61・離れること・後編(別視点)
ガザンドールは、来たときと同じように、何の前触れもなく不意に姿が消えた。
「なんという不思議な方」
ミサーリアの冷めきっていた心に、ガザンドールに対する好奇心が芽生えた。
部屋に戻ったミサーリアはすぐに侍女や使用人たちに、この宮殿を去ることを伝える。
自分の出来る範囲でそれぞれに感謝の言葉と共に金銭を渡し、同郷の飲食店宛てに就職先の斡旋を頼む手紙を書く。
出身国の後ろ盾を失くしてからは、ミサーリアは最低限の使用人しか雇っていない。
そんなに人数は多くないので大丈夫だろうと思っている。
「ミサーリア様はこれからどうなさるのですか?」
長く勤めてくれた侍女はボロボロと涙を零しながら彼女の手を取った。
「そうね。 息子たちのところへ行こうかしら」
「ブガタリアでございますか?、あんな田舎に」
驚く侍女にミサーリアは微笑む。
「そうでもないらしいわよ。 あの子たちも快適に暮らしているようだし。
それに今度クェーオが結婚するらしいの」
「本当でございますか!、それはおめでとうございます」
本当の孫のように可愛がっていた双子公子の結婚に、侍女も喜んだ。
「もし、あなたも会いたければブガタリアにおいでなさい」
そう言って、ミサーリアは侍女に紹介状の手紙を書いて持たせる。
何人かの侍女や使用人が、その話を興味深そうに聞いていた。
翌朝、まだ夜も明けきらぬ時間にミサーリアはガザンドールが消えた中庭に下りた。
「ほお、早いな。 もう決心されたということで良いのか?」
うっすらとした気配がだんだんと濃くなり、やがて魔獣グリフォンとガザンドールが姿を現した。
「まあ、ガザンドール陛下。 まさか、ずっとこちらにいらしたのですか?」
姿を消していだけでこの場所には居たのではないか。
ミサーリアの疑問に何の抵抗もなくガザンドールは答える。
「ああ、そうだ」
いつの頃からか、ガザンドールのグリフォンがコリルバートの魔力に興味を持ち、驚いたことに魔法を共有し始めた。
「俺の息子は『変わり者』でな。 魔獣たちまで『変わり者』になっちまったんだよ」
グリフォンが気配遮断まで使うようになるとは思わなかった。
ガザンドールが堪え切れずに笑みを浮かべると、何故かミサーリアも釣られて微笑んだ。
魔獣グリフォンの濃い魔力の気配に宮殿内が騒めき始める。
「それで、どうするのだ?。
今、決意するなら一緒にこのグリフォンが連れてってくれるそうだ」
「まあ、それは魅力的なお誘いですこと」
ずっと冷遇されて来たこの国に未練などない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まだ若く、何も知らなかった少女は、小さな島国から公主国に嫁いで来た。
最初は優しそうな大人の男性である公主に胸が熱くなったこともある。
しかし、せっかく嫁いだというのに祖国は助けられぬまま滅び、男子の双子が産まれると他の妻たちからは疎まれ、夫である公主からは無視され始めた。
「大変です、ミサーリア様。 お子様方を隠さなければ!」
国からついて来てくれた侍女が悪い噂を耳にしたと知らせに来た。
『双子の男子は後継争いで必ず不吉なことが起きる』とされ、普通は『産まれてすぐにどちらかの命を奪う』のだと。
恐れ慄くミサーリアは突然、危険を察知するようになった。
自分の中の能力に目覚めたのである。
その能力で産まれたばかりの赤子を隠して育てた。
助けを期待出来ない公主の、無関心さは逆にありがたかった。
気を張り詰めた毎日。
ミサーリアは、息子たちがある程度の年齢になるまで、公主宮の一室で静かに息を潜めて過ごしていく。
それが自分の国の民族特有の能力だと知ったのは、息子たちが成長し、ようやく安心して部屋から出られるようになった頃である。
「姫様、このことは決して誰にも話してはなりません。
特に公主陛下にはお気を付けくださいませ」
その能力を知られると危険だとされるか、利用されるため、多くの者が国を去り、身を隠している。
