46・気遣うこと
なんでこんなに俺が走り回っているかというと、次回の二十歳が俺だから宴の裏を見ておけってことらしい。
相変わらず平民志望なんてふざけたこと言ってるからかな。
王族のほうが豪華で楽しいぞーってアピールしたいなら、正反対だからね。
俺は、こんな派手なのはやりたくないし。
「あーー、ズルイぞ、コリル」
ヴェズリア様の執務室でのんびりとお茶をいただいていたら、父王が従者付きで乱入して来た。
ズルイって何だよ。
俺はただ毎日忙しくしてて、今だってサボってたわけじゃないんだが。
「今日は式典の予行練習だと言っただろうが!」
あー、後で行く予定だったのに、やる気失くすわぁ。
父王の従者は全員ガチムチ脳筋さんたちである。
俺はヴェズリア様と母さんに手を振りつつ、父王の従者さんたちに引き摺られながら退室した。
ブガタリアの式典は基本的に外でやる。
代々の先祖を神として祀るため、その日限定の簡易神座が作られ、そこで祈りを捧げるのだ。
十歳の式典では長老による歴史語りがあったが、今回は奉納舞いがある。
陽が落ちたら建物内に入って歓談。
ダンスとかはないので安心だ。
奉納舞いは女子なら巫女舞い、男子なら剣舞で、二十歳になった若者が披露することになっている。
俺たちが式典の流れのお復習いをさせられている近くで、ヴェルバート兄が動きの確認をしていた。
ただでさえキラキラ感のある王子様なのに、式典用正装に宝剣で舞うとなると、何だか今からドキドキする。
ボケッと見てたらヴェルバート兄に気付かれた。
「なんだ、ボーッとして」
父王に小突かれていたら、兄様がニヤニヤしながらこちらに歩いて来る。
「コリルもやらないか?。
どうせ、いつかはやらなきゃならないんだから」
そう言って、練習用の剣を差し出される。
「いやいや、俺にはまだ無理です。
それより兄様、カッコ良かったです!」
「そ、そうかな」
少し照れてる兄様もカッコカワイイな。
父王とヴェルバート兄に挟まれ、俺は式典の予行練習を無事に終える。
ふう、もういいだろ。
逃走気味に庭から王宮の建物に入ったところで、
「コリル、話があるから後で部屋に来てくれ!」
と、兄様に大声を掛けられて念押しされた。
「はい、必ず」
そういえば、そんなことを聞いてた気がする。
宴用の料理の件があるので、俺は急いでクオ兄のところに向かう。
いつの間にかギディが合流。
「ソミエラ嬢と話をしてきました」
「ご苦労様」
報告は後で聞くよ。
二人で厨房に飛び込む。
「失礼する」
離れの厨房は狭いので、今回は王宮の厨房を使うことになっていた。
クオ兄の他に料理長の顔も見える。
下拵えをしている料理人たちも、チラチラとこちらを見てるな。
邪魔して申し訳ない。
「すみません、任せっぱなしで」
「ああ、僕は構わないよ」
そう言いながら、クオ兄はコソッと俺に耳打ちする。
「その、タ、タリーさんだけど、いいのかな」
うん?、何か問題があったのかな。
「ぼ、僕が引受人なのに、今、はな、離れてて」
最初の話し合いの後、本人の意思も確認した上で、クオ兄が正式に彼女の身元引受人になった。
「気になるんですか?」
アラヤダ、顔が真っ赤だよ、この人。
「タリーのほうは、今日はラカーシャルさんが見てくれてますから」
あれから『タラリヤ』という名前は禁句になり、タリーと呼ぶことが決まった。
意外にも、クオ兄の名前を聞いた彼女が顔を赤くして頷いたのが印象的だったな。
今は離れの専属侍女さんみたいな形になっている。
ギディに言わせると、侍女としての仕事具合はイマイチらしい。
まあ、ギディを基準にしたらかわいそうだよな。
彼女は軟禁という建前上、離れの建物からは出せないが、それぞれの部屋に遊びに行くことは許可している。
ヒセリアさんの息子やラカーシャルさんとこの赤子の面倒はよく見てくれるそうで、母親たちからは「助かるわ」と評判は良い。
