第80話 冒険者の帰郷と、最強の婚活
有翼人の里で、大量のウイングナッツを貰ってから、早いもので約一ヶ月が経過した。
見上げる山脈は、今や美しい白銀の雪化粧を纏っている。
ちなみに件のウイングナッツだが、私は8個目で完全に味に飽きたので、残りはすべて町の人たちに強制配布(処分)した。
「リザちゃーん! 美味しいリンゴあげるからおいでー!」
いつものように散歩をしていると、果物屋のおばちゃんが話しかけてきた。
「わぁい! 行く行くー♪」
私はステップを踏むような足取りでおばちゃんの元へと向かう。
「おや? リザちゃん、今日はやけにご機嫌だねぇ?」
「ふふーん、聞いてよおばちゃん。今日はね、お姉ちゃんたちが帰ってくる予定なんだー♪」
「おや、サラちゃんとサリアちゃんかい! そいつはまた、この町も一気に賑やかになるねぇ!」
赤髪のサラ姉ちゃん(20歳)と、緑髪のサリア姉ちゃん(16歳)。二人は現在、同じパーティーに所属する現役の冒険者だ。魔物が大人しくなる冬の間は依頼が激減するため、毎年この時期になると実家(この町)に帰ってくる。
「あ、リザちゃんだ! おーい、ただいまー!」
――噂をすれば影、とはよく言ったもので。
聞き慣れた元気な声と共に、サラ姉ちゃんとサリア姉ちゃんが姿を現した。……が、サラ姉ちゃんの隣に見慣れない男の姿がある。髪色は姉ちゃんと同じ、鮮やかな赤。
「お姉ちゃんたちお帰りー! ……って、その人は?」
「ふっふっふ……聞いて驚きなさい、リザ!」
サラ姉ちゃんが、いかにも勿体ぶった風に胸を張る。
「この度、私サラ・ウェカムは――サラ・ニックスへとクラスチェンジ(改姓)しましたー!」
「えぇぇぇ!? それってつまり、電撃結婚ってこと!?」
私が目を丸くしていると、妹のサリア姉ちゃんが冷静に補足を入れた。
「ちなみにこの男は、うちのパーティーリーダーのリート・ニックスよ」
「君がリザちゃんだね? 噂はかねがね聞いているよ」
リートさんが爽やかなイケメンスマイルを浮かべ、一歩前に出て挨拶してくる。
「……というかリザ、あんた今は『リザ・ウェカム名誉大公』様になったのよね?」
サリア姉ちゃんがジト目でさらに補足する。
「そうなのよ! リザちゃんってば大出世じゃない! 姉の私たちも負けてられないわ!」
「いやいや、旅先でいきなり旦那さんをゲットしてきたサラお姉ちゃんの方が、人生の勝者として大出世だよ!」
「どう考えても、国家レベルの爵位を貰ったリザの方が大出世よ」
サリア姉ちゃんのキレのあるツッコミが炸裂する。
「ふふふ、さっそく賑やかで良いねぇ。新婚さんも、お一つどうぞ」
おばちゃんがニコニコと目を細めながら、全員分のリンゴを差し出してくれた。
「おばちゃん、いつもありがとー!」
「わぁ! おばちゃん大好きー!」
「いただきます」
「お気遣いありがとうございます!」
それぞれの感謝を口にしながらリンゴを受け取り、私はさっそく獲物に齧り付こうとした――その時。
「こらリザ! お行儀が悪い!」
パシィン、とサリア姉ちゃんに手を掴まれて制止される。
「……え?」
「リザちゃん、もしかしてあなた……いつもそんな風に、道端で立ったままリンゴを丸齧りしているの?」
サラ姉ちゃんが、まるで世界の終わりでも見たかのような驚愕の表情を浮かべている。
「……しているけど?」
サラ姉ちゃんとサリア姉ちゃんは無言で顔を見合わせた。そして、同時に頭を抱えて深いため息をつく。隣でリートさんが「あちゃー……」という風に苦笑いしていた。
「……姉さん、これって完全に私たちの教育失格じゃない?」
「……ねぇサリアちゃん、リザちゃんがこのまま行き遅れて一生お嫁に行けなくなったらどうしよう……!」
深刻極まる様子でブツブツと呟いていた二人が、突如、バッ!と力強い同期でこちらを向いた。
「……リザ、あなた一応『名誉大公』なんて大層な爵位を貰ったんだから、貴族特有の縁談の1つや2つ、舞い込んできてるわよね?」
「いや、微塵も無いけど?」
二人は再び無言で顔を見合わせ、そして――さらに鋭い眼光でバッ!とこちらを向く!