そう教えたのは、今は街中で高級飲食店を営んでいる男性だった。
彼は国が亡くなった時、公主宮から解雇された元侍従長で、今でも外からミサーリアを支えている。
ブガタリアの王子が来た時も彼の異質さに目を付け、いずれ助けになる方だと縁を繋ぎ続けて来た、忠義の者だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「この国に未練はありません。
ただ、たくさんの者たちに支えられて参りました。
その恩をまだ返せていないと思いまして」
目を伏せたミサーリアを、ガザンドールが抱き寄せた。
「そんなもの、生きていればいつかは返せる。
大切なことは貴女が幸せになることではないか」
それが一番の恩返しだと囁く。
「私が?。 こんな年齢になってしまいましたのに」
「なあに、俺とそんなに変わらないであろう?」
お茶目な笑顔でガザンドールがミサーリアを見た。
「うふふ、確かにそうですわね。
ガザンドール様の側は楽しそうです」
フワリとミサーリアの身体が浮き上がる。
「きゃっ」
気付くと、ガザンドールと共にグリフォンの背に居た。
「こいつはなかなか気位が高くてな。
自分が王族と認めた者と、その伴侶しか乗せてくれんのだ」
「伴侶?、ガザンドール様、本気ですの?」
グリフォンかバサリと翼を拡げる。
宮殿から次々と兵士や公主の一族が顔を見せるが、誰も近寄れない。
「ミサーリア様!」
真っ青な顔の侍女が一人駆け寄って来る。
「後は任せます。 私は一足先にブガタリアに行って待っていますよ」
「は、はいっ!。 ミサーリア様、お気を付けて!」
年老いた侍女の声は今までで一度大きく、うれしそうだった。
それはミサーリア自身が今までで一番の笑顔であったからである。
ミサーリアを乗せたグリフォンは、地面から離れると、その姿は消え、巻き起こる風だけが嵐のように宮殿の庭を荒らして行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ブガタリア王宮の中庭に茶席が設けられている。
国王ガザンドールは新たに妃を迎えると発表したばかりである。
「もしかして、ヴェズリア様ですか?」
コリルバートは涼しい顔の正妃に向かって胡乱な目をした。
「あら、余計な手出しだったかしら?。
コリルならいつかはシーラコークから双子公子の家族も救い出す気だと思っていたのだけど」
コリルバートは何も言えずに口を閉じた。
三人の妃は仲良さげにお茶を飲んでいる。
「まあまあ、コリル。
お蔭で僕たちは母上に会えたし、あの国とも縁が切れて清清してるよ」
ズォーキはコリルバートの肩を叩き、クェーオは妻となる女性を母親に紹介している。
困惑するシーラコークの外交官パルレイクと、ガザンドールの側近たちは顔を見合わせ、今後の打ち合わせを始めた。
突然、何の予定もなく王妃が一人増えたのである。
事務方はこれから忙しくなるのは必至だった。
「しかしこれで、私たちは本当の兄弟になったのだね。
とてもうれしいよ。
これからもよろしく、クオ兄様、ズキ兄様」
ヴェルバートはこの歳になって兄が出来るとは思っていなかった。
「ああ、そうだね、ヴェルバート様。
僕たちも本当にうれしいよ。
ありがとうございます、国王陛下」
ガザンドールは照れたように頬を掻く。
母親が側妃となることが決まった双子は、ブガタリア国王の養子となる。
一夫多妻のブガタリアで連れ子の地位は、養子でも血筋とは別の家系とされる。
双子は王族ではなく、王位継承権の無い外戚の身分になるので、王太子は変わらずヴェルバートだ。
「もちろん異論はありません。
私たちはブガタリアの血を引いておりませんし、将来、子供が産まれたとしても王族を名乗らせることはないと誓います」
クェーオは義父となったガザンドールにそう言って宣言した。
ヴェルバートは、少し落ち着いたコリルバート隣に座る。
二人の王子は賑やかな新しい家族の姿を並んで見ていた。