とりあえず、離れは最近、割と人の出入りが激しいので、知らない人とはあまり話をしない、出来るだけ顔を合わせないというお願いをした。
しかし、食材が並ぶ調理場で、クオ兄が料理以外の話なんて珍しい。
俺は、何だか怪しいクオ兄の手元を見る。
このままじゃ、新しいコメ料理も危ないんじゃないかな。
うーむ。
今回の宴でのクオ兄の担当はデザートだけだ。
「何を作るのかは決まったの?」
事前に何種類かの候補を挙げてもらい、ヴェルバート兄に決めてもらったという話だった。
「あ、はいっ、立食ですからクレープになりました」
あれなら、まだ未熟な若い料理人でも作り易い。
「具材をいくつか用意して、好きなものを選んでいただく方式にしたら、気に入ってもらえたようです」
生地も小麦粉のものと蕎麦粉のものとを用意するという。
前世の記憶のクレープみたいなペラペラな薄さはないが、この世界では十分目新しいし、美味しい。
「料理長と王太子殿下の許可をいただいてるなら、それで良いよ」
と、俺は頷いた。
「ただ、それとは別にブガタリアの代表的なお菓子も出しておいてね」
と、料理長にお願いしておいた。
歴史のある国というのは、とにかく伝統に煩いのである。
「承知いたしました」
料理長の口元が笑っている。
やっぱり想定済みか。
たぶん準備はしてあったんだと思うけど、一応、言っておかないとね。
こちらから言い出すのと、厨房から指摘されるのでは違うからさ。
バタバタしている間に、宴まで、あと二日に迫っていた。
その夜、俺はヘロヘロ状態でヴェルバート兄の部屋へ向かった。
「失礼します」
警備の兵士に促されて、ヴェルバート兄の私室に入る。
幼い頃に一度お邪魔したかな〜くらいしか来た覚えがない。
「コリル、やっと来たか」
「あははは、すみません。 色々と忙しくて」
クオ兄の料理の指導で思いの外時間が掛かったので、結構遅い時間になってしまった。
「ああ、私の祝いの宴のためにすまないな」
えっ、ヴェルバート兄に気を遣わせた?。
「いやいや、兄様のためというより、俺たち皆んながお祝いしたくてやってることですから!」
俺は父王の代わりも、ヴェズリア様の手伝いも出来ないけど、ヴェルバート兄はもうどちらも十分代理が務まる。
そんな万能王太子なので、国を挙げて盛り上がって当然だ。
「王宮の皆んな、いえ、国民全員でお祝い出来てうれしいんです」
俺は笑顔で言い切る。
「ありがとう、コリル」
兄様も笑ってくれた。
でも、まだ何かありそうだな。
「兄様は何か心配事でもあるんですか?」
「う、うん」
珍しくヴェルバート兄が目を逸らした。
何かあるよね。 忙しいのを分かってて俺を呼び出したんだから。
普通の話なら兄様は自分から離れにやって来る。
この部屋で話をしたいということは、きっと他の人には知られたくないはずだ。
「実は」
俺は姿勢を正し、出されたお茶を一口飲む。
「その、マルマーリア姫を宴に招待したのだ」
ブーーーッ
俺は見事にお茶を噴き出した。
「は?、マジで?」
王太子が自ら女性を招待する、ということは、愛の告白、婚姻の申し込みも同然なのだ。
ヴェルバート兄は苦笑いで布で顔を拭いている。
「そんなに驚くことかい?」
ヴェルバート兄の侍従が俺にも新しい布を差し出してくれる。
俺はそれを受け取りながら、まだ信じられずに兄様の顔を凝視していた。
「あ、相手は子供です」
正気か、兄様。
「今は大人と子供だが、彼女が十五歳になれば、十四の年の差なんて問題なくなるさ」
確かにブガタリアの一夫多妻の家庭では、年の差なんて二十や三十なんて当たり前にいる。
だけど、それは大人同士の話。
「宴に彼女が来てくれたら、国として婚約を申し込むつもりだ」
今まで女性問題が一切なかった兄様の、うれしそうに頬を染めた顔を、俺は初めて見た。




