丈夫ぅ?」
立ち止まった双七郎に対し、彼女は耳元で囁く。やけに素直で甘い声色だった。
「なんでもねぇよ!」
このままでは、あやしい雰囲気に呑まれてしまう。鋭く怒鳴った双七郎は、振り払うようにずんずん歩いてゆく。
「ねぇってばぁ、乱暴に歩かないでよぉ!」
幸せ気分に浸っていたキサが、急にどうしたのかと口をとがらせ、彼の横顔を覗き込もうとした、まさにその時──。
「まじかよ……」
いきなり足を止める双七郎。その反動で、キサは彼の頬に唇をぶつけてしまった。
「なによなによぉ! どうしたのよぉ! いきなり止まらないでよぉ! ばかばかばかっ!」
こうしてファーストキスを捧げてしまいました。と、多くの女性が語るらしい──よくある典型的な事故だった。お約束の展開にうろたえながらも、とりあえず彼をまくし立てて、ごまかしを図るキサ。
「あれ……、見てみろよ……」
だが、それどころでは無いとばかりに、双七郎は川の方を指差した。その先をたどったキサの目が、驚きで見開かれる。
「なに……よ、あれ……、あんなに黒かった?」
そう──。
狐鯉川の水が、いつの間にかドス黒く染まっていたのだ。さっきまでは、確かにきれいな色をしていた。この上流に位置する目的地で、何らかの異変が起きたに違いない。
「これって、ねぇ……?」
「あぁ……」
一刻を争う事態になった。
双七郎の背中を軽く蹴ったキサは、宙返りして着地。ただちに柔軟体操をして身体を慣らす。
情けない事だが、いざと言う時に頼りとなるのは己の力では無く──キサであった。おそらくは長老も、そのつもりで彼女を同行させたのだろう。本当に、男として情けなかった。みじめだった。穴があったら入りたかった。
ネガティブに、うだうだ考えてもキリがない。凄まじいスピードで走り出したキサに負けないよう、双七郎もダッシュをかけるのだった。
よくあるラブコメから、一気にシリアスへ。
ここから物語が加速します。




