53・難民地区のこと
エオジさんも離れから出て来た。
「ヤーガスアの難民地区へ行くそうだな」
「ええ、ちょっと人を探しに」
俺はギディから鞄や装備を受け取る。
グルグルッ
グロンも「一緒に行く」と俺の足にすり寄って来た。
ゼフは荷物がないと分かると知らん顔する。
ツンツンはチィチィと相変わらず俺の背中に張り付いてるしな。
「ヨシヨシ、グロンも行こうな。 ソミ、ムネキとミツキはいけるか」
「あ、はいっ」
ソミは慌てて外へ駆け出して行く。
グロンと厩舎から出るとズキ兄も来ていた。
だけど今回はズキ兄には留守番で、マルの護衛を頼みたい。
「クオ兄の婚姻について、シーラコークのご家族に知らせておいたほうが良いでしょう。
そのあたりをパルレイクさんと打ち合わせをしておいて欲しい」
「なるほど、承知した」
ズキ兄が頷く。
ギディの話では、どうやらソミは王城内厩舎で働くことが決まったらしい。
城内の厩舎は一段目と三段目の二箇所にある。
魔獣担当の老師が厩務員の管理しているから、王宮厩舎に決まったのなら、ソミはかなり気に入られたんだろう。
しかも、どうやら俺専用厩舎担当らしい。
ゴゴゴが六体に増えてから俺もなかなか手が行き届かなくて、弟たちには寂しい思いをさせてしまっていた。
彼女が来てくれるなら、俺としても非常に助かる。
で、何が気に入らないのかな、ギディは。
「いえ、別に」
明らかに態度がおかしいやんか。
運動場にいた二体を連れてソミが戻って来た。
「ミーちゃんとムーちゃんも連れて行かれるんですか?」
キーキー、ガーガー
まだ若く黒い身体をしたゴゴゴが、美少女のソミエラを守る様に囲んでいる。
おおぅ、ギディに敵対的な雰囲気。
ケンカの原因はコレか?。
「難民地区に行くんだが、今からだと東の宿場町に泊まることになる」
出来ればソミにもついて来てもらいたいんだが」
ソミは宿場町を管理する部族長の孫だ。
急な話なので出来れば内密にお願いしたい。
「わ、わたしですか。 ぜひ、同行させてください!」
そう言ってワタワタと準備を始める。
王都の隣町で半日の距離になんで準備がいるんだよ、これだから女って。
俺とエオジさんとギディとソミの四人で、まずは東の町へ。
ソミの出身地である小さな部族で宿場町を形成している。
「お世話になります」
「いえいえ、こちらこそ孫娘がお引き立てをいただいて、ありがとうございます」
なんか以前より腰が低くなってませんか、白髭の部族長さん。
今回は新しく出来た高級な宿にお泊り。
しばらく来てなかったけど、ブガタリア自体が景気が良いので、その恩恵でここも整備が行き届いた感じである。
宿で一番広い部屋で夕食を取り、そのまま明日からの打ち合わせをする。
王宮の離れじゃ誰かに聞かれると不味いからね。
「タリーのご両親か」
エオジさんが腕組みをして考え込む。
「王族関係者ではないのでしょう?」
ギディが食後のお茶を淹れながら訊いてくる。
「古い家系で、豪農だったらしいね。
タリーの話では、王族入りを熱心に勧めていたのは祖父母で、両親は消極的だったようだ」
俺はお茶を飲みながら答えた。
「とにかく、明日は難民地区に入る。
そこでタリーのご両親を探して話をしなきゃいけないと思ってる」
娘の結婚、そしてこの後の生活について。
「本来ならタリーもヤーガスア難民の中で暮らしたほうがいいのでしょうけど」
ギディも同情的だな。
まあそれも「本来」ならね。
タリーは、たった一つの契約で人生が狂ってしまった。
騙され、逃げて、戻って、捕まって。
でもこの先に『幸せ』があるのなら、それはまた意味が違ってくる。
俺はそれを祈ろう。
「ヤーガスア難民も今はブガタリアの一部だ」
俺の言葉にエオジさんの眉がピクリと動く。
「同族だからとあまり情けを掛けるのはよくないぞ」
エオジさんはまだヤーガスアを警戒してるのかな。
