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終章






 生まれてから僕はずっと中途半端な存在だった。

 人間でもなければ吸血鬼でもない。

 けれど、別に不満はなかった。


 いくら厳しい教育を受けようが、周りから信奉されようが、なんてことない。

 それが僕の人生で、僕の生活で、僕の世界だった。

 それしか知らなければ余計な感情なんて抱かない。


 だから、僕の母親の失敗は怜と会わせたことだ。

 比較対象ができれば相対評価をしてしまう。

 そうすると、自分の理解できなかった感情が理解できるようになってしまう。

 息苦しさも、楽しさも、何かに興味をもつことさえ、怜に会わなければ持たなかった。


 そして、多分僕と怜は相性が良かった。

 あの頃の僕たちは互いが一番の理解者で。


 だから、僕が人の血でしか生きられなくなった時、怜は驚くほど狼狽えた。

 僕にはそれが理解できなくて…。


 いや違う。


 耳と目を塞いでいたんだ。

 何も理解できなければ平気でいられるから。


 けれど、そこから僕と怜の関係は破綻していった。


 そんな時、燿くんに出会った。


 迷子になった気分で久世の屋敷をふらふらしている時に声をかけられ。

 誠実で真っ直ぐで僕の周りにはいなかった人種。


 眩しかった。


 こんな太陽みたいな人が存在することが信じられなくて、僕に微笑んでいる意味がわからなくて。

 燿くんと話していると僕まで真っ当な人間になれたように錯覚した。

 それから、血を飲むのが嫌になって、吐くようになって、燿くんの血しか飲めなくなった。


 完璧な吸血鬼になった僕は部屋に閉じこもった。



 毎日本ばかりの生活は退屈だったけれど、それでも安寧があった。

 誰も僕を映さない。他の人と比べない。

 時折、押し寄せる波のような何かさえ耐えてしまえば、なんの問題もない。


 怜にも燿にも会えなくて平気だ。

 いや、会いたくないんだ。


 言い聞かせている自覚はあった。

 それが何の解決にならないことも。


 けれど、じゃあどうすればよかったのだろう。


 泣いている怜に縋ればよかったのか?

 燿を殺してしまえばよかったのか?


 答えが出ないまま閉じこもって、日和に手を引いてもらった。



 そして、今日僕は燿と直接会う。


 薬はちゃんと服用した。

 周りに止めてくれる人もいる。

 けれど、不安が拭えない。


 顔が強張っている僕に日和が優しく微笑んでくれる。


 日和の笑顔は魔法のようだ。

 一目見るだけで、上手くいきそうな気がしてくる。

 日和がいなければ怖くてここに立つことすらできなかったかもしれない。

 そこまで考えて、日和に依存しそうな自分に苦笑する。


 僕はそんな風になりたいわけではない。

 日和のように真っ直ぐに生きたいのだ。

 誰かを慈しむことができる優しい人に。


 そうすれば今度こそみんなと笑って過ごせるようになるのではないか、なんて。


 緊張を誤魔化すために考えごとをしていた僕に日和が声をかける。

 軽く背中を押されて顔を上げると、少し離れたところに燿がいた。


 本物だ。


 昔と変わらない笑顔に怖くなる。

 近づけば殺してしまうかもしれない。

 今は反応していないけれど、距離が近くなれば何が起こるかわからない。


 立ち竦んで動けない僕に日和が囁く。


「大丈夫だよ、ゆらちゃん」


日和は聖母のように微笑んでいる。

 その姿をじっと見つめる。するともう一度「大丈夫」と今度は頷かれて、僕は前を向いた。


 日和の言葉に背中を押されて、僕は一歩足を踏み出した。そのまま歩いていく。

 燿はただ黙って待ってくれている。

 もちろん日和も。


 その空気はとてもむず痒いものだった。

 微笑ましいものを温かく見守る空気がありがたいと同時に恥ずかしい。


 足が止まった僕に燿くんは小さく口を動かした。


“ゆら”


ただ音もなく呼ばれただけなのに僕はどうしようもなく苦しい。

 けれど、もう周りのことは気にならなかった。

 僕は燿に駆け寄って、それで───。



 溢れそうなこの心の名前を僕は知らない。


 日和ならわかるだろうか。


 いつか僕が全てを笑って話せる時が来たら。

 その時は、日和に聞いてみたい。


 その時にようやく僕は胸を張って、自分を人間だと呼べる気がした。



 そんな日が来たら今度は僕が日和の助けになりたい。


 僕ができることなんてたかがしれているけれど、それでもお人よしでどこか危なっかしい日和を慈しむ一人になりたいと思った。






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