「今からでも遅くないわ! リザちゃん、あなたが未来の結婚相手に求める最低条件は何!? 言ってみなさい!」
お姉ちゃんたちの気迫に押されながらも、私は人差し指を顎に当てて、ごく当たり前の条件を口にした。
「えっと……私より強い人、かな?」
「「ドラゴンとでも結婚する気ぃぃぃぃぃぃぃっ!?」」
二人の絶叫が、冬の澄んだ青空に見事なハーモニーを奏でて響き渡った。
「リザより強い男の人なんて、この世界にいるわけないでしょうが!」
「そんな異次元のハードル設定にしたら、リザちゃんと結婚できる人類なんて一生現れないわよぉ!」
「うぐ……っ」
お姉ちゃんたちの正論すぎる全否定に、私はぐうの音も出なくなるのだった。
「……い、いや、ほら! たとえば『魔王』とか、『死神』とか、『無影』とか、『剣聖』と呼ばれるレベルの連中なら、リザちゃんとも良い勝負をするんじゃないかな……?」
見かねたリートさんが、引きつった笑みを浮かべながら必死に助け舟を出そうとしてくれる。
「ん? 『無影』って、確かウォダースとかいう名前の人?」
「お、なんだ、知っているのか!?」
リートさんが「それなら話が早い」とばかりにパッと表情を明るくした。
うん、知ってる知ってる。
「うん。2ヶ月くらい前にぶっ飛ばした」
「「「…………」」」
シン、と冷たい冬の空気に、見事なまでの三者三様の沈黙が流れる。
「……ねぇリザ? 一応確認だけど、その『無影』のウォダースって、裏社会では伝説とされるS級の暗殺者よ?」
「そうなの? ……あー……。確かに、ちょっとだけ避けるのがめんどくさかったかも」
「リザちゃん!? S級っていうのはね、私たちB級冒険者が束になって、さらに奇跡が3回くらい起きても絶対に勝てないレベルの化け物なのよ!?」
「あ、それよりお姉ちゃんたち、B級にランクアップしたんだ! すごーい、おめでとー!」
話を逸らそうと満面の笑みで拍手を送る私。しかし、リートさんはそっとサラ姉ちゃんの肩に手を置き、遠い目をして首を振った。
「……サラ、サリア。リザちゃんの結婚は諦めた方がいい。命がいくつあっても足りん」
「ちょっと、諦めるも何も、私まだ12歳なんだけど!?」
行き遅れ扱いするにはいくら何でも早すぎる。そう抗議すると、今度はサリア姉ちゃんが信じられないものを見るような目で私を凝視した。
「甘いわリザ。私は10歳の時にはもう、既にラブレターを二桁は貰っていたのよ?」
「そうなの!? サリアお姉ちゃんってば、昔からそんなにモテモテだったんだね!」
「リザちゃん、そうじゃなくてね?」
サラ姉ちゃんが、今度は母親のような慈愛(と、どこか狂気を孕んだ)の笑みを浮かべて私の両肩を掴む。
「婚活っていうのはね、10歳の時には既に水面下で始まっているものなの。つまり、今のあなたは絶望的に出遅れているのよ」
「……いや、10歳で婚活とか頭おかしいでしょ(過酷すぎるだろ、この世界の異世界就活)。そもそも、サラお姉ちゃんが20歳で結婚するのだって、現代の……じゃなくて、普通に考えて早すぎるくらいだし……」
「いや、20歳で未婚は普通に行き遅れだぞ?」
悪気なく、ごく自然にこの世界の『常識』を口にしたリートさん。
その瞬間。ピキ、と大気が凍りつくような音が聞こえた気がした。
「……リート? その件については、後でじっくりお話があるからね?」
「ひっ……!?」
サラ姉ちゃんが、満面の笑みのまま額に青筋をビキビキと立てている。