「うん、分かってる」
前世のことわざでも『情けは人の為ならず』ってね。
あれは「情けを掛けちゃダメ」じゃなくて、「どんどん情けを掛けると自分に良いことが戻ってくる」だったかな。
忘れた。
「まずは彼らの現状を見てからだね」
翌朝、朝食後に宿を出て難民地区に向かう。
三年前の事件からヤーガスア民族は一ヶ所にまとめられ、ブガタリアの中でも隔離された地区にいる。
王宮の文官たちはきちんと管理はしているようだが、住民の細かい統制までは出来ていない。
俺は、ブガタリアの一つの部族として、彼らをまとめ上げる人物がいれば良いなあと思う。
滝を目指し、そこで昼食を摂った後、川沿いに森に入る。
「殿下、こちらです」
東の宿場町付近はソミの庭みたいなもんだというので案内をお願いした。
難民地区にあまり若い女性が入るのは良くないらしいけど、何かあればグロンたちが対処するだろう。
立派な木の柵が見えてくる。
町を囲む柵は二重になっていて、外側の木柵と内側の石塀の間にはゴゴゴたちが放されていた。
近づくと門が開き、ブガタリアの脳筋兵士が十名、出入り口で整列して出迎える。
「コリルバート殿下、お待ちしておりました」
身なりの良い中年騎士が一人前に出て来た。
「ご苦労」
俺は軽く礼を取って中に入った。
おっかしいなあ、俺、伝令出した覚えがないんだけど。
騎獣から降りて、さらに奥の門に向かう。
後ろからエオジさんがそっと耳打ちした。
「あれは西の部族長の弟だな、何でこんなところにいるんだか」
案内している騎士は黒髪黒目だが、筋肉少なめの体格。
どうやら危険人物ぽい?。
「ヴェルバート兄の管理だからね、あまり勘ぐらないでやって」
エオジさんは頷いて離れて行った。
居住区に入る。
長屋のような建物が数棟、並んでいた。
真ん中に広場、作業場らしいものと倉庫が建っている。
あとは学校と家畜用厩舎かな。
子供たちが出入りしているのが見えた。
「殿下はこちらへ」
木で作られた建物とは別に、石造りの頑丈そうな二階建ての宿のようなものがある。
その建物は管理棟とか呼ばれていて、事務全般を処理している、いわば役所みたいなものだった。
王都から来た客なんかは、ここの二階に宿泊する。
あとは住民の長屋の一部が外部から来た兵士や平民用の宿舎になっているそうだ。
なんか、えらく差別的な感じがしなくもない。
とにかく話を聞こうじゃないか。
俺は役所の建物の二階に案内され、応接用の部屋に通された。
広い窓からは居住区が見渡せる。
「私はここで」と外へ出ようとするソミの服を掴んで耳元で囁く。
「ソミ、悪いけど君は証人だ。
俺たちにもしものことがあったら、ゴゴゴたちとここから逃げて王宮に知らせるんだ」
実は俺、今日は小太りバージョンなんだよね。
バカっぽい態度は子供の頃から慣れてる。
「は、はい」
緊張しているソミをポイッとギディのほうに突き飛ばし、しっかりと受け止めさせる。
慣れない手つきの女性が、カタカタと震える手でお茶を運んで来た。
「それで今日は何の御用でしょうか?」
西の部族長の弟なら、デッタロ先生とエオジさんの奥さんの親戚ということになる。
「急に来て申し訳ない。
ヴェルバート王太子殿下の宴に参加されていなかったので、ラカーシャルさんが心配しましてね」
嫁の名前が出て、エオジさんの顔がピクッと引きつる。
「ああ、そんなことですか。
兄からは部族幹部として参加するようにと言われていたんですが、なかなかこれでも忙しくてですね」
すっげえ胡散臭い笑みを浮かべている。
「でも、どうして我々が来ることを知ったのでしょうか?」
エオジさんが丁寧に話をするのは、ラカーシャルさんの夫として西の部族での評判を下げないためかな。
「簡単ですよ。 殿下の黒いゴゴゴは有名ですからねえ」
周囲は魔獣の森である。
優秀な見張りがいるようだ。