リートさんは見た感じ、サラ姉ちゃんよりも年上のベテラン冒険者っぽいのだけれど――どうやら、完全に尻に敷かれているようだ。南無。
しかし、そうか。前世の日本の常識で考えていたけれど、世界や時代が変われば、当然ながら結婚適齢期も変わる。その事実をすっかり失念していた。12歳で婚活未経験は、この世界では「ヤバい問題児」扱いらしい。世知辛い。
「お、なんだい。えらい盛り上がっているねぇ」
そんな私たちの深刻(?)な雑談に、ぬっと割り込んできた影があった。
この町の有名酒場『トカゲの尻尾』のマスター、ディオさんだ。
「リザちゃん、ちょうどいいところに! 悪いんだけど、リザちゃんの家に納品する予定の酒樽、代わりに運んでおいてくれないかい?」
「え? 私が?」
「いやぁ、最近どうにも腰が痛くてさぁ……。ほら、リザちゃんは便利な『マジックバッグ』を持ってるだろ? 頼むよぉ、この通り!」
「もー、仕方ないなぁ……」
「おっ、ありがてぇ! んじゃ、今から店に来てくれ!」
「今から!?」
「夜には酒場を開けなきゃいけないんだよぉ! もしうちの店が今日オープンしねぇなんてことになったら、荒くれ者どもが暴動を起こしちまうよぉ!」
「ははは、そんな大袈裟な……」
私が「またマスターの冗談が始まった」と苦笑いしていると、なぜか隣でサラ姉ちゃんとリートさんが、冒険者の顔になっていた。
「……チッ、そいつはマズいな……」
「……ええ。間違いなく、ガチの暴動が起きるわね……」
……どうやら、この世界の常識(お酒の恨み)では、冗談抜きで暴動が起きるらしい。恐るべし、世紀末な酒飲みたち。
「わかったよ、今から行くよ」
「おう、助かるよ!」
ディオさんは現金なもので、ニッコリと満面の笑みを浮かべると、一足先に『トカゲの尻尾』へと向かって歩き出した。
やれやれ、と私も足を進めようとした時――サリア姉ちゃんが、ボソリと物言いたげに呟いた。
「……ねぇ。今日、お父さん爆発しない?」
「あー……」
いきなり長女が「結婚したよ!」と見知らぬ赤髪の男を連れて帰ってきたのだ。娘を溺愛するお父さんの精神的ダメージは、間違いなくカンストして爆発するだろう。
「まぁ、ショックは受けるよね。でも、自業自得じゃない?」
「それもあるけど……私、まだお酒を飲んだことがないのよ」
「え? そうなの?」
「……うん。初めてのお酒は、お父さんと一緒に飲もうって……ずっと決めていたから」
そういえば、サリア姉ちゃんは15歳で成人を迎えると同時に、弾かれるように今のパーティーに参加して町を飛び出したんだった。荒くれ者だらけの冒険者生活で、約1年間もの間、飲酒の誘惑に耐え抜いたというのか。……なんという、健気で強固な精神力。
「……そりゃあ、父親冥利に尽きるねぇ。よし、お父さんの骨は、私が責任を持って拾ってあげるよ」
「不吉なこと言わないでよ!」
そんな心温まる(?)家族の会話をしていると、前方からディオさんがこちらを振り返って声を張り上げた。
「――おっと、すまねぇリザちゃん! 私はちょっと裏からお酒を掘り出してくるから、先にうちの店(トカゲの尻尾)に入っててくれ!」
「はーい、了解!」
「お願いね、リザ」
「また後でね、リザちゃん!」
私は3人にひらひらと手を振り、お使いをこなすべく『トカゲの尻尾』へと足取りを進めるのだった。
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(次回更新:来週土曜日19時40分!)




